第309話 「バルバトスのこだわり」
翌朝土曜日、午前9時……
ルウ達は馬車で屋敷を出発した。
メンバーはルウ、フラン、ジゼル、モーラルに加えてバルバトスとオセが付き従っている。
ちなみに御者はアリスが務めていた。
今朝になって経緯を聞いたジゼルは羨ましそうに言う。
「良いなぁ! 出来れば私も旦那様と一緒にお店探しをしたいものだ」
「ふふふ、ジゼル姉は魔法武道部の訓練があるものね」
モーラルが笑いながらも同情の表情を見せる。
「モーラルよ、魔法武道部の訓練も凄く楽しいのだが……旦那様と外出したいという自分も居る。ああ、悩む所だ!」
しかし今度はフランがジゼルにブレーキをかける。
「駄目よ、ジゼル。貴女は部活優先でしょう。ロドニアとの対抗戦もあるし」
「ああ、そうだった! ああ、身体が2つ、いや3つくらい欲しいぞ!」
そんな事をずっとぶつぶつ言っていたジゼルを魔法女子学園まで送り届けると、馬車は中央広場のキングスレー商会セントヘレナ支店に向う。
今日はキングスレー商会の斡旋でバルバトスの店の候補を紹介して貰うのだ。
そういう事でキングスレー商会の前でアリス以外の全員が降りる。
「皆様、いってらっしゃいませ~! 私は買い出しで市場に向いますので! はいよう!」
アリスはにっこりと笑うと鞭をぴしりと鳴らして走り去る。
あっという間に見えなくなる馬車を見ながらモーラルが言う。
「最近、私の代わりに市場に行って貰っているのですけど、とても人気者みたいです。あの明るいキャラで色々なお店のおじさんから可愛がられて凄く安く買っているみたい……さすが元主婦ですね。それに彼女のパンへの拘りは半端ないですよ」
「グウレイグだけあって、あいつはパンが大好きでパンの事を語り出すと熱くなるからな」
ルウとモーラルがそんな事を話していると店から出て来た男が一同に声を掛ける。
「いらっしゃいませ! ようこそ、キングスレー商会へ」
深くお辞儀をしてルウ達を迎えたのは、この王都セントヘレナ支店長のマルコ・フォンティであった。
「マルコ、いつも悪いな。でもキングスレー商会は何でも扱っているんだな」
「はい! 当商会では違法な物意外は何でも取り扱いますよ。まあ店先では何ですから中に入ってお話しましょう」
マルコが促したのでルウ達は店の中に入って行ったのであった。
―――15分後、キングスレー商会特別応接室に招き入れられたルウ達はマルコから1人の男を紹介されていた。
今日のマルコは所用があってルウ達に同行出来ないらしく彼は不動産部門の担当者との事である。
その担当者はよく言えば朗らかそうな、悪く言えばいかにも軽い感じの30代半ばの男であった。
「彼がキングスレー商会の不動産部所属のアンジェロ・バンデーラです」
マルコが紹介すると案の定、容貌通りのノリでアンジェロが自己紹介をする。
「は~い、私がアンジェロで~す。気軽にアンジェロちゃんと呼んでください。皆さ~ん、宜しくで~す」
彼の言葉を聞いたルウが苦笑する。
「マルコ……彼は良い人そうではあるが、真面目で硬い俺の従士達には合わないタイプ……でもないか」
ルウが一瞬気にしたが今日は無骨でない従士が居た。
口達者で陽気なオセである。
「うはは、俺はルウ様の従士、オーセィだ。アンジェロ! お前、ノリが良くていいなぁ! 気に入ったぞ」
「ははは。オーセィさんこそ! 何かアンジェロちゃんとは親友になれそうな方ですねぇ」
人化したオセが自分の偽名を名乗るとアンジェロはすかさず打てば響くように返して来た。
元々オセはノリが良いタイプなのでアンジェロと性格が合うみたいだが、ルウが危惧した通り、真面目で堅物なバルバトスはずっと仏頂面である。
「そちらの方、ずっと黙ってらっしゃいますけど宜しいですか? まあ時間もないようですからアンジェロちゃんが早速物件の紹介を致しましょう」
アンジェロがそう切り出すとマルコは彼に案内を任せると言い、目で合図をしたのである。
