第308話 「経営方針」
ルウ・ブランデル邸大広間、金曜日午後8時……
アデライドとの話を終えたルウとフランは屋敷に戻ると皆で食事を摂り、いつものように食後の紅茶を楽しんでいた。
しかし今夜のルウは未だ休むわけにはいかない。
何故ならば打ち合せと作業が残っているのだ。
充分紅茶を楽しんだ妻達はルウにおやすみの挨拶をして各自の部屋に戻って行く。
時間は午後8時30分を少し過ぎたばかりで寝る時間にはいつもより早い。
だがジゼルとナディアはヴァレンタイン魔法大学受験の為に、オレリーとジョゼフィーヌはルウの専門科目のクラスに入る為の入室試験に備えて自室で勉強をするようだ。
異界での訓練の予定が無い今夜、今頃はリーリャも宿舎のホテルで入室試験の為に勉強をしている筈である。
妻の中で残ったのはフランとモーラルだ。
「旦那様、今日はありがとうございました」
フランが嬉しそうに礼を言う。
「今のお母様には魔法を研究する事、そして魔法女子学園の理事長として後進を育てる事が生きがいになっているわ。当然私とジョルジュの幸せも願っているけど」
「ははっ、アデライド母さんは色々な事に興味を持って楽しく暮らして行くのが1番だな。俺も協力するよ」
ルウもアデライドがとても喜んでくれたので、これからも何かしてあげたいという気持ちが強くなったようだ。
それは両親が居ない彼の特別な想いかもしれない。
「そうね……お母様はお父様の事を本当に愛していたし、再婚とかは全く考えてないみたい。大伯父様は心配してらしたけど、今となってはそれで良いと思っているみたいよ」
「私にもアデライド様は優しくして下さいます。失礼ですが、亡くなった母のように思えてしまう事があります」
モーラルがしみじみと言うとフランは彼女に遠慮をしないで欲しいと笑顔を見せる。
「モーラルちゃん、良いじゃない。そんな堅苦しい言い方しないで、もっと甘えてちょうだいね」
「ありがとうございます! 私は充分甘えさせえて頂いていますから」
「じゃあまず例の店の目処をたてようか」
話がひと段落ついた所でルウが今夜の本題を切り出した為、フランとモーラルは同意して頷いた。
「以前バルバトスがアンドラスと共にこの王都中央広場に店を構えていた事があったんだ。それ以来いつか同じ様な店を出したいと彼には言われていたのさ……さあバルバトス!」
「は! こちらに居ります」
ルウが呼び掛けると大広間の片隅にいつの間にかバルバトスが跪いている。
「お前が蓄財した古の魔法使い達の様々な魔道具……世に出せば必要な者に巡り会える筈。その出会いの場を作りたいというのがお前の望みだったな」
「御意! 私が所持し眺めて満足するよりもその方がよっぽど有意義ですからな……とりあえずルウ様の書斎にその一部を取り寄せてあります。これから確認に行かれますか?」
ルウはバルバトスの言葉に頷くとフランとモーラルを振り返る。
古の魔法使い達の様々な魔道具と聞いてフランは興味津々だ。
「旦那様、私もぜひ見てみたいです。宜しいですか?」
「ふふふ、フラン姉。もしかしたら呪われている物もあるかもしれませんよ?」
「え!?」
「ふふふ、御免なさい。冗談ですわ、フラン姉。バルバトスが持ち込んだ魔道具に関しては大丈夫でしょう」
モーラルは笑顔でフランをからかった事を詫びるといきなり厳しい表情になる。
「但し、これから冒険者をやると旦那様から伺っております。これから探索の際に見つける様々なお宝には前の所有者が魔法で罠を仕掛けたり、この世に怨みを残して死亡した際に自らの魂の残滓を取り付かせたりするから充分な注意が必要なのですよ」
真顔で言うモーラルの迫力に思わずたじろぐフランである。
「……そ、そう? 結構怖いものなのね」
「ええ、それ以外に長い年月を経て精霊や邪霊が宿る事もありますから、呪われているか等鑑定した後で、解呪の魔法を行使出来る術者に『呪い』を取り除いて貰う事が必要ですね」
「成る程……旦那様、宝物ひとつにしても、モーラルちゃんの言う通りなら冒険者っていろいろと大変なんですね」
フランの驚きにルウも「準備し学ぶ事は沢山ある」とフランに同意する。
「俺も冒険者の経験は無いし、その辺りのしきたりは疎いから、冒険者の先輩に手解きを受けようと思っている。一緒にクランを組むカサンドラ先生達でも良いのだが、今後の事を考えるとエドモン様に相談するのが最適だろうな。まあとりあえず今夜はバルバトスのコレクションを見せて貰おうか」
ルウはバルバトスに書斎に同行するよう促し、フランとモーラルと共に大広間を出たのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ルウの書斎は未だ殺風景なままである。
日々忙しいので本を購入する暇が無く書架には殆ど本が入っておらず空いたままだ。
今回、バルバトスは自分の持つ魔道具をルウ達が見易いようにその空いている書架の棚に並べたのである。
書斎に入って軽く喚声をあげたフランは目を輝かせてそれらを見て回った。
時折、気になった物はルウやバルバトスに質問をしてどのような商品で由来はどうかと熱心に質問する。
たっぷり1時間ほどかけて見終わった商品は約100点……
満足したらしいフランはほうと溜息を吐いた。
「素晴らしいコレクションね。バルバトス殿がこれを集めたのね」
「はい、フランシスカ奥様。先の所有者と共に地や海などへ失われて所在不明となったもの、遺族から価値を無視されて叩き売りされたもの、そして遺跡や迷宮から見つけたものなど様々ですな」
人間が魔道具を得るように普通に売り買いして獲得したものは勿論、バルバトスには失われた魔法使いの財宝を見出す能力が備わっている。
生来の嗜好もあって彼はそのような魔道具を収集していたのであるが、ルウに仕える様になってから、それらを死蔵したままでは意味がないと考え始めたらしい。
ルウは先に2人と戦った際の店の確保に関してバルバトスに問う。
「バルバトス、お前が店を出した時はアンドラスと共に適当な店舗を借りたんだったな?」
「はい、引退した流れの魔法使い2人という触れ込みで貸し店舗として出されていたあの店を借りました」
「商売方針は相手を選んで無償で『商品』を渡していた……ということだったな」
「はい、ルウ様にはご迷惑をおかけしましたが……はっきり言って『悪戯』でしたな」
「今回は必要とされる人に適正な価格で譲るという事にしよう……適正な価格とは必ずしもこの魔道具の価値を表す金額と同じでは無い……バルバトス、分るな?」
「はい……私の意思を尊重して頂き、ありがたく思います」
バルバトスは店を開くにあたって自分の考えがあったようだ。
ルウの言葉を聞いて我が意を得たりとばかりににっこりと笑って頷いた。
「それって……旦那様?」
不思議そうに聞くフランにルウは悪戯っぽく笑う。
「フラン、俺達は普通の商売はやらない。その方が面白そうだぞ」
「普通の商売じゃない? そうか、分りました! そうですね、 その方が良いですね!」
ルウの言っている意味を理解したらしいフランが大きく頷く。
それを見たバルバトスは自分の考えを理解して貰った事に感謝し、3人に対して深く一礼をしたのであった。
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