第303話 「西界王の真意」
これからが本題だと笑うパイモンに対し、ルウも面白そうに笑った。
どうやらパイモンの話す内容が分っているようである。
「人の子が魔の者に、魔の者が人の子に……あのルシフェル様でさえ行使出来ぬ禁呪の力を貴方は会得し秘めておいでだ」
「さすがはパイモンだ。知っていたか?」
唄うように話すパイモンにルウは小さく頷いた。
「はい! かつて古の魔法王ルイ・ソロモンとアールヴ史上最強のソウェルであるシュルヴェステル・エイルトヴァーラが力を合わせて発見し確立した神の御業と言って良い禁断の魔法を貴方はいとも容易く習得してしまった」
「ははっ、たまたまだ」
「ふふふ、貴方にはたまたまでも悪魔達にとっては希望の光ですよ、その魔法は。……まあ悪魔に対して希望の光とは表現が合いませんがね……その事を何人もの悪魔が知り、期待を持ち自分の行く末を考えたのです。」
「希望の光……か」
「まさしく希望の光ですな。神との戦いに敗れたかつての天の使徒達は今迄の職務を取り上げられて殆どが地に堕とされ、悪魔となりました。しかし彼等を倒した今の天使長達の力を持ってしても彼等を完全に消滅させる事は出来なかった。天の使徒であった時から彼等は不死不滅の存在だったからです」
かつて天を二分する戦いを語るパイモン。
彼もルシフェルに付き従い戦った1人である。
ルウはその話を聞きながらパイモンが自分を試していると感じて話を継いでやる。
「お前の言う通りだ、パイモン。彼等には最初から素晴らしい力が備わっている。しかし逆に言えば創世神から能力を与えられた完全な存在だから殆ど伸び代が無い……すなわち人の子には与えられし無限の可能性という希望が全く存在していないんだ」
それを聞いたパイモンは嬉しそうに微笑んだ。
やはりルウは自分の言いたい事をはっきりと理解している。
そう感じた気持ちが現れた笑顔であった。
「御意! 彼等の中には貴方が使いこなすこの禁呪を知った際に悩む者が出て来たのです。このまま悠久の時をただだらだらと生きるよりも人の子の同胞となり、限られた生の中で生きる為の目的と喜び、そして可能性を見出す。だからこそ禁呪『魂の秘法』を発動できるルウ様、貴方に謁見したいと考えたのです」
「魂の秘法は禁呪だ。生半可な理由で俺は使えないし、使うとしたら相当な覚悟が必要だ」
「確かにこの魔法を一度使えば、最早元の種族には戻れません。また不死不滅の存在ではなくなり、せいぜい100年ほどしか生きられなくなります。……成る程、ルウ様は彼等の正当な理由と覚悟を見ようとしていたのですな?」
ルウが直ぐに会おうとしない事であっさり諦めてしまう者は所詮、興味本位だと彼は言いたかったのである。
本当にその意思と覚悟があるなら、ルウに対して何度もアプローチをする筈なのだ。
またこの禁呪が目的でなくても本当に自分に会って話したいのであれば一回申し入れをして通らないで引いてしまう奴は大した用件ではないと……
だが今夜はパイモンの後に数人の悪魔と会う約束になっているとルウは伝えた。
「これはルウ様の深謀遠慮であったか……となれば先の私の発言は失言ですね。取り消してお詫びさせて頂きます」
パイモンはこうして深々と頭をさげたのである。
「パイモン……お前はどうなのだ? 俺には何となく分るが、敢えて聞こう。人の子に……なりたいのか?」
「ルウ様にはこのパイモン本当の気持ちを伝えましょう。私は……結局はこのままで良いと考えております。自分に与えられた西界王という職務、そして配下の者達を守って行く責任がありますので。しかし人の子となり、彼等の革新に手を貸し、その限られた生を全うするのも悪くはないと考える自分も居ります。多分、私のような気持ちの悪魔は多々、居る事でしょう」
パイモンはそこでふうと溜息を吐き、苦笑した。
「自分の夢を実現させるという事は簡単にはいきません。覚悟が相当要りますね」
そんなパイモンにルウもいつもの穏やかな表情を浮かべていたのである。
その後―――パイモンはルウに対して今後もしっかり仕えて行く事を告げると自分の異界に去って行った。
それを見届けたルウは控えていた悪魔達を振り返る。
「お前達はどうなのだ?」
それに対してバルバトス、ヴィネ、アンドラスの3人の答えは意外な物であった。
「我々はルウ様に仕えて行く事が喜びです。貴方が人の子の行く末を見届けるのであれば限りある生ではお傍に控える事が不可能となりますから」
3人を代表してバルバトスが答えると他の2人も大きく頷いたのである。
「分った、だが俺は無理強いはしない。気持ちが変わったら直ぐに相談してくれ」
ルウがそういうと3人は改めて深く一礼したのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ルウ達の前に続いて現れたのは悪魔アモンである。
彼は以前、王都中央広場で人化した状態でルウに会い、酒を酌み交わしていろいろ話をしていた。
ルウはまずパイモンの話していた禁呪の件を問う。
しかしアモンはあっさりと首を横に振った。
「ははは、悪魔にもいろいろな者が居る。俺はバルバトスと同じ考えだ。今のままでお前に仕えようと思う」
アモンの話を聞くと、どうやら先日のアリスを助けた『泥の池』の件を知っているらしい。
「ベリアルとネビロスを軽くあしらった事に加えて、あの冥界の竜との戦いも聞いたぞ。何でも一方的な戦いだったらしいな。こうなれば俺と腕比べをする必要もないだろう」
アモンはそういうとバルバトス達同様に跪いた。
「俺は悪魔侯爵アモン。ルシフェル様の使徒ルウ・ブランデル様の従士としてここに忠誠を誓い、以降仕えていく事を宣言する」
「分った、アモン。お前が加わってくれれば俺にとってはとても心強い。これから宜しく頼むぞ」
ルウはアモンを従士として認め、臣下の端に加わるように告げたのである。
「早速だが、アモン。お前には今夜のようにこの国と王都の守護に就いて貰おう。それ以外に何か希望はあるか?」
ルウの問い掛けに対してアモンはにやりと笑った。
「先日のように酒を酌み交わしたい時に付き合って頂く事、そして大きな戦いの時には絶対に連れて行って貰えればそれで良い」
それを聞いたヴィネとアンドラスが騒ぎ出す。
「アモン、そなただけそのような良い思いをしていたのか?」
「ずるいぞ、我々もルウ様とは飲んだ事がないというのに!」
そんな2人を見てアモンはにやりと笑う。
「では今度は希望者を募れば良い。それで問題は無いだろう」
そう言われてヴィネとアンドラスは黙り込んでしまう。
「ははは、その酒宴、希望者はまだまだ増えそうですな」
3人のやりとりを聞いたバルバトスの明るい声が響いていた。
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