「マルコ支店長、了解で~す! で~は、ルウ様。後はこのアンジェロちゃんがご案内致します。馬車は~表に待っておりますからね。皆、良~い物件ですからきっと気に入ると思いますよぉ。さあ参りましょう!」
お辞儀をするマルコを応接に残してルウ達は外に出た。
店の表に停めてあるキングスレー商会の馬車までアンジェロが先導する。
「店探しか、こういうのって初めての経験だから何かワクワクするわ」
「うふふ。フラン姉ったら」
未知の経験に喜びを隠し切れないフランににっこり笑いかけるモーラル。
そんな妻達の様子を見てルウも微笑む。
当然オセも口を大きく開けて笑っている中で、バルバトスだけは相変わらず口をへの字に結んだままであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
王都中央広場王宮付近……
「本日は3件ほどご紹介しますけど~。 ちなみにここがアンジェロちゃんが1番のお勧め物件で~す」
最初にルウ達が案内されたのは建てられたばかりのガーブルタイプと呼ばれる比較的大きな店舗兼住宅である。
屋根の棟が通りと直角に向いていて、街路に面しているのが切り妻の破風というのが特徴だ。
1階の店舗は入り口が大きく作られ、窓も多く陽の光が燦々とさしこんでいて、とても明るい雰囲気である。
「ここは1階が店舗。2階が作業場兼倉庫。そして3階は住居として……新築で完璧な造りの上に最高なこの立地。文句のつけようがありません」
「ははっ、アンジェロ。ずばり家賃は月額幾らなんだ?」
「は~い! よくぞ聞いてくれました!」
アンジェロは持っている鞄を開けて中から紙片を取り出した。
「ええと、月額家賃は金貨100枚で~すね。それに内装保証金が金貨100枚、当キングスレー商会の手数料がやはり金貨100枚。都合金貨300枚となりま~す。これでもマルコ支店長の意向でルウ様だから相場の半額でご案内してまっす」
「とても良い店だけど、安くして貰って月額金貨100枚か……これくらいの店舗になると最低それくらいになるのね」
フランが室内を見渡しながら言うのに続いてお調子し者のオセが続く。
「おう、バルバトスじゃなかった、バルバ。奥方様も良い店だと仰っているぜ。サービス価格だし決めちゃえよ、この店で」
しかしバルバトスは表情をずっと変えない。
「気に入りませんな……このような立派過ぎる店など私には分不相応だ」
そんなバルバトスに対してオセは呆れたように返す。
「何が分不相応だよ。雰囲気もあって綺麗だし、広さも充分じゃないか」
「……私が気に入らぬと言っておるのだ。この店舗では契約しない」
断固として断るバルバトスを見てルウがアンジェロを促した。
「悪いな……肝心の店主が気に入らないんじゃ、ここは無しだ。次の物件を案内してくれ」
「そうですかぁ~。アンジェロちゃんの本日の一押しだったのですが、残念です。まあ仕方ありまっせん。次に行きましょう」
1時間後――――キングスレー商会馬車車内
残りの2件を案内して貰ったバルバトスではあったが、結局どちらも気に入らなかったらしく契約には到らなかった。
成約ならずという事で今、ルウ達は馬車に乗り、キングスレー商会に帰還すべく向っている。
バルバトスはというと相変わらずむっつりとした表情で腕を組んでいた。
「おいおい、ルウ様達が忙しい中、せっかく時間を割いてくれたんだぜ。それを明確な理由も無く気に入らないだけじゃあ、少なくとも俺は納得行かないぜ」
非難するオセを尻目にバルバトスは言う。
「ルウ様達には申し訳ないと思っている。だから私は改めてこの街を自分で歩いて貸して貰える店を見つけようと思う」
そんなバルバトスを見てルウ達は彼らしいと顔を見合わせたのであった。
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