第336話 「変心」
自分にそれほど自信が無いと謙遜し、恥ずかしそうに俯くポレット。
彼女に対してルウは胸を張れと力付けた上で真意を問う。
「ははっ、お前はとても可愛い女の子だよ。自信を持って良い。 ただ父上に結婚を望まれていても、肝心のお前はどう考えているのだ? 卒業後は進学したり、魔法の才能を活かして働く事にも興味はあるんじゃないのか?」
ルウの問い掛けに対してポレットはやっと本音を覗かせた。
「そ、それは……まぁ……私自身は……魔法大学には行ってみたいと思っています」
途切れ途切れに話しながらもヴァレンタイン魔法大学に進学したいと初めて意思表示するポレットにルウは更に何を学びたいか、詳しく教えてくれるように促した。
「そうか! じゃあ魔法大学に行ってお前が何を勉強したいのか話してくれないか?」
「う! ううう……じ、実は『錬金術』を学んでみたいんです」
「錬金術か! 良いじゃあないか! ははっ、良く話してくれたな。ありがとう、ポレット。それがお前の志というものさ」
「ううう、恥ずかしい! せ、先生がいけないのですよ」
自分の気持ちを正直に話したのはルウが初めてだったのであろう。
ポレットは再び、頬を赧くして俯いた。
ルウはポレットが他にどのような選択をしたか、気になった。
「ところで他の選択科目はもう決まっているのか?」
しかしルウの問いに対してポレットの答えはとんでもないものであった。
「……それがルウ先生の魔道具研究しか申し込みをしていません」
実は担当教師であるルウのS級鑑定士という肩書きだけで、ポレットは魔道具研究B組の受講を申し込んだのである。
そんなミーハーな理由で受験した自分が恥ずかしくて俯いたままで答えるポレット。
顔を伏せたままのポレットに対してルウは優しく声を掛けた。
「ははっ、今年の2年生で良かったな。未だ遅くは無い。これからでも色々選べるぞ。良ければ俺が付き添ってやろう」
ルウの意外な申し出にポレットは吃驚すると同時にさすがに戸惑った。
それは自分とルウとの普段の付き合いによるものである。
2年A組とC組のクラスの違いは勿論、部活や生徒会等での接点も皆無だからだ。
ルウが赴任してから、こんなに話したのは初めてなくらいである。
ポレットはルウと話すうちに次第に落ち着きを取り戻し、冷静に考えてみると今迄の態度を反省し、彼に申し訳ないと思ったようだ。
「ええっ!? い、良いですよぉ! 何故、そこまで? 普段、先生とは殆ど接点が無いのに」
「ポレット、俺はとても残念なんだ。折り合いがつかなくて俺と共にお前が学べなかった事がな。今回お前を不合格にしてとても心苦しいんだよ」
ここでルウが心苦しいと言ったのでポレットもつい、売り言葉に買い言葉となった。
「だったら、何故!」
「残念だが、今回合格出来なかったのはお前の努力不足だ。しかし俺とお前との縁は出来たんだ。俺は教師としてお前の事を何とかバックアップしてやりたいのさ」
これはこれ、それはそれときっぱり話すルウ。
そしてルウが続いて話した言葉で真剣に自分の為に尽力すると分った彼女は礼を言おうとしたが思うように感謝の言葉が出なかった。
「せ、先生! わ、私!」
「俺の授業であれば魔法攻撃術のC組、上級召喚術は2つのクラスとも受講可能だ。錬金術ならケリー、いや教頭にお前の事をお願いしてやろう」
「どうして? そこまで……?」
やってくれるのですか? という言葉を飲み込んだポレットはじっとルウを見詰める。
「ははっ、お前は俺に初めて魂の内を話してくれた。しっかりと将来への志を持った、そんなお前の事を俺は絶対に見捨てないからな」
ルウの言葉を聞いてまたポレットは俯いた。
良く見ると彼女の身体が小刻みに震えている。
「…………」
そんなポレットを見ながらルウは言葉を続けた。
「専門科目の申し込みは今日の午後3時までだ。もし考えが纏らないなら土日にゆっくりと自宅で考えて来い。特例で来週月曜日の午後12時まで申し込みの締め切りを延ばして貰うように俺が理事長と校長に頼んでおく。その代わり他の生徒には絶対に内緒だし、申し込んだ授業は真面目に一生懸命頑張って受講してくれよ」
「…………」
ルウが片目を瞑ってお願いポーズで両手を合わせてもポレットは黙っている。
「それで良いか? 大口を叩いた割にこれくらいしか出来なくて申し訳ないけどな」
ルウが微笑みかけるとポレットは顔を上げた。
見ると目に涙が一杯溜まっている。
「……あ、ありがとうございます……う、嬉しいです。私の為にこんなに本気になってくれた人……今迄には居ませんでしたから」
「ははっ、泣くなよ。それくらい当り前だ! お前はクラスは違うけど俺の可愛い生徒なのは間違い無いのだから」
「…………」
ルウの言葉をポレットはどのように受け取ったのか。
ただ彼女は黙って深くルウに頭を下げたのである。
20分後―――
「おいおい、それで良いのか? じっくりと考える時間を作ってやるぞ」
「うふふ、大丈夫です。これで決めましたからっ!」
2人は未だ校長室に居た。
ポレットは校長室にあった専門科目一覧表をルウに見せて貰い、直ぐに受講クラスを決めたのである。
「私が学びたい練金術は一応受講するとして……後の2つはルウ先生の魔法攻撃術C組と上級召喚術A組にします。召喚術のクラスはマノンも一緒だから心強いですし」
1番学びたい筈の錬金術を『一応』と言うポレットにルウは苦笑いだ。
「分った! これからも宜しくな、ポレット」
「はいっ! じゃあ教頭先生には自分で入室をお願いして来ます」
「俺も一緒に行こうか?」
ルウの申し出を聞いて、ポレットは一瞬考えるような仕草を見せる。
首を可愛く傾げたその表情はいらいらしていたポレットと全く違って誰もが認める可憐さだ。
「うふふ、大丈夫です。自分で頑張らないとルウ先生に嫌われますから!」
ポレットはそう言うといきなりルウの傍に顔を寄せる。
そして何とルウの頬に軽くキスをするとばね仕掛けの人形のように跳んでドアの傍に立ったのだ。
「ルウ先生! 今日親切にして頂いた御礼です。これからも優しくしてください」
ぺこりとお辞儀をして微笑んだポレットはドアを開けて部屋を出る。
そして隣の教頭室のドアを満面の笑みでノックしたのであった。
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