第312話 「管理物件」
英雄亭の席でフランはオセに金貨10枚を渡す。
「うははっ! これはごっつあんです。ありがたく頂いておきますよ、奥方様」
オセはフランから貰った『小遣い』を押し頂くと恭しく一礼をした。
これには理由がある。
『英雄亭』を出てから彼が王都のとある劇場で芝居を見たいと言い出したからだ。
この王都セントヘレナには上流階級の貴族達が鑑賞する歌劇のようなものから庶民が見る活劇まで様々な芝居があるらしい。
貴族が観劇するような劇場に入るには観劇料と共に正装が必要であるが、オセには問題が無い。
現在の彼の格好は革鎧の戦士の出で立ちだが、得意の変身で貴族の御曹司などに容易く化けられるからである。
「余り羽目を外すなよ」
真面目なバルバトスはオセに釘を刺しておくのを忘れない。
そんなバルバトスにオセはにやりと笑うと手を横にひらひらと振り、雑踏の中に消えて行った。
「オセめ、仕方が無い奴だ……まあ私も奴の事は言えませんが……両名共々、手間を掛けます」
バルバトスはルウ達に頭を下げるとルウがゆっくりと首を横に振った。
「お前達は普段から従士として良く俺達に仕えてくれている。そんなお前達が何か生き方を見出そうとする時に主として手を貸すのは当り前だろう」
「ありがとうございます! 皆様、お忙しいのに……」
再び深く頭を下げたバルバトスであったがルウは笑顔で出発を促す。
「ははっ、全然構わないさ。さあ、出かけよう」
こちらはバルバトスが開店する予定である魔道具の店舗候補の探索を兼ねた王都散策である。
店主のバルバトスにルウとフラン、そしてモーラルが付き合う形だ。
4人は早速王都の商店街区を歩き出す。
バルバトスの好みは英雄亭に居る時にいくつか聞きだしている。
まず立地だが余り表通りにあるのは好まないようだ。
目立たない通りにある知る人ぞ知るという店にしたいらしい。
「肝心の店の収益に関わりそうですが……余り表立って派手にやりたくありませんから」
万が一撤収する時にも周囲から『いつの間にか閉店して……』と見られたいという事も考えているようだ。
そして店舗の大きさであるが目立たぬ佇まいは勿論、これも中規模で店舗用のスペースと倉庫、そして従業員用の控え室があれば良いらしい。
「ルウ様、申し訳ありませんがしっかり儲けようという意図からは完全に逆行しますね」
バルバトスが済まなそうに言ってもルウは意に介さない。
「大丈夫さ。その為に適正価格を設定したじゃあないか」
「はい、そうでしたね……上手くバランスをとりましょう」
つまり金持ちからはそこそこ代金を取り、庶民には低価格で売るという事らしい。
そんな会話をしながらルウ達はまず露店を冷やかして行く。
このような店で客の楽しみは得値のついた掘り出し物を見つける事である。
骨董収集でもそうだがいわゆる『目利き』になるのは大変な才能と労力を要する。
しかし今の面子にはルウとバルバトスが居る。
どれが掘り出し物かは一目瞭然なのだ。
「ええと……この指輪は?」
「おっと黒髪のお兄さん、目が高い! これは古の滅亡した魔法帝国の遺跡から発見された凄いお宝だよ」
ルウが銀製の指輪を手に取ると髭面の中年男の店主の口上が早速始まる。
その殆どが口から出任せのいい加減なものであるが、無駄なやりとりを嫌う真面目なバルバトスはともかくルウやフラン、モーラルにとってはそんな怪しい話も買い物の楽しみのひとつなのだ。
「そんな稀少な指輪がたった金貨10枚ってんだから、こりゃお買い得だ!」
その銀製の指輪が古代王国ではなく100年位前に王都の一般貴金属店で作られたという事実。
そして後から治癒の魔法が付呪された回復の指輪という魔道具である事を見抜いたルウであったが、店主の口上を信じる振りをしながら値切って行く。
「でもこれは魔法効果も無い単なる古い指輪だろう。金貨10枚は高いな」
ルウが何故このような事を言ったのか?
