第319話 「悔恨」
申し訳ありませんが、鉄刃団の首領の名前変更しました。
ジュリアン・アルディーニ
⇒リベルト・アルディーニ
ルウは俯いたリベルトに対して更に言う。
「お前がマルグリットさんの店を取り上げたやり口は、かつてお前が憎んだ創世神の神官の悪逆な行いと全く変わらないぞ」
「という事はあのどぐされ神官共と俺は同じ穴の狢って事か……最低だな。そして更に婆さんの思い出まで壊したのか……」
益々、嘆き落ち込むリベルト。
彼はまるで自分の古傷を自分で傷つけたような気持ちになっていたのである。
「そうだ、お前は鉄刃団の首領を殺されて怒りを覚えたのではないか? 荒んだお前に温もりをくれた首領を奪った者に憎しみを感じただろう?」
「俺は父親代わりの首領を奪ったあの殺し屋と一緒か……婆さん……俺を殺したいほど憎いだろうな」
「ははっ、そうやって憎まれて生きるのと、感謝されて生きるのとどちらが良いのだ?」
ルウの問いに溜息を吐いて答えるリベルトだが、その顔には諦めの表情が浮かんでいる。
「そりゃ感謝されて生きる方が良いが……俺をこんなにしたのは、この世の中だぜ。それに俺は親の顔も知らずに生まれ、散々無軌道に生きて来た、もう遅いだろうよ」
そんなリベルトにルウは穏やかな表情のまま、ゆっくりと首を横に振った。
「世の中を変えて行こう、その為に自分も努力して生きて行こうと志を持っている人は大勢居る。それが人の子の可能性を引き出す行為だと俺は思う。お前も同じさ……今からでも遅くはない。もしお前が、鉄刃団共々、人々に感謝されて生きて行きたいと心から願うなら俺は喜んで手を貸そう」
「お、お前、いや……あんたが手を貸す!? あんた一体何者なんだ?」
「俺の名を言う前に誓ってみせろ。お前は人生をやり直すことが出来る、どうだ?」
「……分った。俺はまずあの婆さんに詫び、償いたい。そして出来るなら人生をやり直したい、もう人を憎み憎まれる人生は真っ平御免だ」
「ははっ、それを聞きたかったんだ。俺の名はルウ、ルウ・ブランデル。まずはお前の身体を治癒し回復させようか」
そういうとルウは口から吐気した。
ルウ独特の神速を誇る呼吸法である。
「大地の息吹である風よ、大地の礎である土よ、大地に命を育む水よ、そして大地の血流である火よ。我は称える、その力を! 我は求める、その力を! そして我は与える、その力を! 愛する者に満ち満ちて行かん、大地の癒しを! さあ、この者等にその恵みを与えたまえ!」
ルウが唱えたのはかつて楓村で負傷者を一気に治癒し、回復させた広域型回復魔法であった。
「慈悲!」
鉄刃団本部の床を眩い光が走り、古びた建物全体があっという間に包まれた。
「う、うおおっ! か、身体がぁ!?」
ルウに痛めつけられていた身体が彼と話す際に少し楽になっていたのだが、今の魔法で完全に全身を覆う痛みが無くなり、身体が軽くなったのである。
「お前と部下達はこれで大丈夫だ。じゃあ改めて話の続きをしようか?」
「え? 部下達も治癒して回復させてくれたのか? それに話の続き……だと?」
話の続きと言われてリベルトは戸惑う。
「ああ、まず『俺の金』の話さ。ルーレットで勝った金貨約46万枚をきっちりと払って貰おう……だが、それだけの金はお前達には無いだろう?」
悪戯っぽく笑うルウに対して思わずむきになって反論するリベルトだ。
「無いさ、そんな金! 鉄刃団の持っている全財産でその半分がやっとだよ」
「ははっ、じゃあ現金は勿論、この建物やお前達がやっている店共々俺が差し押さえる。文句は無いな。これは俺の正当な権利であり、そもそもお前達が今迄やって来たやり方なんだからな」
「…………分ったよ、好きにしてくれ」
「悔しいだろう? 自分の行って来た事が自分に返って来る。これが因果応報さ、この辛さ悔しさを忘れるなよ。……さあ、ここからが本題だ。お前の持っている、いや持っていたマルグリットさんの店の話さ」
リベルトはルウをじっと見詰める。
先程のリベルトの言葉に嘘偽りは無い。
彼もあの哀れな老婆に対して償いをしたいのだ。
「俺はマルグリットさんにあの店を譲る。というか彼女に返還する。店の権利証と鍵は金庫の中だな?」
