第333話 「入室試験②」
筆記試験が終わり、受験した生徒達は控え室である隣の実習室で待機している。
仲が良い者同士で既に終了した筆記試験の内容の摺り合わせをしている者も居り、お互いが良い線を行っていると思ったのか段々声が大きくなっていた。
そんな中、A組の学級委員長であるマノン・カルリエはじっと目を閉じて座っている。
以前は学生食堂で騒いだC組の面々と喧嘩になった事もあるが、彼女は我関せずといった感じで面接に備えて集中しているようだ。
やがて副担当のアドリーヌ・コレットが面接の用意が出来たと受験生達に告げに来た。
これから受験番号の若い順に5人1組となって集団面接を受けるのである。
「では面接を始めます。受験番号1番から5番の方まで隣の実習室に来て下さい」
「はいっ!」
1番――自分の番号を呼ばれたマノンは大きな声で返事をしてすっくと立ち上がった。
周囲から「おおっ」と声が上がる。
その殆どはマノンと同じA組の生徒達だ。
マノンは茶色の長い髪をした鳶色の瞳を持った長身の少女であり、その冷たい美貌の通りに性格も常に冷静沈着であった。
負けず嫌いなマノンが首席の座をいつもオレリーと競っていた事は学園内でも有名である。
しかしプライドの高い典型的な貴族令嬢として身分に拘る彼女は、首席のオレリーが平民である事を常に蔑視して来たのだ。
しかし、あの『事件』を境に彼女は変わった。
※第161、162、163話参照
学級委員長としてA組の纏め役である立場は変わらなかったが、ライバルであるオレリーと2年C組を認めるようになったのである。
あの事件が起こった時、元神官である2年A組担任のクロティルド・ボードリエはマノンの嘘を確かに見抜いていた。
マノンに侮辱されて、つい暴力を振るってしまった2年C組の学級委員長エステル・ルジュヌが潔く『懺悔』をして謝罪したのに対して、真実を隠して『懺悔』をしないマノンの態度に潔癖症とも言えるクロティルドの怒りに遂に火がついてしまったのである。
あの時マノンは土壇場まで追い込まれており、公衆の面前で嘘つきとの烙印を押される寸前の所をルウに救われたのだ。
ルウは先輩教師であるクロティルドの追求を止めてくれたばかりか、マノンの立場を考えて恥をかかないように庇った上で、彼女が素直に謝罪出来るようにフォローしてくれたのである。
あの時のルウの言葉をマノンは一生忘れないであろう。
『マノン、詰まらないプライドに拘って、お前と言う人間が否定されてしまうのは馬鹿げている。人間は学習しながら成長するんだ。たまには辛い事もある、これも勉強さ』
マノンはルウがその言葉を掛けて慰めてくれた直後に、加えて魔法には身分など関係無いと身を持って教えられたのだ。
ルウは何と火の精霊である火蜥蜴を召喚し、マノン自身も温かく優しい魔力波に包まれた強力な治癒魔法を体感したのである。
彼女は初めて目の当たりにしたルウの魔法の凄まじさに対して、ぞくぞくと身体に震えが走るのを止められなかった。
それ以来、マノンはルウの事が気になって堪らなくなったのである。
言い換えればルウという魔法使いの人柄と実力に心酔してしまったと言っても良い。
マノンはどうにかしてルウの授業の内容を知ろうと無理矢理紹介して貰って2年C組の友人を作り授業の様子を聞き、何と謝礼を払ってノートを借用した。
当然、ルウが何を話したかを知る為であり、彼女はそうする事で密かに彼の弟子になったつもりでいたのである。
またルウが生徒会の顧問と知って何とか潜り込もうとして散々悩んだが、結局行動に移せなくて断念した。
魔法武道部への入部もまた然りである。
ルウが校長代理のフランと結婚したらしいと噂で聞いてもマノンの熱は醒めなかったし、彼女の負けず嫌いな性格上、反対に彼への熱は上がる一方であった。
やがて専門科目の体験授業が始まると、マノンはルウの担当授業は当然受けたのである。
そして魔法攻撃術と上級召喚術のルウ担当の授業を無事取る事が出来て天にも昇る気持ちだったのだ。
最後に残ったのが定員オーバーであるこの魔導具研究の授業であった。
完璧主義でもあるマノンは並々ならぬ決意を持ってこの入室試験を受けに来たのである。
先程まで試験会場であった実習室は机と椅子が隅に片付けられており、前に椅子5つ、その向かい側に椅子が2つ置かれていた。
ひとつの椅子には既にルウが座っている。
ルウの姿にマノンは熱い視線を投げ掛けた。
そんなマノンの視線にルウは気付いたようで彼女に対して穏やかな視線を返してくれる。
あ、ああ!
