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第341話 「踏み出す勇気」

 涙ぐんだブランカが俯いた所にリーリャとオレリー、ジョゼフィーヌがやって来た。

 その後ろにはジェラール・ギャロワ伯爵がそっとついて来ている。


「ああっ、旦那様ったら! 何故、ブランカを泣かせているのですか?」


 ブランカが涙ぐんでいるのに驚いたリーリャが心配そうな顔でルウに問う。

 しかしブランカは慌てて取りつくり、誤解を招かないように自分の涙の意味を説明する。


「リ、リーリャ様! いえっ、違うのです。ルウ様が褒めていらっしゃったのです」


「褒めていた!?」


 ルウが褒めていたと聞き、半信半疑のリーリャ。

 しかし、ブランカの次の言葉はリーリャにとって驚きのひと言であった。


「はい! リーリャ様は……必ずルウ様の良き妻となると!」


「ほ、本当ですか!? 旦那様」


 噛みながらも、今度はルウに問うリーリャであったが、もう不安で心配そうだった表情は和らいでいる。


「ああ、ブランカさんに真っ直ぐに育てて貰ったリーリャは良い妻になるだろうと話していたんだ。オレリーやジョゼ同様にな」


 ルウがリーリャと共にオレリーやジョゼフィーヌも一緒に褒めた事に対して、この可憐な2人の妻達は悪戯っぽく笑った。


「もう! 旦那様ったら!」「最近、お口が上手くなりましたわ」


「ははっ、本当だよ。俺はこころから、そう思っているさ」


 ルウは思わぬ2人の反撃に苦笑いして頭を掻いた。

 しかしリーリャは本当に嬉しかったようである。

 目をきらきらさせて自分のこころの内をきっぱりと言い放ったのだ。


「だ、旦那様! リーリャは頑張ります! 一生懸命頑張ります! でも頑張れるのはブランカを始めとして皆の助けがあってこそです。その感謝の気持ちを絶対に忘れないように致します」


「……聞いたか? ブランカさん。リーリャは本当に良い娘だ。俺は彼女を嫁に出来て幸せ者だよ」


 リーリャの『宣言』を聞いてルウは自分の確信をより感じたのは勿論、ブランカに感謝の気持ちも持ったのである。

 そのようなルウの気持ちはしっかりとブランカに伝わったようだ。


「ルウ様! あ、ありがとうございます! 私は……私の今迄のご奉公はほんの少しでもリーリャ様のお役に立っていたのでございますね」


 ルウに問うブランカの質問を代わりに答えたのはリーリャである。


「ブランカ! 当然1番にね!」


「あ、あううううう……」


 リーリャの感謝の言葉を聞いたブランカは感極まって泣き出した。

 そんなブランカにリーリャは穏やかに呼び掛ける。


「ブランカ、聞いて欲しいの」


「は、はいっ!?」


「私が旦那様に嫁いだら……ブランカ、お前も自分の幸せを考えて欲しいのよ」


 自分がルウに嫁いだ後、ブランカはこころの張りを失うであろう。

 下手をすれば生きがいも失くしかねない。

 リーリャの言葉はそれを回避させ、ブランカに新たな道を探すよう促すものであった。

 自分の幸せと言われたブランカ自身は意外な言葉だと受け止めたようである。


「じ、自分の幸せ?」


「そうよ! お前が勇気を持って踏み出せば幸せを掴み取る事がきっと出来るわ」


「勇気? 踏み出す? 掴み取る?」


 ブランカにはまだリーリャの言葉の真意が届いていないようだ。

 リーリャは改めて自分の言葉を具体的に言い直す。


「ええ、余計なお世話かもしれないけど……ブランカにも素敵な伴侶を見つけて欲しいの……私みたいに」


「私が! 伴侶を! えええっ、私など既に若くなく、その上この通り、器量も良くありませんから」


 それを聞いたリーリャは「えっ」という表情だ。

 2人の傍らでブランカが自分を卑下する言葉を聞いたジェラールはつい口を挟んでしまう。


「ブランカ殿! 何を馬鹿な事を仰るのだ。貴女は美しい! 誰が何と言おうとな。その上誠実で優しい! 私から見れば素晴らしい女性ですよ」


 大声で言い放ったジェラールに皆の視線が集まった。


「伯爵様……」


 思ってもみなかったジェラールの賛辞にブランカも目を見開き、ただただ吃驚している。

 そんなブランカに対してジェラールは更に念を押した。


「ブランカ殿……もっとご自分に自信を持ち、胸を張って堂々とするのだ。貴女は幸せになるべき女性ひとなのだから」


 ジェラールの力強い、しかし優しい思いやりを感じる言葉にブランカもこころを動かされたようである。


「伯爵様……ありがとうございます! 貴方様は本当にお優しい方です。私、頑張りますよ。リーリャ様も頑張るのですからね」


「ははは! ……ブランカさん、分ってくれたか。良かった、良かった!」


 ブランカが頑張ると言ってくれた。

 この聡明な美しい女性ひとが……

 良かった!

 だが……何だ?

