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第32話 「恋話」

 13話の学園の描写に事務局の場所の記載が抜けていましたので、修正し追加しました。

 ルウが教頭室から出ると……

 ずっと待っていたのか、フランはまだ校長室の前にたたずんでいた。

 自分でも大人気ないと分かっているのであろう、彼女はルウと目を合わせようとしない。


「フラン、明日行う授業の、打合せをしよう!」


 ルウはフランに明るく声を掛け、校長室のドアを開けた。

 そして、彼女の華奢な身体を、無理やり部屋の中へ押し込んだ。


 校長室は教頭室とほぼ同じ広さ。

 調度品もほぼ一緒であった。


 ルウはフランへ座るように言い、ふたりは応接用の椅子に座って向かい合う。


「ルウ、教頭とは、親しいのね……」


「ああ、子供の頃からな……姉代わりだ」


「…………」


「ケリーは5年前、突然、アールヴの里から居なくなったんだよ。ここで仕事をしているって分かって俺、ホッとした」


 ルウは笑顔で、ケルトゥリの事をそう言った。

 屈託のない笑顔、先ほどまで『恋人』と甘い時間を過ごしたという雰囲気ではない。


 一方、フランは……

 じっとルウの顔を見つめ、かつてふたりが、アールヴの里でどう過ごしていたのか……思いを馳せた。


 教頭の事を……心配……していたんだ。

 そうよね、姉と弟みたいな間柄だから。

 

 でも、もしも姉なんかじゃないとしたら?

 あの教頭も……5年間ルウと一緒に居たんだもの。

 私なんかより、ず~っと『距離』は近いよね……


 そんなフランの疑問と思いは、ルウの言葉によって破られる。


「で、今は何をしているのって? 聞かれたから、フランを守る為、ここに居るって答えたぞ」


 え! え! 

 ええええええっ!

 何で!? 何でなの!?


 嬉しくて!

 目の奥が熱い。

 あっという間に、涙が溢れて来た。


 フランは思いっきり天井を向いた。

 

 私を守る為!!!

 う、嬉しいっ!

 

 歓喜の感情が、容赦なく込み上げてくる。

 

 暫し……

 フランは上を向いたまま……動かない。

 否、動けないのだ。


 我ながら情けない格好だが、自分の意思ではどうする事も出来ない。

 でも……

 零れ落ちる涙を、ルウに見られるよりは良い。


「おいおい、フラン。魔力波オーラが乱れているぞ、大丈夫か?」


 えええっ! 

 ルウに、気付かれている?

 仕方がない!


「ル、ルウ、お願い! ち、ちょっとあっちを向いていて!」


 フランはルウに、後を向いて貰った。

 その間に涙を拭いて……何とか……取り繕った。


「も、もう良いわよ」


 フランの声を聞いて、ルウはゆっくりと向き直った。

 

 だが、フランの眼も顔もまだ赤い……

 しかしルウは何も言わず、穏やかに笑う。


「じゃあ、やろうか? 明日の講習の打合せを、さ」


「えっ、ええ……」


 フランはまだ、ぎこちない。

 

 ふたりはそれから、基礎の教科書、魔法学Ⅰのおさらいをした。

 更に、フランが受け持つ2年C組所属の生徒の確認をする。

 

 そうこうしているうちに……

 だんだんフランの気持ちもほぐれて来て、元のにこやかな表情のフランへ戻って行った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ルウ先生、戻って来ないですね?」


 少し寂しそうな面持ちで、新人のアドリーヌ・コレットが呟いた。

 主任シンディ・ライアンが、面白そうに笑う。


「うふふ、コレット先生ったら、気になるの?」


「いえいえいえ! 同じ新人教師としてですね、単に心配して言っているだけです!」


 アドリーヌは必死に否定した。

 手をぶんぶん横に振っている。


「教頭に、苛められていなきゃいいけどね……」


 呟いたのはオルタンス・アシャールである。

 要領が悪いオルタンスは、何かにつけて、ケルトゥリにちくちくと弄られていたのだ。


「ルウ先生なら、あんな教頭、目じゃないだろう!」


 ボワデフル姉妹の姉、カサンドラが忌々しげに吐き捨てた。

 

