第340話 「ブランカへのねぎらい」
リーリャ御付きの侍女頭ブランカ・ジェデクの思いを他所にロドニア王国王女リーリャ・アレフィエフは魔法女子学園の同級生でもあるルウの妻達と楽しそうに話している。
その様子にはルウの7番目の妻となる辛さ、暗さは微塵も無い。
それどころか、学園では見られない光景がブランカの前に広がっていた。
リーリャが妻達と話している様子は先輩を慕う後輩、姉達に可愛がられる末妹といった感じである。
誰が見ても分る通り、リーリャは、はっきり言って他の妻達、皆に甘えているのだ。
しかし、これは普段において宿舎であるホテルでは全く見せない表情である。
リーリャ様……
何と!
あんなに伸び伸びしていらしゃる。
普段のリーリャと全く違う仕草を見て、吃驚したように彼女を見守るブランカ。
そんなブランカにジェラール・ギャロワ伯爵はさりげなく声を掛けた。
「ははは、どうやら学園ではウチのジョゼフィーヌと仲良くやっているようですな」
「伯爵様のお嬢様とは確かに仲が宜しいようで……何よりです」
普段のリーリャを自分は知らなかったのだと思うとブランカはまた沈んだ表情になる。
そんなブランカをジェラールは励ました。
「ブランカ殿、貴女が昼間、心ここにあらずという理由……私は貴女の気持ちが全て分るなどと傲岸不遜な事は言えません。ただこれだけは申し上げたい……子供はいずれ親から巣立つもの、一旦子供が巣立ったら親は子供の幸せを願うしか出来ません」
ジェラールはブランカを優しく見守りながら穏やかに笑っている。
彼の笑顔を見て言葉も聞いて、ブランカは魂が温かくなると同時に全くその通りだと実感したのである。
「伯爵様……」
「良くご覧なさい、ブランカ殿。リーリャ様の幸せそうなお顔を! 貴女は立派です。しっかりとお役目を果されているのですから」
「は、伯爵様、私如きをお褒め頂きありがとうございます! ……確かに、そうです。あんなに、にこやかにされて……宿舎では絶対にお見せにならない表情ですわ」
ブランカが思わずほうと息を吐いた時に表で犬が吼える声がした。
そういえば門の所に子牛程の体格の狼のような番犬が居た事をブランカは思い出す。
その声を聞いてルウの『妻達』が反応した。
フラン以下4人の妻達は玄関に向かい、整列すると誰かを出迎える体勢をとったのである。
それはしっかりした秩序と調和を感じさせるものであり、妻達を纏めるフランの統率力を示すものでもあった。
「ほう! 大したものですな」
「全くそうですね! ああっ!?」
ブランカが同意しながら、思わず声が出た。
ワンテンポ遅れながらも、リーリャが5人目の妻として彼女達の最後方に並んだからである。
「リーリャ様……貴女という方は!」
リーリャは既にルウの妻として自覚を持ってこの家の序列に従っているのだ。
ブランカはその姿がいじらしくて思わず涙ぐむ。
やがて……この屋敷の主人が大広間に入って来た。
彼がルウ・ブランデル……
以前、ブランカが見た通り、黒髪で長身の彼は質素な法衣姿だ。
傍らには2人の少女が付き従っている。
1人はウェーブのかかった豊かな金髪とダークブルーの瞳を持ち、颯爽と歩く長身の美少女。
もう1人はプラチナシルバーの髪をなびかせた整った顔立ちの一見冷たい風貌の美少女である。
2人の少女とも、やはりルウの『妻』なのだろう。
「お帰りなさいませ! 旦那様」
フランが大きな声でルウに声を掛けると妻達もそれに負けない声で復唱する。
「お帰りなさいませ! 旦那様」
勿論リーリャも可愛い声を大きく張り上げていた。
ふふふ!
あんなに一生懸命声を上げられて!
ルウは妻達に帰還の言葉を掛けると会場に居る客達に一礼した。
そして彼も客達へ大きな声で挨拶をする。
「皆様、今夜はお忙しい中、よくいらっしゃっていただきました。今夜のパーティは私の従士バルバが魔道具の店を明日土曜日に開店する前祝いのパーティです。そして素敵なお店をお貸し頂いているマルグリット・アルトナーさんの再出発と快気祝いも兼ねたものです。ちなみに彼女は縁あって当家の使用人となって頂きました」
ルウに紹介されたバルバことバルバトスとマルグリットが前に出て一礼すると、ルウとフランが2人に拍手をして妻達もそれに続いて拍手をする。
客達も当然一緒に拍手をした。
「暫くしましたら、もうひとつ重要な発表がありますので、それまではご歓談を。大したお持て成しは出来ませんが、ゆっくりとお寛ぎ下さい」
ルウが頭を下げると妻達も一緒に頭を下げる。
その中には当然、リーリャも混ざっていた。
挨拶が終わるとルウは屋敷の奥に引っ込む。
一緒に戻って来た妻2人も一緒である。
どうやら入浴して身を清めてから着替えて戻って来るようだ。
ブランカがルウを視線で追っているのを見てジェラールは優しく声を掛けた。
「ブランカ殿、婿殿が戻ったら私の所に呼びましょう。貴女は彼と色々、話したい事がおありでしょうから」
「伯爵様! あ、ありがとうございます」
頭を深々と下げるブランカを見て、自分の気持ちを重ねていたジェラールもやはり魂が温かくなっていたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
30分後――
風呂に入って汗を流したらしいルウは大広間に戻ってアデライドと妻の父親達に挨拶をした後、ジェラールとブランカの下にやって来た。
ルウは2人の前で軽く頭を下げる。
「ギャロワの親父さん、ブランカさん、今夜はご来訪頂きありがとう」
「ははは、ルウ。あのバルバという従士はカルパンティエ公爵やライアン伯爵から聞いていた所、てっきり武辺者かと思っていたが、意外だな」
リーリャ護衛の際の経緯とバルバトスの武勇を聞いていたジェラール。
190cm を超える偉丈夫であるバルバトスが何と魔道具屋の主人になるとはジェラールにとって全くイメージが合致しないのである。
「ははっ、親父さん。人間には色々な面があるという事ですよ」
ルウが穏やかな表情で返すと「確かに」とジェラールも頷いた。
そして傍らのブランカを見てからルウに目で合図を送ったのである。
「私はジョゼと話して来よう。ブランカ殿を宜しくな」
手を振りながら去って行くジェラールをブランカはまた深い礼をして見送った。
そしてルウに向き直ると同じくらい深く礼をしたのである。
「ルウ様! まずはリーリャ王女様と我がロドニアをお救い頂いた事、御礼を申し上げます。そして……くれぐれもリーリャ様の事、宜しくお願い致しますぞ」
「ブランカさん、ありがとう。貴女はとても真っ直ぐで聡明な方だ。貴女が大事に育てたリーリャは俺が必ず幸せにするよ。それに彼女は貴女のお陰でとても良い妻となるさ」
ルウの言葉を聞いたブランカは涙ぐむと、また頭を深く下げたのであった。
ここまでお読み頂きありがとうございます!