 この私の気持ちは……


 ジェラールは嬉しそうに笑いながら、その一方で何故かもやもやした虚しさを感じていたのである。


 ――30分後


 ルウは会場の皆に呼びかけて歓談を中断させる。

 いよいよルウとリーリャの婚約発表を行うのだ。


「ここでもうひとつ皆様に正式に報告するという事でひとつのけじめをつけさせて頂きます。これは皆様が身内だから内々でお伝えする事です。念の為に申し上げますが厳秘とさせて頂きます。なお、この件に関しましては父カルパンティエ公爵と母のドゥメール伯爵からフィリップ殿下へは既に報告済みとなっております。……リシャール陛下へもフィリップ殿下から内々でお話をされている筈です」


 ルウは一気にそこまで言うと辺りを見回した。

 国賓とも言えるロドニア王国の王女リーリャが平民のルウと一緒になる事を報告してが何故、問題がなかったのか。

 これはレオナールとアデライドの尽力と報告を受けた宰相フィリップの器の大きさを示すものだが、それを詳しく語るのはまた別の機会となる。

 ちなみに実弟の宰相フィリップから報告を受けたヴァレンタイン国王リシャールはその鷹揚さをいかんなく発揮し「よきにはからえ」と返しただけであったらしい。


「リーリャ!」


 ルウは離れた所に控えていたリーリャを呼ぶ。

 リーリャが呼ばれてルウの傍らに並ぶと彼は彼女の華奢な肩に優しく手を回した。


「私、ルウ・ブランデルと彼女、リーリャ・アレフィエフはこの度婚約致しました。私には既に愛する妻が6人居りますので、彼女は7人目の妻となります。しかし私は誓います! リーリャを他の妻達と同様に深く愛し、大事にする事を!」


 ルウの言葉を受けて今度はリーリャが客達に挨拶を行う。


「私、ロドニア王国のリーリャ・アレフィエフはルウ・ブランデルが今皆様にお伝えした通り、彼と婚約致しました。不束者ですが、これからは彼の事を一生懸命支えて行きたいと思います。また、いずれ折を見て結婚したいと考えていますので、その時は皆様のご支援宜しくお願い致します。なおこの件でロドニア王国は決してヴァレンタイン王国にご迷惑は掛けない事をお約束致します」


 リーリャの挨拶が終わるとルウは彼女を促して2人で深く礼をした。

 それを見たフラン達、妻と招待された客達は大きな拍手をしたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 パーティも無事終了し、招待客はそれぞれ帰途につく。


 ルウに娘を嫁に出した父親達はホッとした顔をして彼女達にひと声かけて屋敷を辞去する。

 父親達の目に入る娘達の表情は皆、満面の笑みであり、父のつまらぬ心配など余計なお世話だと分ったからだ。

 ジェラールが退室する所を愛娘のジョゼフィーヌが笑顔で見送る。

 それを見るジェラールも思わず顔をほころばせた。


「ジョゼ……お前が幸せそうで私は安心したよ」


「お父様、私はとても幸せです……だからお父様も『自分の幸せ』を考えて下さい。先程リーリャがブランカさんに言った言葉を私からも贈りますわ」


 目の中に入れても痛くない愛娘からの意外な言葉にジェラールは驚いた。

 『自分の幸せ』……これが何を意味するかはジェラールも何となく分ったのである。

 リーリャがブランカに伝えたのと全く同じであると。


 この多感な可愛い娘の為にジェラールはずっと独身を貫いて来たのだから。


「リーリャ王女が仰った言葉……」


「ギャロワの親父さん、ジョゼの言う通りだ。そして貴方がブランカさんを励ました言葉をご自分にも言ってみて欲しい。そうすれば貴方はご自分の気持ちに気付かれる筈だ」


「私が言った言葉? 自分の気持ちに?」


「ああ、自宅に帰られたら、じっくりと考えた方が良い」


「……分った。ルウにジョゼ、お前達の言葉しっかりと受け止めよう」


 ルウとジョゼフィーヌがじっと見詰めるのを受け止めたジェラールはゆっくりと頷いたのである。


 ―――30分後


 ジェラール・ギャロワ邸……


 ルウのパーティから戻ったジェラールを若い警護の騎士達数人が門まで付き添った。

 騎士の1人は少し疲れが出た表情のジェラールを労った。


「では閣下! お疲れ様でした」


「おお、ご苦労だったな。悪いが引き続き、当直の警護を頼むぞ」


 ジェラールも騎士の心遣いを感じたのであろう。

 肩を軽く叩いてその気持ちに感謝すると態度で示したのである。


 ジェラールがドアの前に近付くと、いつも通り、家令であるアルノルトが待ち構えていた。

 安堵の息を吐いたジェラールは僅かに彼へ微笑んだ。

 例の事件の際の使用人達はさすがに解雇して新しい使用人達と入れ替えている。

 現在はアルノルト以下、10人ほどを使っているのだ。


「只今、戻ったぞ」


「お帰りなさいませ、ご主人様」


 いつもの通り数十年変わらぬ主従のやり取りである。


「何か変わった事は無かったか?」


「いつも通りでございます」


「いつも通りか……」


 アルノルトがいつも通りという報告にジェラールは苦笑した。


「はい! 様々なお家から相変わらずご主人様の『後添いご希望』の話が殺到しております」


「…………」


「ご主人様? 一体どうされました?」


 急に黙り込んだ主人に対してアルノルトは心配そうに覗き込む。

 しかしアルノルトが心配する言葉は今のジェラールに届いてはいない。


「そうか、あの2人め! 私が勇気を出して……堂々と振舞えという事か……あの人に対して……」


 ジェラールは何かを決断したように何度も繰り返して頷いたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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