魔法を発動させる為に言霊が必要なように、魔道具にも言霊を詠唱して初めて付呪された魔法が発動して効力を発揮する物がある。
ルウが見付けたのはまさにそのような魔法の指輪であった。
無論、露店の店主はその事実を知らない。
「お客さん、確かにそれを言われると辛いな。ちぇっ! 何か魔法が付呪されていれば俺も値段を変えないが……じゃあ金貨8枚でどうだ?」
「ははっ、銀製でしかも宝石も付いていない装飾無しの指輪じゃないか。 骨董的な価値を考えても未だ高い。せいぜい金貨3枚だな。それであれば今、即金で買うぞ」
「むうう……金貨3枚か……それは安いが即金ね、ううむ……よしゃ、売った」
それを見ていたフランやモーラルも自分で気になった商品をいくつか手にとってルウとバルバトスに見せて価値を確かめた。
その上でルウがやったように『交渉』を楽しんで『掘り出し物』を数点購入したのである。
店舗を探すという目的からは遠回りだが、これもバルバトスに中央広場の雰囲気に慣れて欲しいというルウの深謀遠慮である。
またフランやモーラルにとっても決して悪い経験ではない。
露店が密集していた地区を抜けて小から中堅規模の店舗が軒を連ねる所に出た一行。
暫く歩き回った一行はそこにバルバトスの好みに合った一軒の店舗用の家屋を発見したのである。
「これは……なかなか……」
その店舗は築20年は経っているだろうという建物だ。
昼間、キングスレー商会のアンジェロに紹介されたガーブルタイプと同じ造りではあったが若干小さめの規模で築年数のせいか風格がある。
1階の店舗の扉は重厚な樫の木で出来ていて獅子のドアノックが取り付けられていた。
窓に余計な装飾が無い簡素な事もバルバトスは気に入ったのである。
この家が空き家らしいのは中に灯が無い事から明白ではあったが、締め切られたドアに貼紙がしてあった。
『この建物、鉄刃団管理物件につき立ち入り禁止!』
鉄刃団……どう見ても不動産屋という感じの名称ではない。
とりあえずこの店舗の現状を知る事が必要である。
ルウ達は周囲の商店に聞き込みを開始したが、皆一様に口が重い。
どうも関わりたくないという雰囲気がありありである。
場の空気を察したモーラルが眉を顰めた。
「鉄刃団って以前に旦那様が懲らしめた愚連隊と同じような奴等でしょうか?」
「そんな雰囲気だな」
ルウは以前に蠍団というならず者共を容赦なく抹殺した事がある。
ある日ルウとフランが街中で絡まれた事がきっかけで彼等が奴隷商人と組んでかどわかしや強姦、暴行など悪逆な犯罪を繰り返し行っていた事を知ったからだ。
ルウ達は先程買い物をした露天商達の所に戻って聞き込みをする事にした。
一行が着いて露天商達の様子を見ると数人の目付きの鋭い男達が店の周りを回っているのが見て取れる。
対する店主達は渋々という感じで何かを手渡していた。
それを見たモーラルは益々確信を深めたようだ。
「あれって……みかじめ料を取っているんじゃないですか?」
みかじめ料とは暴力団や愚連隊のシノギと言われる収入の一種である。
縄張り内にある商店や風俗店、飲食店から毎月 受け取る金品をいう。
これは彼等の縄張りにおけるトラブル処理の代行代金という名目で徴収するもので昔からあったようだ。
「ははっ、あいつらに聞くのが手っ取り早そうだ。フラン達は離れていてくれ」
ルウはバルバトスにフラン達を託すと男達の方に向ったのであった。
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