ルウの問いに対してリベルトは即座に頷いた。
「ああ、そうさ。金庫の中にある」
「それを持ってお前は明日の朝、俺と一緒にマルグリットさんに会うんだ、良いな?」
「俺が婆さんに……か」
リベルトは遠い目をして考え込む。
彼なりに気持ちの整理をしているのであろう。
ここでルウはバルバトスを呼ぶ。
「バルバ!」
「ルウ様、ここに!」
いきなり現れて部屋の片隅に跪いている巨躯の男を見てリベルトは仰天した。
「ひ!?」
「驚くな! 彼は俺の従士さ。バルバ、今夜中に店の方の準備を……分るな?」
「かしこまりました!」
ルウの指示に対してはきはきと返すバルバトスをリベルトは放心したように見詰めるのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ブランデル家所有馬車車内、日曜日午前10時30分……
セントヘレナの街をひた走る馬車の車内に居るのはルウの妻達とマルグリット・アルトナーである。
昨日、ルウの屋敷で手当てを受け、妻達に世話もして貰い彼女は体力的には回復する事が出来たのだ。
「そ、それでルウ様はご無事なのですか?」
「ええ、旦那様は大丈夫です。『お店』でお待ちですよ」
マルグリットの心配そうな問いに答えたのはフランである。
彼女は穏やかに微笑んでいた。
フランを始めとして妻達は皆、マルグリットに優しい眼差しを投げ掛けている。
そんな彼女達を見てマルグリットはふうと溜息を吐いた。
土曜日の晩、店を鉄刃団から取り戻すと言って出掛けたルウは結局帰宅しなかった。
マルグリットはルウが心配で仕方が無かったのだ。
何せ、相手は情け容赦ない無法者の集団である。
貴族らしい? それも魔法使いのルウが単身乗り込んだのだ。
妻達が心配しないのがおかしいとマルグリットは思ったくらいである。
しかし屋敷に居るルウの妻達はマルグリットの心配を他所に彼女の世話をかいがいしく行った。
入浴していなかったマルグリットの身体を丹念に拭いてくれたり、食欲が出て来たマルグリットに病人にも食べ易い食材を使用した料理で夕食を振舞ってくれたのである。
妻達は皆、美しいのは勿論、朗らかで優しい娘達であり、孤独に生きて来たマルグリットにとっていきなり大勢の家族が出来たような錯覚に陥ったのだ。
ああ、私……まるで夢の中に居るようだわ。
そして翌朝……
朝食の席でシルバープラチナの小柄な娘がフランと呼ばれている金髪の娘に耳打ちすると彼女は、ぱあっと花が咲いたような笑顔をマルグリットに見せたのだ。
「マルグリット様、お店……旦那様が取り戻したそうですよ」
―――そのようなやりとりがあり、今マルグリットは馬車にゆられているのである。
やがて馬車はかつて夫と営んでいた思い出の店の前につけられた。
御者役のシルバープラチナの少女により扉が開けられてマルグリットがまず見たものは店の前で土下座する1人の青年の姿であった。
その顔にマルグリットは見覚えがある。
「あ、貴方は?」
「はい……鉄刃団のリベルトです。貴女に謝りたいと思って待っていたのです」
「え!?」
あまりの展開に驚くマルグリット。
そんな彼女の視線へ次に飛び込んで来たのは土下座するリベルトの傍らに立つ長身痩躯のルウの姿であった。
「ははっ、約束は守ったよ。マルグリットさん」
「あ、あああ……」
ルウの姿を見て、安堵すると同時にマルグリットの目に涙が溢れて来た。
「駄目だよ、泣くのは未だ早い。店の中を見て欲しいんだ」
ルウに手を取られ、鍵を開けられた店の中を見て目を見張るマルグリット。
老いた彼女の瞳に映ったのは、綺麗に掃除されて魔道具が所狭しと並べられた店内である。
「あああ……これは昔の、昔のままのお店だ……私と夫のお店だ……あううう」
涙ぐむマルグリット。
彼女の魂にまたも亡き夫の声が聞こえて来る。
『ははは、儂が言った通りだろう? お前は必ず幸せに暮らすことが出来るのじゃ。だから諦めるなよ、マルグリット。またいずれ会おうぞ』
それは愛する妻に未だ生きるようにと激励する優しい声に他ならなかったのだ。
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