第345話 「悩みと余裕」
入店制限制を導入した魔道具の店『記憶』はさしたるトラブルも無く、午後6時より遥かに早い午後4時30分過ぎには閉店した。
いわゆる早仕舞いである。
早仕舞いしたのはバルバトスが厳選した魔道具100点が全て売れてしまったからだ。
安価な物は金貨10枚の銀製のペンタグラムから高い物は金貨1,000枚の結構な防御魔法が付呪された法衣まで商品は様々であった。
※金貨1枚=約1万円です。
その中でも主力になった商品はやはり様々な魔法効果を付呪された魔法指輪である。
値段は下は金貨50枚から上は500枚くらいまでと幅はあったが、誰でも使い易く効果が高い物が多かったので飛ぶように売れて行ったのだ。
ちなみにアデライドは余りに質の良い魔道具を目の当たりにして自ら数点購入。
身内では反則とも言える開店前の『取り置き』迄してしまう。
ルウとフランはそんなアデライドにただ苦笑するしかない。
結局、メモリアの開店初日の売り上げは何と金貨8,000枚にも及んだのである。
普段、親友である商業ギルドのマスターであるマチルド・ブイクスと王都の市況に関してたまに話すアデライド。
彼女が見ても、このような売り上げは破格であり、それも1日であげる店は見当たらない。
「こんなに目立つのは嫌だったのですが……」
バルバトスが俯いて頭を掻く。
ルウは今日の結果は商品の質が良いのが原因だと言う。
「ははっ、お前は本当の良品を、それも適正価格で売ろうとするから目の肥えた客が押し寄せたんだ。ただ今後の事もあるから、やり方を少し考えなくてはいけないかな」
ルウの言葉を受けてアデライドも納得したように頷いた。
そして彼女は言葉の最後に商業ギルドへの対応を念押しする。
「確かに凄いわね。個人商店でこんなに莫大な売上げのお店なんて普通は無いもの。まあ税金は売上げの10%をギルドに納めてくれれば良いし、従業員を多く雇えば雇用対策の優遇措置として納めた税金はいくばくかは戻る。そのあたりは上手くやってね、バルバさん」
バルバトスが「分りました」と答えるとアデライドはルウとフラン達、妻に向き直る。
「じゃあ、私はマルグリットと屋敷に帰るけど本当に良いの?」
マルグリットと意気投合したアデライドはもっと彼女と話したくなっていたのだ。
若くして母を亡くしたアデライドはマルグリットに亡き母の面影を見たらしい。
マルグリットの父はかつてドゥメール家に仕えていたし、夫に先立たれた境遇も同じである。
「ははっ、俺はアデライド母さんが希望するなら全然OKさ。婆ちゃん、お願いするよ」
ルウがアデライドの願いを快諾したのは家令のジーモンからの『お願い』もあったからだ。
ルウ達が一緒に暮らしていた頃とは違い、最近のアデライドは昔のように食事も魔法の研究をしながら書斎においてたった1人で摂っているらしい。
そんなアデライドの魂と身体を心配してジーモンからルウとフランに対して内々で相談があったのである。
「はい、ルウ様。大奥様と話すと私はとても楽しいですから!」
マルグリットが笑顔で快諾すると、そこで自分もと、名乗りをあげたのがジョルジュであった。
「今日は私も『実家』に泊まります。マルグリットさんと母上の相手をしますので」
「あら! 私はマルグリットさえいれば良いんだけど」
「そ、そんなぁ!」
ジョルジュの申し入れに対して惚けた感じで返すアデライド。
そんな母の言葉を聞いてジョルジュは泣きそうになる。
そんな情けないジョルジュの表情を見て哀れに思ったのか、アデライドは息子を慰めた。
「うふふ、冗談よ、冗談! 皆で楽しく食事をしましょう。今日は素晴らしい魔道具も手に入ったし、最高の日だわ!」