 男勝りといって良い性格のカサンドラも、言葉遣いや態度、そして行動に関してこれもまたケルトゥリに叱責されていたのである。


「でもエイルトヴァーラ教頭……今日はルウ先生が原因なのか、雰囲気が違っていましたわ」


 微笑んで、指摘をしたのはクロティルド・ボードリエ。

 彼女は元神官で、男女が結びつく恋の話には目がない。


「校長代理と教頭から……ルウ先生に対する愛の波動を感じましたの」


「ええっ!?」


「うそ!? ほ、本当!?」


「校長代理はともかく、あの教頭が?」


 この場に居る女性教師はシンディを除けば皆、独身である。

 恋話となれば、自分以外の事でも気になる。

 

 と、そこへ。

 ルウと共にフランが職員室に入って来た。

 

 先ほどまでとは違い、フランの表情は明るい。

 元々の顔の造作もあるが、とても華やかな雰囲気に満ちた美しさを振りまいていた。


 教師達は、クロティルドの話に納得した。


 なるほどねぇ……

 あの【鉄仮面】にも、恋の季節が来たのかな?

 

 その少し後、職員室に入って来たケルトゥリも、いつもの雰囲気に変化が生じていた。

 そんな微妙な変化を、フラン以外の教師達は見逃さなかった。

 女性で、それも魔法使いであれば、特にそんな事には敏感なのである。

 

 ケルトゥリは自分が好奇な目で見られているのを感じたのであろうか……

 いつもより大きな音で手を叩くと、職員会議開催の旨を告げ、会議室へ入るように促したのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 1時間後……


 職員会議は終了。

 後は各人の裁量による自由勤務となる。

 

 フランはルウを連れて、まだ紹介していない職員の所に行く事にした。

 ケルトゥリにそう伝えると、彼女は相変わらず気難しい顔をして頷く。

 弾けるような笑顔で返したフランは、軽く一礼するとさっさとルウの手を引っ張って職員室を去って行く。

 

 見送るケルトゥリの胸には、再び先ほどの棘のような痛みが襲っていたのである。


 一方……

 職員室を出たフランは、魔導昇降機で一気に1階まで降り、事務局へと歩いて行く。

 事務局長と職員にルウを紹介する為だ。

 ルウが先日見た時には無人だったカウンターには、若い女性がふたり居た。

 並んで座り、事務作業をしている。


「お早う! ユゲット、リディー」


 ふたりの女性は、「えっ」と驚いた顔でフランを見る。

 

 今まで彼女が自分達を呼ぶ時は必ず姓を呼び、親しげにファーストネームで呼ぶ事など皆無であったから。

 

 ユゲット達も、フランの『渾名』は知っている。

 それがどうした事であろうか、このこぼれんばかりの笑顔は……

 驚き、戸惑ってしまった。


「お、お早うございます。校長」


「お早うございます。フランシスカ様」


 かろうじて返事をしたユゲット達であるが……

 まだその表情から、驚きは消えていない。


「新しい先生を紹介したいの。事務局長は奥?」


「は、はい。では事務局へどうぞ」


 ユゲットと呼ばれた、金髪の20歳代前半の職員が立ち上がり、ルウとフランを奥の部屋へ案内した。

 

 事務局長と呼ばれる人物は、部屋の正面に置かれた机で、何か書類の処理をしていた。

 だが、ユゲットが声を掛けると顔をあげ、フランに満面の笑みで応える。


「これはこれはフランシスカ様、今日は一体、どのようなご用件でしょう?」


 事務局長は、40代半ばで栗色の髪をした、恰幅が良く落ち着いた感じのする女性である。

 名はモルガーヌ・バルリエ、この学校の事務を取り仕切る事務局の責任者である。


「ええ、モルガーヌさん。今日は新しい先生を紹介しに来たのよ」


「はい、昨日、エイルトヴァーラ教頭から伺っております。とりあえず臨時の職員で1年契約とか?」


「ええ、彼は私の従者でもあるのよ。じゃあ、ルウ、挨拶してくれる?」


 ルウはフランに促されると職員室でしたのと同様に挨拶をした。


「こちらこそ宜しくね、ルウ先生」


 モルガーヌは手を差し出して握手を求め、ルウも応えた。

 ユゲットはその後ろでお辞儀をしている。

 職員証は既に、アデライドに発行して貰ったので問題はない。

 同時に職員手帳の所持も念を押され、こちらももOKの返事をすると職員としての事務手続きは終了であった。

 