先生が私の事を覚えていてくれた!
マノンはルウに対してにっこりと微笑み返すと5つ並んだ椅子の向って右端の席に座ったのだ。
続いて2番以降の受験生達も椅子に座り、全員が座り終わると早速、面接が始まったのである。
「面接とは通常、自主性、協調性、伝達力、傾聴力などを直接見た上で相手の人柄を判断する為のものと相場が決まっている」
ルウの話をマノン以下5人の生徒達はじっと彼を見詰めながら聞いていた。
「だが俺はひねくれているとさっき言った通りだ。これから、いくつかの質問を投げ掛けてそれらに対してお前達に答えて貰う。答えを聞いた上でその時に放出したお前達の魔力波も見ようと思う。何故ならば人間の『気』である魔力波というのは魔力を付加して魔法を発動する為だけのものでなく、存在感や様々な感情も表すものだからさ」
……ああ、これよ!
ルウ先生の授業って!
マノンは大きく頷くとルウからの質問を待つのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ルウの魔導具研究の入室試験が行われたこの日、魔法女子学園の2年生の時間割は専門科目優先の時間割りが組まれている。
A組からC組まで朝の1時限目の各クラスでのホームルームが行われる以外では、午前中から専門科目の各担当がこれからの授業受講の詳細な説明と事務手続きを行っていた。
しかし入室試験を行ったルウはその業務が対応出来ないので代行したのは副担当の教師達である。
魔法攻撃術のB組はフラン、C組はカサンドラ・ボワデフル。
上級召喚術のA組はカサンドラ、B組はリリアーヌ・ブリュレとサラ・セザールといった所だ。
各自、他に担当科目もあるので、そのやりくりもあったが、大凡ルウから指示を受けていた授業内容を説明し、受講者の確定登録を行ったのである。
一方、魔道具研究B組の面接は1組5名につき約10分を要し、計8組の面接が終わったのはお昼休みもとうに過ぎた午後1時30分であった。
これからルウとアドリーヌは解答用紙の確認と面接の結果を精査し、合格者を選定しなければならない。
明日の12時発表に向けて今日は夕方までの目一杯の作業になるであろう。
実習教室を片付けた2人は解答用紙や面接の評価を書き込んだ書類をルウの研究室に持ち込んだ。
作業はそのルウの研究室で行うので、ゆっくり昼食を摂っている暇は無い。
アドリーヌはルウにひと声掛けて、彼の分も含めてテークアウトの昼食を買いに出たのである。
「うふふ……」
学生食堂の脇にある購買に行く彼女の表情は明るく朗らかだ。
自分の魂の奥底に熾火のように燻っていた悩みをルウに聞いて貰い、気持ちが一気に軽くなったからである。
私……やっぱり、ルウさんが大好きなんだなぁ……
でも彼は私の事どのように思っているのだろう?
仲の良い同僚って感じかな?
そう考えたアドリーヌは一旦立ち止まる。
彼女は少し寂しい気持ちになったのであろう。
だが首を軽く横に振って思い直したようである。
まず彼の授業を一生懸命に助けよう。
そしてもし私の気持ちが変わらなかったら……
アドリーヌはそう考えて大きく頷くと、また軽やかに歩き出したのであった。
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