第33話 「麗人」
険しい顔付きのジゼル・カルパンティエ……
連行されていると言っても過言ではない、ミシェルとオルガの後を、ルウとフランは追って行く。
3人の行き先は、屋外の闘技場だ。
普段は武技の試合や鍛錬などに使う場所である。
ジゼル達は、入り口から柵で囲われた闘技場へ入った。
ルウとフランも続こうとした時、競技場の中からジゼルの声が響く。
「そこにいらっしゃるのは……ドゥメール校長代理でしょうか?」
「ええ、……そうよ」
フランが答えると、ジゼルは戸惑った様子で、言葉を返して来る。
どうやら、索敵の魔法を使ったようだ。
「あともうひとり居る? だがはっきりしない……」
ルウは、ひとさし指を唇に当てた。
黙ったまま、スルーしろという合図だ。
沈黙の反応に、ジゼルは唸り、悩んでいる。
「むむむ! そこに誰かが居るのか、居ないのか? ……私ともあろう者が分からないとは……もしかして、人間ではないのか、害の無い野生動物……犬か、猫のようにも、思えるが?」
「は? 害のない野生動物? 犬か猫ですって? あははっ」
ジゼルの言葉を聞き、フランは思わず吹き出した。
理由は、分からない。
ジゼルの索敵から、ルウが完全に身を隠そうと思えば、簡単に出来るだろう。
しかし、わざと曖昧な存在に擬態しているのが分るから。
「校長……貴女のその反応だと……もうひとり人間が居ますね?」
失笑されたと受け取り、ジゼルの声には怒りが籠っていた。
ここで、ルウはフランを手で制し、前に出た。
やはり、正体不明の相手が気になるのであろう。
屋外闘技場の入り口から、怒りの魔力波に満ちた、長身のジゼルが現れた。
ウェーブのかかった豊かな金髪が揺れている。
目鼻筋が通った端麗な顔立ち。
きりりと引き締っら口元が、凛々しい雰囲気を醸し出している。
ジゼルのダークブルーの瞳が怒りに燃えていた。
背後には、相変わらず元気の無いミシェルとオルガのふたりが立っている。
ルウを見たジゼルは、納得したように頷いた。
「ほう! 校長と一緒という事は……貴方が従者になったという魔法使いか?」
「そんな事より、ジゼル。私のクラスの生徒をどうするつもり?」
ルウの後ろに居たフランが、ジゼルに言い放った。
しかし、ジゼルは冷たい目でフランを見ると、鼻を鳴らした。
「校長には関係の無い事です」
「関係が無い? ミシェルとオルガは私のクラス、2年C組の生徒よ」
「笑止! 今まで自分のクラスに関心が無く生徒達を放置していたのは誰です?」
「そ、それは!」
「ミシェルとオルガの面倒を見てきたのは私。貴女みたいな無責任な方に今更、どうこう言われたくないですね」
「…………」
「校長、貴女ならご存知の筈だ」
「何をですか?」
「ふたりは先日、さしたる理由も無いのに、単なる好奇心から他人を尾行して生活を盗み見ようとした。まだまだ半人前の癖にです。こんな事では王国の魔法騎士どころか、1人前の淑女にもなれやしない」
ジゼルはそう言うと、ショートソードの柄に音を立てて手を掛け、フランを射抜くように見る。
「そんな不束者達に教育的な指導をする、いわば貴女の怠慢を、私が代わりに遂行する。……感謝して貰いたい」
フランはジゼルに言い返せず、唇を噛み締めていた。
公爵令嬢であるジゼルに対する貴族社会の力関係もそうだが、身に覚えもあるのだろう。
と、その時。
「ミシェル達の事を責めるのか? でもなぁ、お前も他人の事をいろいろ知りたいと思っている。それはどうなるんだ?」
口を開いたのはルウである。
「は!?」
いきなり『お前』呼ばわりされた上、矛盾を指摘されたジゼルは、一瞬呆気に取られた。
そして、怒り心頭となる。
「な、な、な、何を、き、貴様! 私が他人の事を知りたいなど!?」
「だって、お前はシンディ先生に憧れているんだろう? 彼女の強さも、そして生き方も」
「ええっ!?」
「ほ、本当ですか!?」
ルウの言葉に驚いたのは、ミシェルとオルガである。
日頃から、王国の魔法騎士とは、淑女とは、と……
