第324話 「アデライドの配慮」
「「「お帰りなさいませ!」」」
ルウが屋敷に戻るとフラン達妻は勿論、使用人達が嬉しそうに迎えた。
使用人の中にマルグリットの元気な姿を認めたルウは穏やかに微笑んだ。
「婆ちゃん、身体の方はもう大丈夫?」
「はい! 病どころか、ルウ様の魔法のおかげで何十年も若返った気分ですよ」
若返ったという表現が大袈裟では無い証拠にマルグリットの顔には笑顔が溢れ、声には張りがあった。
ルウはそれを見て益々笑顔になる。
「そいつはよかった。飯の支度は出来ているのかな?」
「はい! 皆さんにルウ様の好物を聞きましたからバッチリですよ」
「嬉しいね、皆で食べよう」
マルグリットに返事をしたルウに今度はフランが話し掛けた。
「旦那様、今夜はお母様が来ていますから。例の鉄刃団の件はもう伝えてあります。旦那様と一緒に食事をしながら、色々と話したいと言っています」
「分った。ありがとう、フラン」
どうやらフランがアデライドには先に話を通してくれたようだ。
今夜のアデライドが来た本題は違う件ではあるだろうが、タイミングとしてはよかったと言えるだろう。
「旦那様、今日は本当にお疲れ様でした。さあさあ! 早くお風呂に入って下さい。私とジゼル、ナディアが一緒に入って御背中を流しますから」
風呂の支度が出来ているので、先にさっぱりしましょうとフランが声を掛けた。
傍らに立つオレリーとジョゼフィーヌはルウと入浴出来ないので残念そうな表情だ。
彼女達は出迎えだけはしたが、来週に受ける専門科目の入室試験優先という事で先に風呂と食事を済ませていた。
ルウの出迎えが終われば、直ぐに勉強に取り掛かるとの事らしい。
ルウとお風呂に入るジゼルとナディアにしても食事だけは先に済ませているようだ。
今夜の食事の席がアデライドとの学園の業務の打ち合わせ話も兼ねていると説明が事前にフランからあり、皆素直に聞き分けてくれたらしい。
「ははっ、分った。さっさと風呂に入ろう」
ルウは頷くとフランと手を繋ぎながら浴場に向ったのであった。
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風呂から上がって席についたルウ達は早速乾杯を行う。
乾杯が終わった後、夕食の席で美味しい料理に舌鼓を打ちながら、アデライドはルウを労った。
「お疲れ様! 話はフランから聞きました。いろいろと頑張ってくれたわね」
頑張ったとは鉄刃団の件であろう。
「王都で愚連隊同士の抗争は問題になっていたのよ。ただ彼等は狡賢くて中々尻尾を出さないから衛兵隊も持て余していたの。貴方のアイディアでその鉄刃団とやらがまず更生してくれればいう事はないものね」
アデライドの言葉にルウも頷き、ひとつ提案をする。
「彼等は名前も鋼商会になったし、ちゃんとしたやり方で新しい商売も始めるから商業ギルドには話を通しておいた方が良いと思うのだけど」
王都の中で商売をする者は商業ギルドに所属して規則を遵守して決まった税金を支払うのが基本だ。
非合法な組織であった鉄刃団はギルドには当然属さず、規則などは一切無視していたのは勿論、税金も全く支払っていなかった。
しかしこれから真っ当な商会としてやって行くのであれば、そんな事は許されない。
アデライドの親友であるギルドマスターに事前に話を通しておけばこれからの『商売』もやり易いだろうとルウは考えたのだ。
「ふふふ、大丈夫よ。任せてね、私からマチルドには話しておくから」
アデライドが快諾してくれたのでルウはホッとした表情になる。
「そうして貰うと助かるよ。鋼商会の商売は飲食店経営と警備の仕事だが、詳細は会頭、もしくは相談役にした俺の従士から説明させるから」
ルウは一応鋼商会の新たな商売についてアデライドへざっと説明する。
ギルドマスターのマチルド・ブイクスからアデライドに対して鋼商会の商売の質問があった時に最低限の答えが出来るようにだ。
アデライドが聞いても鋼商会の新たな商売に関しては問題が無いとの見解である。
傍らで話を聞いているフランも笑顔で頷いていた。
「ルウがやりたいと言っていたお店も、マルグリットさんの店を貸して貰える事になってなによりね。マルグリットさん、宜しくお願いしますね」
「そ、そんな! 大奥様、何と勿体無い!」
アデライドからそう言われたマルグリットは恐縮してしまう。
全くの偶然だがドゥメール伯爵家はマルグリットの父である魔法使いが、かつて仕えていた主筋の家柄だったのである。
「ふふふ、これも何かの縁だわ。ルウ、貴方は色々な人を結びつける、まるで人同士の出会いを司る天の御使いのようね」
アデライドが微笑み、フランも全くと言うように頷いた。
マルグリットも相変わらず満面の笑みである。
ルウは照れたように笑う。
「俺にそんな意識は無いけど……鋼商会も含めて、人との出会いというのは楽しいな」