 手続きが済んだふたりは、本校舎を後にした。

 目の前には魔法女子学園の広大なキャンパスが広がっている。


 このキャンパスは、全体を青々とした芝生を養生した美しい庭園だ。

 正門と本校舎の間には噴水を配した広場がある。

 

 フランによると……

 この噴水も古代遺跡から発見された魔法技術を応用した仕組みらしい。

 勢い良く上空に水流を噴き上げていた。

 王都セントヘレナの中央広場を模したこの広場から、街と同様な造りで別棟や寄宿舎、屋内外の闘技場への道が伸びているのだ。


 今日は春季休暇中だけあって学生の数もまばらである。

 

 研究室と実習室のある4階建ての別棟を案内した後、フランがルウを連れて向かったのは学生寮であった。

 

 ここには全校生徒約260人のうち約半分に近い100人余りが生活しているそうだ。

 入寮者が多いだけあり、本校舎に匹敵する大きさの5階建ての建物である。

 

 学生寮は、当然男子禁制。

 ルウは中には入れないが、1,2年生は2人1部屋。3年生になって初めて個室が与えられるとの事だ。


 紹介をしようと、フランが寮長を呼んできた。

 

 寮長とは学園の指示の下、学生寮の管理及び寮生と呼ばれる生徒の生活指導にあたる役職である。

 女子専用の寮という事で寮長は女性、しかも厳しそうな初老の人物であった。


「サンドリーヌ・バザンです。宜しくお願い致します」


 ルウを見たサンドリーヌは「コホン」と咳払いをする。

 ひと言、注意しようというつもりなのだろう。


「校長と教頭の紹介で理事長も承認されたから、私が申し上げる事はありませんが念の為……生徒達はまだ子供ですが、身体は大人になる段階です。そして好奇心は人一倍旺盛なのです……分かっていますね?」


 鋭い眼差しで睨むサンドリーヌは、ルウに釘を刺すのを忘れなかった。

 フランは苦笑してしまうが、サンドリーヌは真剣そのものだ。


 サンドリーヌの教育的指導は暫く続いた。

 なので、終いには、

  

「ルウは先生であると同時に、私の従者でもありますから、責任は私が取ります」


 フランがサンドリーヌに申し入れると、彼女はようやく笑顔に戻った。

 

 学生寮を後にして……

 噴水広場へ戻るルウとフランだったが、見知った顔を見かけた。

 

 先日、食事を共にしたミシェルとオルガである。

 ふたりは声を掛けようとしたが、ミシェルとオルガが、とても打ちひしがれているのを見て、思い留まった。


 ミシェル達の、元気がない理由とは……

 多分、ふたりを連れて先頭に立っている人物にある……

 

 ウェーブのかかった豊かな金髪とダークブルーの瞳を持ち、颯爽と歩いて行く長身の少女。

 紺色の革鎧を纏い、腰には魔法剣らしいショートソードを下げている。

 向かうのは屋外の闘技場のようだ。


「あの子は、この学園の生徒会長、3年A組のジゼル・カルパンティエよ」


 ジゼルは名門カルパンティエ公爵家の次女である。

 卓越した剣技、水属性の攻撃魔法と防御魔法、そして治癒系の回復魔法を使いこなすこの学園きっての才媛であり、女性魔法騎士に内定が噂されている

 

 しかし、その端麗な顔立ちは、深い憂いの表情に彩られていた。


「ミシェルとオルガはジゼルの後輩というか、愛弟子みたいなものよ……でも、まさか!? ルウ、事情を聞きましょう」


 フランはそう言うと……

 自分と一緒に話を聞きに行くよう、ルウへ促したのであった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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