生き方の模範を叩き込まれてきた彼女達からすれば、とても意外な事なのである。
教師シンディ・ライアンこと旧姓シンディ・オルブライト。
彼女は、魔法女子学園在籍時に、現在のジゼル以上の評価をされていた、『鉄姫』と呼ばれる存在であった。
シンディは在学時に模擬試合で同学年の魔法男子学園の騎士候補生をあっさり一蹴。
王都騎士隊副隊長の男性騎士とも、互角に渡り合える程の腕を誇った。
元々シンディは身分の低い騎士爵家の3女という出自ではあったが、女性魔法騎士になると、いきなりヴァレンタイン王家の第一王女の護衛を任せられたのである。
しかし第一王女が隣国に嫁ぐと……
シンディは結婚し、あっさりと魔法騎士を辞めてしまう。
その結婚相手が、当時若いながらも王都騎士隊副隊長を務めていたキャルヴィン・ライアン伯爵であった。
つまり模擬試合をしたのが縁で、結婚をしたのである。
そしてキャルヴィンとシンディの間には男の子が生まれ……
子育てがひと段落すると、理事長アデライドの誘いもあり、母校で教鞭を取っているのだ。
今や教師となったその姿は……
とても幸せそうだと、巷で評判なのである。
「ジゼル、お前は彼女に聞きたいんだ」
「な、何をだぁ!」
「どうしてあんなに強くなれたのか? 王女をどんな気持ちで守っていたのか? どうしてエリートの象徴である女性魔法騎士を辞めたのか? 結婚して幸せだったのか? 今の心境はどうなのか? 根掘り葉掘りな」
「ううう、何を根拠にそんな事をっ!?」
ルウの指摘に対し、ジゼルは思わず口篭った。
これでは図星であるのが、まる分かりである。
そんなジゼルに、ルウは惚けた表情でしれっと言う。
「うん! 占術だな」
「は!?」
「俺、実は占術が専門なんだ、お前の顔に占いでそう出ている」
それを聞いたフランは笑いを堪えるのに必死だ。
只でさえ、ルウは占術が苦手だと言っていたのに―――
一方、ミシェルとオルガはまだ呆気に取られている。
「ふ、ふざけるな! 根も葉もない事で私を侮辱しおって!」
ジゼルは後輩の前で、やっと自分を取り戻して来たようだ。
「おい! この国で貴族を侮辱したらどうなるか、教えてやる! 決闘だ! 校長、問題は無いな?」
ジゼルの目は怒りに燃えている。
フランは思わずルウを見るが……
相変わらずルウは、穏やかに笑っている。
そしてはっきりとジゼルに言い返した。
「お前こそ学生の分際で師である教師を侮辱した。よって主人の代理である俺はお前に決闘を申し込もう!」
切り返されるとは思っていなかったジゼルは吃驚する。
だが、すぐに唇を悔しそうに噛み締めた。
まともに剣を振るい、魔法を行使すれば命にかかわるが……
この世界では、地球の中世西洋のように、決闘裁判や私闘による死を賭けた決着が認められていた。
しかし、さすがにフランは首を横に振った。
「学園の校長としては、教師と生徒が行う、命のやり取りを認めるわけにはいかないわ」
「では、どうするのだ? 他に方法はっ!」
フランに、噛みつかんばかりの勢いで迫るジゼル。
暫し、考えていたフランはポンと手を叩いた。
「良い方法を思いついたわ。今度の週末に、学園所有の狩場の森で魔物を狩ってその質と数を競うというのはどうかしら?」
フランの提案を聞き、拍子抜けしたジゼルであったが……
気を取り直すと、
「OKだ!」
と言い放った。
フランは更に、追加提案をする。
「それと……団体戦とかってどう? ふたり一組とか?」
もちかけられたジゼルは、
「それでも構わない! 私は教師にも負けない! 校長! もし貴女がルウと組んでもな」
「じゃあ、決まりね」
「校長、約束だ! 負けた方が、何でもいう事を聞くのを忘れるな」
フランへ念を押し、ジゼルは怖ろしい笑みを浮かべた。
興奮し切ったジゼルは今のやりとりで、叱責する筈のミシェルとオルガの事はすっかり忘れたらしく……
ふたりを残して、あっという間に去って行った。
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