第313話 「鉄刃団」
ルウは肩で風を切る男達にゆるりとした雰囲気で近付いて行った。
怯えた表情の魔道具の露店主に絡んでいた男はルウの気配に気付き、彼を認めるとねめつけるような目付きをしてルウを睨みつける。
金髪で長身の男はくたびれた茶色の革鎧を身に纏い、ショートソードを腰から吊っていた。
年齢は20代後半であろうか。
口を開くと煙草の吸い過ぎで汚れた歯が剝き出しになる。
「なんだぁ!? お前は?」
男の鋭い視線を受けたルウはいつものように穏やかな表情だ。
「ははっ、俺か? 通りすがりの遊び人さ」
「あ、遊び人? 嘘をつけ! 遊び人がそんな法衣なぞ着ているか!」
自分では遊び人と言いながらルウは魔法使いの着る小奇麗な法衣を着込んでいる。
このような法衣はこの国では誰もが知る司祭か魔法使いの典型的な出で立ちなのだ。
「似合うか?」
飄々としたルウの物言いに男は歯軋りすると、大きな声で言い放つ。
「う、うるせい! お前は俺達鉄刃団に逆らう気か?」
吐き捨てるような言葉で威嚇する男の口上が面白いのか、ルウはにやっと笑う。
「逆らう? お前達の事を知らないのに逆らうも何も無いだろう。それともお前達鉄刃団とやらの悪逆な行いを教えてくれるのかな?」
「な、何だと!?」
悪逆な行いと言われていきり立つ男。
そんな男に対してルウの追求は容赦ない。
「ど・う・な・ん・だ?」
「な!?」
男はだんだんと不安になる。
戦士と比べると肉体的には遥かに劣ると言われる魔法使いだが、元傭兵で戦士の自分がいくら凄んでも見るからに優男である相手は全く物怖じしないからだ。
しかもこの近辺では泣く子も黙る自分達の組織の名を言っても男は全く顔色を変えないで、却って知らないとさえ言う。
それどころか追い討ちを掛ける様に容赦なく自分を追い込んでくるのである。
そこにもう1人、やはり違う露店主に絡んでいた茶髪の男が走り寄って来た。
金髪の男同様にやはり茶色の革鎧を纏っている。
「なんでぇ! どうしたぁ、ニーノ」
「あ、ラニエロ兄貴! この変な魔法使いがよぉ!」
「変な魔法使い!? な、何だぁ、一体!?」
ラニエロと呼ばれた30代半ばらしい茶髪の男はルウを見て驚く。
一見優男に見える彼から圧倒的な『気』を感じたからだ。
混乱する男達にルウはいきなり話題を変える。
バルバトスの店舗候補のべストな物件として見付かったが、彼等鉄刃団の管理下であるという貼紙がしてあった、あの空き家の件だ。
「ははっ、片割れの兄貴分も来たか? 丁度良い、聞きたい事があるぞ。お前達は知っているか? ……俺にあの『管理物件』とやらの事を教えて欲しいんだが」
「か、管理物件だと!?」
ラニエロは一瞬何を聞かれているか分らないようであったが、口を「あっ」という感じで開けたのでどうやらルウのいう家屋に関して思い出したようだ。
「俺はあの家を借りたくなってな。お前等が家主なら教えて欲しいんだよ、あの家を手に入れた経緯……をな」
「う、煩い、黙れ! お前なんかに誰が貸すか!」
ラニエロの言葉を聞いたルウはやれやれといった感じで肩を竦めた。
「ははっ、お前等が正当な家主で俺に貸したくないというのであればきっぱりと諦めよう。だがな……」
最初は引き下がるという雰囲気のルウが、何と語尾を濁す。
その様子がラニエロにとってはとても不安になる。
「な、何だよ!」
今迄にこやかなルウの漆黒の瞳がすっと冷たくなる。
「もしお前達が不当な理由であの家を手に入れたとしたら……」
思わず釣られてルウの言葉を復唱するラニエロとニーノ。
「「手に入れたとしたら……」」
「ははっ、ただじゃあおかないぞ」
「「あ、あうっ!」」
ルウの射抜くような瞳により、まるで蛇に睨まれた蛙のように膝から崩れ落ちた2人であった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ははっ、これで最後だな」
ルウはニーノが差し出した金を受け取って並んでいた露店主に手渡すとにっこりと笑う。
「そ、そうです」
「ニ、ニーノ! て、てめぇ!」
徴収したみかじめ料の金をあっさりと渡す弟分にラニエロは悔しそうに歯噛みする。
「あ、兄貴! だ、駄目だぁ、この人には敵わないよ。さっきもまるで喰われるかと思ったもの」
「くう!」
弟分のニーノが言う通りである。
ルウの何の感情も無い漆黒の瞳に吸い込まれそうになった時には自分はもう喰われてしまうのかと錯覚した程なのだ。
恐怖の記憶を呼び覚まされたラニエロの身体が思わず硬く竦む。
「お前達の意見は纏ったな。 じゃあ『管理物件』について教えて貰って良いか?」
「「…………」」
ルウの質問に対して一旦は黙り込んだ2人ではあったが、例の怖ろしい瞳で促されると渋々といった感じで話し始めた。
「あ、あれは借金の形にウチの兄貴が取り上げた物なんだ。ま、真っ当な物だ」
ありきたりの答えを穏やかな表情で聞いていたルウであったが、真っ当という言葉が出た時に瞳がすっと細くなる。
「ははっ、『真っ当に取り上げた』ね。では俺が元の持ち主に話を聞くとしようか。名前と住所を教えて貰おうか」
「「…………」」
またもやだんまりを決め込む2人にルウの無詠唱の魔法が発動される。
「痛い、痛い、痛い!」
いきなり身体を曲げて蹲り、叫ぶラニエロ。
傍から見たら原因不明の痛みが彼を襲っているとしか見えなかったが、弟分のニーノにはその原因が直ぐに理解出来たのだ。
「言う! 言います! あの家の元の持ち主はマルグリット・アルトナー。じゅ、住所は……」
ルウはマルグリットの住所を聞き終わると指を鳴らす。
忘却の魔法でここ数時間の記憶を消したのである。
「ほあ……」「ふぁ……」
目の焦点が合わなくなった鉄刃団の2人は中央広場の雑踏の中に消えて行く。
不思議なのは周囲に居た露店主や野次馬もそのまま散ってしまった事だ。
事を大きくする事を嫌ったルウは周囲の人間にも広域で忘却の魔法を掛けていたのである。
フラン達は事前に念話でその魔法の発動範囲外に行くように告げられていた。
無論遠くから一切のやりとりを同様に念話で聞いていたのは言うまでもない。
騒動を収めたルウの下にうっとりとした表情のフランを先頭に3人が戻って来た。
「とりあえず事情を聞きにマルグリットさんの所に行ってみよう」
こうしてルウ一行はラニエロ達に教えられた元の持ち主の住所に向ったのであった。
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