そこに店のドアをノックしてタイミング良く入って来たのがジーモンである。
屋敷へアデライド達を送る為にドゥメール家の馬車で店に来訪したのだ。
「奥様、お迎えにあがりました」
「うふふ、ジーモンったら、まるで計ったように登場したわね。じゃあ私達はひと足先に失礼するから」
「アデライド様、また宜しくお願い致します」
バルバトスが深く頭を下げるとアデライドは笑顔で手を左右に振った。
「こちらこそ! 素人のきまぐれと我儘で貴方には迷惑を掛けてしまったけど、懲りないでね」
アデライド達が店から出て行くとルウはバルバトスに明日の段取りについて問う。
「明日はもっと混雑するかもしれませんね」
心配げな表情を浮かべるバルバトスは腕組みをしてじっと考え込んでいる。
「ははっ、手伝いに関してだが……明日は今日来なかった俺の妻の1人は絶対に来ると言い張るから、まず1人」
「あはは、それ確実!」
ナディアが大きな声で笑う。
それが誰なのかはここの皆が分っている事だ。
「ジョルジュも来るから俺を入れて3人……後は……」
ルウが指折り数えるとナディアが手を挙げる。
「彼女が来るからボクも手伝いに入るよ。ボク、魔法女子学園卒業までに実務経験を積んでまずはB級魔法鑑定士の資格を取るつもりだからね」
ナディアは魔法女子学園2年生の夏休みに試験を受けてC級魔法鑑定士の資格を既に持っていた。
この店で実務経験を積んで魔法鑑定士B級の資格を取り……そして……
「ヴァレンタイン魔法大学に入学したら在学中にA級魔法鑑定士の資格を取るんだ。古代魔法を研究する考古学者になるには必要だから。それにいざとなれば就職先は引く手数多だしね」
そんな先まで考えているナディアに対してオレリーとジョゼフィーヌは驚いてしまう。
更にナディアが言った話に2人共ショックを受けるのだ。
「ねぇ、旦那様。そうしたらボク学者になるのをやめて、マルグリットお婆ちゃんみたいに夫婦2人でこんな魔道具店をやっても良いと思っているんだ、どう?」
ルウと2人で魔道具店!?
2人で!?
オレリーとジョゼフィーヌは思わずルウの答えに注目する。
その答えは……
「ああ、良いな。俺も結構好きだぞ、こういう店は」
「やったあ! ボク頑張るよ!」
当然、オレリーとジョゼフィーヌは慌てた。
そして2人共、魔法鑑定士の資格を取る事をここで宣言したのである。
「旦那様……専門科目の魔道具研究、私も資格取得前提で勉強しますから!」
「私もナディア姉に負けずに魔法鑑定士の資格を取りますわ!」
ルウにとっては2人がやる気を出してくれるのは願っても無い。
ナディアを含めた3人に対して「頑張れよ」と頭を撫でたのである。
「バルバ……明日はアデライド母さんと婆ちゃんはお休みだ。俺を入れて都合8人が手伝いに入るが、良いか?」
「ありがとうございます! でも入店制限制を導入したので8人1度ではなく、4人ずつで分けて交代で入って頂ければ充分でしょう。誘導係としてヴィーネンも居ますしね」
「分った! ジョルジュは11時少し前に1人で来るから……じゃあ俺とモーラルが残りの者を人数を分けて、それぞれ転移魔法で連れて来よう……ところで商品の在庫は大丈夫なのか?」
ルウが茶目っ気たっぷりに聞くとバルバトスも余裕で答える。
「問題ありません、ルウ様。古の魔法使い達の失われた秘宝はとてつもない数なのです。私は長きに渡り、ひたすら秘匿して来ました……その数は……」
「ははっ、その数はどうなんだ?」
バルバトスの言葉に釣られてルウも思わず復唱する。
「少なくとも数千万点……いや、その倍以上はあるかもしれません」
それを聞いた瞬間にルウは肩を竦め、妻達は苦笑いをしたのであった。
ここまでお読み頂きありがとうございます!




