第330話 「共感」
アドリーヌ・コレットは少し俯き加減で話し始めた。
いつものアドリーヌらしくない暗く悲しそうな声だ。
「父は私を魔法鑑定士として管轄地に呼び戻したかったのです。その為に無理して学資を捻出しましたから……」
「アドリーヌを鑑定士にして自領で何かしようと算段をしていたのだな」
そこまで無理をすると言うことは何か目的とそれに対する見返りがある筈だとルウは指摘する。
ルウの言葉をアドリーヌは肯定した。
「はい、ルウさんの仰る通りです。私が10歳になり、魔法使いの教育を受けるようになってから管轄地に遺跡や迷宮がぽつぽつと発見され始めました。ただ場所が場所なので冒険者ギルドの冒険者達も足を運ばず手付かずの状態になっていました」
遺跡や迷宮からは様々な物が見付かる。
価値のある物も多く、その為に冒険者達は自らの命を賭けてでも探索に挑むのだ。
ただ空振りに終わる可能性もあるのだが……
「それをアドリーヌの父上が探索したら……意外にもという事か」
「そうなのです。父と従士達が探索したら旧ガルドルド魔法帝国のものでしょうが、古い財宝が大量に見付かったのです! やがて隣のダロンド辺境伯の領地でも同じく遺跡や迷宮が見つかり、父はもしやと考え、自領の従士達をダロンド辺境伯に貸し出したのです」
アドリーヌはそこまで喋ると喉が渇いたのか、カップに口をつけてハーブティーを啜る。
「結果は全く同じでした。やはり財宝がざくざく見付かりました。元々、彼等は親友同士だったのですが、私の姉をダロンド辺境伯の長男に嫁がせてから親族として絆がより強くなっていました。更にこのようなとてつもない幸運が訪れたのですから……両家は張り切ってますます協力を誓い合いました」
「大当りという事だ」
ルウの言葉に相槌を打つとアドリーヌは話を続けた。
「そんな時、私にも魔法鑑定士の素質があると発覚し、父は勿論、ダロンド辺境伯もとても喜びました。……もし私が魔法鑑定士になれば発見された財宝の莫大な鑑定手数料もかかりません。……ボロ儲けです。親友の娘が金儲けの種になると知ったダロンド辺境伯も喜んで父と共に私の学資を出しました。2人は私を専属の魔法鑑定士にして発見された大量のお宝を売って碌に産業も無い管轄地を一気に潤そうとしたのです」
「領地、いや管轄地を富ませるのは貴族として当然の義務だ。 充分ありえる話だ」
「はい……当然ありえますね」
しかしそうなっていればルウの目の前に今、アドリーヌは居ないであろう。
「……アドリーヌは彼等の思い通りにはならなかったわけだ」
「はい! 魔法女子学園を卒業した私は無事魔法大学に合格しました。大学では占術と魔道具研究を学びましたが、中でも占術は私の性に合っていたみたいで学ぶのはとても楽しいものでした」
占術は私の生きがいですとアドリーヌは言う。
「魔道具研究も当然の事ながら魔法鑑定士の資格は取得しました……現在B級の魔法鑑定士として一応免許は持っています。だけど私が本当にやりたいのはやはり占術なのです」
「進むべき道に関して父上と相談はしなかったのか?」
ルウが尋ねるとアドリーヌの表情はまた暗くなった。
「父と相談はしました……学資を出して貰った父とダロンド辺境伯に手紙を書いたのです。休暇の間だけ魔法鑑定士として働きたいと提案しました」
しかし急ぎ『鳩便』で送られた手紙は厳しい内容の父からの手紙だったという。
「……私の提案はあっさりと却下されました。父からは四の五の言わずに戻って来いと命令されました。占術の話もしましたが……そんな金にもならない、くだらない物は寝る前に趣味でやれと言われました。その言葉で父という人間に対して完全に醒めてしまいました」
娘の願いは聞き入れられず、一方的に却下されてしまったわけだ。
それも父親が彼女の夢を思い切り貶めるという形で……
「私……それで故郷に帰りたくなくなったのです」
「人生が見えてしまったからかな?」
故郷に帰りたくないというアドリーヌに対して、ルウは決められた人生は嫌なのだろうと彼女に問う。
「はい、来る日も来る日も父の命令で財宝の鑑定をし続ける日々なんて耐えられません。そしてダロンド辺境伯の次男であるフェルナンが騎士隊を除隊になったら彼と結婚させて、より両家を強固にするとの話もありました。それじゃあ私って一体何なのですか?」
ここでフェルナンの話が出たのでルウはさりげなく聞いてみる。
「事情はさておき、フェルナンの事をアドリーヌはどう思っているんだ?」
「彼とはルウさんとの食事会の日に会って一気に幻滅しました。子供の頃の乱暴で女性に厳しいという性格は変わっていませんでした。大嫌いではありませんが……私は女性に優しい男性が好きなのです」
優しい男性が好きか……ルウはフェルナンの顔を思い浮かべると苦笑した。
彼はアドリーヌが思っているほど粗暴ではないからだ。
しかしこの場でルウがそう言ってもアドリーヌは受け入れないであろう。
こればかりはフェルナンが何かの機会に行動で示すしかないのである。
「それで……故郷に帰るのを断ったら何かあったのか?」
「はい……父からは『勘当』されました」
「勘当? 勘当って何だ?」
ルウの言葉を聞いたアドリーヌは吃驚して目を見開いた。
そして一瞬の間を置いてとても面白そうに笑い出したのである。
「あははっ! ルウさんたら『勘当』を知らないのですか!? あはははは!」
暫し笑った後にアドリーヌは泣き笑いの表情になる。
そしてぽつりと呟いたのだ。
「……親子の縁を切られる事です」
「親子の縁……か」
ルウがアドリーヌの言葉をなぞるように繰り返すと彼女は更に衝撃的な事実を告白した。
「はい! そして兄と姉からも『兄妹の縁』を切ると言われました。私を心配してくれているのは母だけです」
「アドリーヌ……」
ルウが見るとアドリーヌの目には涙が一杯溜まっている。
「わ、私がいけないのでしょうか? 父の命令に背いた私が! 学資を出してくれた父とダロンド辺境伯を裏切った私は『人でなし』でしょうか?」
今迄、魂の奥底に隠していた気持ちを吐き出すかのようにアドリーヌはルウに問い掛けた。
しかしルウの答えは意外なものであった。
「アドリーヌ……それ、俺もだよ」
「え!?」
自分だけじゃない!
ルウの言葉にアドリーヌはじっと聞き入っていた。
「俺もアールヴの里を出て行く時に『人でなし』『恩知らず』と詰られたよ。孤児だった俺を育てた恩を忘れたのかと言われたよ」
「ルウさん……」
「里に貢献しないで出て行く俺は確かに人でなしで、恩知らずかもな……でも孤児だった俺を育ててくれた恩を決して忘れてはいないさ。仕方が無いから、こんな俺でもいつか役に立てれば良いと思って聞き流したよ」
ルウの言葉がアドリーヌの中で静かに響いている。
「私……私……」
「事情が違うから一概には言えないけど……アドリーヌもいつか恩返し出来る時にすれば良いじゃあないか……今は無理をしてもお互いに不幸になるだけだと考えてさ」
初めて自分の気持ちを分ってくれた人が居る。
それがルウなのだと思った時にアドリーヌは心から「ありがとう!」と叫んでいたのであった。
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