第318話 「生き抜く為に」
申し訳ありませんが、鉄刃団の首領の名前変更しました。
ジュリアン・アルディーニ
⇒リベルト・アルディーニ
リベルトの目は遠く、口調は重い。
「当時の俺はよ、未だ10歳になったばかりの餓鬼だった。それでも我慢に我慢を重ねて10歳になるまで待っていたんだ……いけすかない神官の親爺共をぶん殴って孤児院を飛び出てやるのをよ」
これは夢じゃないかと頬をつねりながら、神官の親爺を手が痛くなるくらい何発も殴ったぜ。
……リベルトは拳を擦りながら自嘲気味に呟く。
「孤児院を出た俺は王都の街をあてもなく彷徨った。腹が減っていたからゴミ箱を漁り、飢えを満たした。まるで野良犬みたいにな」
そんな自分の頭の中に神官達の嘲笑が響いたとリベルトは言う。
「幻聴だろうけどよ……頭の中に響く奴等の勝ち誇る声を聞いて糞っと、叫んだよ。そしてよ、生きたい……こんな惨めな死に方はしたくねぇと思った。だから俺は生きる為に何でもした。おめぇの言うようにまともに働くなんてそんな選択肢はねぇよ」
「神官を殴ったから教会の施しにも行けなかったか……」
ルウが確かめるように言うとリベルトは言葉を吐き出すように答える。
「当然だ。……それに身寄りも全くねぇ10歳の餓鬼なんざどこも雇っちゃくれねぇさ」
「生きる術なら散々考えたよ」とリベルトは思い出すのも嫌だというように首を横に振った。
「物乞いから始まって店から食い物をかっぱらったり、荷物運びするふりして掠めた品物を故買屋に持ち込んで叩き売ったりして金を手に入れていたんだよ」
街の鼻つまみ者だったと笑うリベルト。
「そんな時だ。出入りしていた故買屋に先代の鉄刃団の首領がやって来たんだ。みかけは滅茶苦茶怖いけど俺には優しい親爺でよ。俺について来いって言ってくれたんだ」
鉄刃団の首領にはかつて子供が居たが、妻と子を一緒に亡くしたらしく、拾われたリベルトは厳しい『指導』を受けながらもとても可愛がられたらしい。
「首領の付き人になった俺はいろいろな事を学んだんだ。そして知ったんだ、いかにこの世の中が不公平だって事をな」
諦め顔で言い放つリベルト。
しかし拾われたのは幸いだと彼は胸を張った。
「俺にはこの稼業が合っていたんだろうよ、団のいろいろなシノギを覚えながら、敵対する他の勢力と来る日も来る日も喧嘩に明け暮れていたのさ」
この王都セントヘレナの裏社会に身を投じた孤児のリベルトは確実に成長していったのだ。
「俺は団の中でも強くなった。兄貴分も何人も倒したさ。そして忘れもしねぇ、5年前だ……俺を拾ってくれた首領が死んだんだ。鉄刃団に敵対する奴等に刺されてな……その時に俺は怒りの余り初めて人を殺した。首領を刺した奴を殴り殺してやったのさ、この拳でな」
俺はボスの後釜を主張したとリベルトは言う。
「反対する奴もいたが、そんな奴は皆、ぶっ倒してやった。そして俺は首領の後を継いで鉄刃団の首領になれた。だがよ、先代の時と違って……俺が首領になってから最低2つは守っているんだ。シノギのうち、殺しと麻薬はやらねぇとな」
殺しと麻薬をやらないのが現在の鉄刃団の方針なんだと聞いてルウは納得したように頷いた。
「殺すと言っても、半殺しにするつもりだったのだろう? お前の部下達が持っていた得物は皆、歯が潰してあったからな」
ルウの指摘にリベルトは大きく頷いた。
「鉄刃団のメンバーは皆、俺と同じ『はみ出し者』だ。弱い奴等なんだ。俺はこいつらを守らなきゃいけねぇ」
その時であった。
リベルトの魂に突然、男性と女性、2人の若き魔法使いの姿が浮かび上がる。
浮かんだ画面はセピア色をした温かく懐かしくも何故か物悲しい情景だ。
2人の魔法使いは夫婦らしい。
貧しいながらも街の片隅で2人は肩を寄せ合って生きていた。
そのうち2人は商売を始める。
2人が働く店の構えにリベルトは見覚えがあった。
それは最近ある老女から、自分が借金の形に取り上げた中央広場の店である。
やがて店の中にはありとあらゆる魔道具が置かれ、2人は楽しそうに商売を続けた。
そして暫く経つと女魔法使いの背には赤ん坊が背負われている。
多分、2人の子供なのであろう。
――あっという間に成長した子供は店の中を走り回り、男の魔法使いに軽く拳骨を貰って泣いている。
それを見た女魔法使いは子供を優しく叱った後で、一生懸命慰めているのだ。
その瞬間、場面は暗転した。
今、リベルトが見ているのは祭壇だ。
どうやら子供は死んでしまったらしい。
祭壇の前で声を押し殺して泣く女魔法使いを男の魔法使いが黙って肩に手を置いている。
男の魔法使いも辛そうな表情だ。
場面は再度、暗転した。
2人は気を取り直すように店で働いている。
客の相手をする2人は朗らかだが、それは傍から見ても無理矢理笑顔を作っていると分るのだ。
そしてまた場面が変わる。
今度は年老いた女魔法使いが1人で祭壇を見詰めている。
放心したように見詰めている。
どうやら夫である魔法使いが黄泉の国に旅立ったようだ。
そして更に月日が経ったらしい。
更に年老いた女魔法使いが店の中で呆けている。
微笑を浮かべてはいるが、表情には活気が感じられない。
彼女はただ思い出の中に生きているのだ。
そこまで来てハッと我に返るリベルト。
周りを見ると目の前にはルウが居るだけである。
今迄の情景はルウが魔法で見せていた物だったのだ。
「……あの婆さんの……あの店……」
リベルトの中でうろ覚えだった記憶が呼び覚まされたようだ。
そんなリベルトの言葉を聞いたルウがぴしりと指摘する。
「そうだ! あの店はお前がマルグリットさんの生活苦と言う弱味につけ込み、騙して手に入れた店だ」
「俺が……あの婆さんの弱味につけ込んで……騙して」
「彼女の唯一の拠り所を取り上げて心が痛くならないのか? お前は自分と同じ弱いはみ出し者を守る為に鉄刃団の首領をやっていると言ったが、これは一体どうなんだ」
「ぐうう……」
「仲間を守る為なら、もっと弱く罪も無い人を泣かしても良いのか? 孤児院を飛び出した時の無力なお前と違って今は様々な選択肢がある筈だ」
ルウの厳しい言葉を聞いたリベルトは力なく俯いてしまったのであった。
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