「確かに貴方の言う通りだわ。それに貴方が今、ここに居るのも私のフランに出会ったからだものね」
母の温かい言葉を聞いたフランはとても嬉しくなって全員に呼びかけるともう1回乾杯を行ったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「さあて今夜の本題の話をしましょうか?」
アデライドは悪戯っぽく笑う。
ルウ達が鉄刃団こと鋼商会の件で奔走している時に何かあったようだ。
「実は昨日の土曜日、ルネ先生がいきなり訪ねて来たのよ。カサンドラ先生を伴ってね」
ルネはカサンドラから金曜日の経緯を聞いて、このままただ処分を待つのは不味いと考えたのであろう。
何とアポイントを取らず、直接アデライドの屋敷へお詫びに来たのである。
「神妙な顔付きで『この度は姉がとんでもない事をしでかした上に、学園の意向を無視して無理なお願いまでしてしまって……教師の風上にもおけません』とひたすら謝罪していたわ」
アデライドの話によると、ルネは自らは勿論、カサンドラにも無理矢理頭を下げさせ、2人で土下座に近い形で詫びたという。
やはり彼女は姉に比べれば常識人なのである。
ちなみに無理なお願いとはカサンドラが自分のクラスの担当就任を勝手に放棄してルウの副担当になると申し出た件の事だろう。
「お母様、それでどうなさる御積りですか?」
「どうもこうも……処分は変えないわ。フラン、お前から報告を受けた時に話した通りよ」
アデライドの言葉にフランはホッとしたようだ。
「じゃ、じゃあ」
「カサンドラ先生にはこうした事を2度とやらないと誓わせた上で厳重注意。ルネ先生とリリアーヌ先生、サラ先生には厳重注意のみ……評価の減点もしない、これで良いわよね?」
「ありがとう、アデライド母さん」「ええ、お母様。助かります」
感謝の言葉を述べるルウとフランに対してアデライドは注意する事を忘れない。
「あなた方はボワデフル姉妹と冒険者として組むのでしょう? お目付け役……頼むわね」
「お目付け役?」
そう言われて聞きなおすフラン。
「ええ、カサンドラ先生は勿論、ルネ先生も何かを隠しているような気が私にはするから……彼女達が無茶をしないようにくれぐれも気をつけて見てあげて」
アデライドにはボワデフル姉妹の危うさが見えているようだ。
これも彼女の持つ魔眼の能力の為せる技かもしれないとルウは思う。
「さてと次は専門科目の対応に関してね。まずはルウの担当するクラスの確認をするわね。魔法攻撃術はB組、C組兼務、上級召喚術はA組、B組兼務、魔道具研究はB組……これで良いわね」
「その通りだな」
ルウの返事を待って頷いたアデライドだが今度は表情が若干曇った。
「私も色々考えた結果の結論よ。悪いけど……ルウの希望だった試験無しで選択希望者を全員入室というのは難しいわ。やはり学園としては競って学ぶ事も大事と考えているから」
聞くとアデライドはルウの気持ちを尊重して彼女なりに色々と考えて検討してくれたようなのでルウに異存は全く無かった。
「分ったよ、アデライド母さん。我儘を言って申し訳ない」
ルウが笑顔で返すと今度はアデライドがホッとした表情になる。
その顔は先程のフランにそっくりであったのでルウは余計に嬉しくなった。
「その代わりと言っては何だけど各クラス増員の方向で調整したわ。教室のキャパの問題もあるので大幅増とまでは行かないけど魔法攻撃術、上級召喚術、魔道具研究はクラスの定員30名を各5名ずつ追加で1クラス35名にしたの。これは公平を期す為にルウ先生以外のクラスにも適用する事に決めたのよ」
増員とは、少しでもルウの授業を受けられる生徒を増やしたいというアデライドの配慮である。
「そしてこれは特例中の特例――上級召喚術は基本課題クリアの生徒のみ受講させていたけど課題をクリアしていない生徒にも門戸を広げます」
「それは凄い! アデライド母さん、ありがとうございます。ところで日程はだいぶ変わるかな?」
「日程は余り変わらないけど、明日の月曜日のお昼にこれらの正式な発表を生徒に対して行うから、その時にしっかりと説明をしないとね。それ以降の予定だけど……発表と同時に改めて各クラスの再度の募集をかけます。火曜日一杯待って申し込みの締め切り、水曜日に確定クラスの1次発表。定員オーバーのクラスは木曜日に入室試験を行って翌日金曜日に2次確定発表ね。その上で翌月曜日に最終の募集をかけて各クラスの受講者決定という感じね」
以上のアデライドの説明によりルウとフランも理解したようだ。
後は試験に関してである。
「木曜日の入室試験の方法は?」
「それは各先生の裁量に任せるわ。普通は筆記、実技、面接などだけど」
アデライドはそこまで話すと喉が渇いたのかワインを一口飲み、「お願いしますね」と微笑んだのであった。
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