第301話 「裸の付き合い」
ルウとリーリャの様子を見たラウラの絶叫が浴場中に響き渡る。
「リーリャ様! その様子を陛下と王妃様がご覧になったらどんなにお嘆きになるか! お分かりになりませんか!? そもそ……」
「沈黙!」
リーリャの背中を優しくお湯で流しながらルウの指がぱちりと鳴った。
その瞬間、ラウラの口が虚しく動くだけとなり、彼女から一切の言葉が消える。
「悪いな、ラウラ。正式な形にはしていないがリーリャは俺の大事な妻だ。いくら俺の弟子でリーリャの師匠とはいえ、お前は俺達家族と言う絆の前では残念ながら部外者なのだ」
部外者……
ラウラの魂にルウの残酷な言葉が突き刺さる。
「ただ、リーリャの両親の事を考え、忠実な臣下として彼女を思うお前の気持ちは分らないでも無い。どちらにしても俺達家族の事はフラン達と少し話をしてくれないか」
ラウラはルウの言葉を呆然としながら聞いていた。
その間もリーリャはルウにしなだれかかって甘えている。
「リーリャ……先にあがってラウラを待とう、アリスは湯上り用の冷たいジュースの用意をレッドと一緒にするように!」
「はいっ! 旦那様」
「は~い、ご主人様!」
ルウはリーリャを促すと浴場を出て行った。
その後ろから今は使用人の妖精グウレイグのアリスがついて行った。
浴場に残ったのはフラン達、リーリャ以外の妻である。
彼女達は今のルウの言葉を聞いただけで自分達が何をすべきか分っていたのだ。
「ラウラ!」
ルウから名指しされたフランが彼女の名を静かに呼ぶ。
「は、はい……」
掠れた声で答えるラウラ。
ルウの沈黙の魔法は絶妙のタイミングでその効力を消去されていたのであった。
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「もっとリラックスなさいな……と言っても直ぐには無理よね」
「は、はい……」
フランにそう言われたラウラだが返事はぎこちない。
ラウラは衣服を脱いで裸になると、フランの指示に従い身体を軽く洗ってから湯船につかっている。
ルウが出て女性だけになった浴場ではラウラが躊躇する理由が一応は無くなったからだ。
この大浴場の湯船は大柄な大人の男性が一度に5人は入れる広さである。
今、フラン以下女性7人が入っていても充分な広さがあった。
師匠であるルウから叱責された事とリーリャの心から嬉しそうな笑顔を見てラウラは考え方を変えざるを得なかった。
ルウとリーリャの様子にはラウラが危惧していたような混浴して云々といった淫靡で邪な様子は一切無かったからだ。
そんな彼女の魂を読んだかのようにフランは言う。
「もし、貴女が考えているような事があったとしてもそれは夫と妻の間柄から生じた事……悪いけど赤の他人である貴女がとやかく言う事ではないわ」
「残念ながら今の私は一応リーリャ様の師ではありますが、以前のように保護者ではないのですね」
俯きながら呟くラウラに先程の興奮した様子は無い。
リーリャの幸せそうな顔を見た彼女は今迄のリーリャと自分との繋がりとは何だったのかと考え込んでしまっていたのだ。
「そうね、人との関わりはちょっとした事で変わってしまう事もあるわ。人生の伴侶を見つけたという事実の前ではこれまでの魔法の師と弟子という絆は断ち切れはしないけど優先順位は下がってしまう。私達もそうだったから良く分るわ」
「貴女方も……」
自分達もそうだというフランの言葉にラウラは驚いた。
フランの傍らで目を閉じながら湯船につかっていたジゼルがしみじみと言う。
「そうだな……フラン姉や他の者もそうだが、私にも敬愛する父上、母上、兄上、姉上などの家族が居る。しかし今は旦那様と歩んで行く人生が一番大事だ。ただ、そうは言ってもこれまでの絆は切れたわけではないし、当然父上達にもそれぞれ自分の人生がある。それこそ人が生きていく文字通り人生の分岐点ともいう事かもしれないな」
「ふふふ、ジゼル。言い得て妙ね」
それを聞いたフランがにっこり笑うと妻達は次々と口を開いた。
「ボクもジゼルの言う通りだと思う。人はいずれ自分の愛する人を見つけて新たな家族を作りたいと考える。その機会に巡り会えればやはりそちらに目が行ってしまうし、考え方も変わって行く。残された者は寂しいけど自分は自分と考えて生きて行くしかない。ただ絆は決して断ち切られたわけではない、それは錯覚に過ぎないんだ」
「私は母と現在は離れて暮らしています。母は私が嫁ぐ際には素晴らしいエールを送ってくれました。私は母を尊敬していますし、母も私が優しいご旦那様に恵まれて幸せだと思ってくれています。旦那様と私との絆は古の狼の怪物を縛った魔法の紐と同じくらい強いですが、私と母との絆もしっかりと繋がっているのです」
「ジョゼは旦那様に我儘な自分を変えて頂き、唯一の肉親である父も救って頂きました。でも決して恩だけじゃあありません。私は元々旦那様が大好きでしたし、自信を持って愛していると言い切れます。そして今はフラン姉達も旦那様同様に大事だと思っているのです。それは新たに生まれた大事な絆です」
「ラウラ様、私は彼女達とは違い今は亡き母とだけの人生を歩んで来ました。いずれ貴女が望めば詳しくお話しても宜しいですが、今、これだけははっきりと言えます。旦那様は絶望と死から私を救い上げたくれた上で私に絆という言葉の意味を教えてくれた方です。それだけでも大変な幸せだとは思いますが、旦那様とフラン姉達皆はもっと幸せになって構わないと私の背を押してくれました。欲が出た私は新たな絆を作りました。もっと幸せになるつもりですよ」
ナディア、オレリー、ジョゼフィーヌが語り、モーラルに到ってはもっともっと幸せになると宣言したのである。
妻達に話をさせた上でフランは何かを決意したようにラウラに言う。
「ふふふ、ちょっと絆の話ばかりで食傷気味というかお腹一杯でしょうね。でも、ラウラ。今日は貴女と私はお互いに魂の扉をノックして挨拶が出来たじゃない。とても有意義な日だったし、最後に私達から御礼をしたいの」
「御礼!?」
全員で礼をすると言うフランに対して意味が分らず、きょとんとするラウラ。
「旦那様とリーリャの気持ちが少しでも分ればと思うのよ……ぜひ受けてね」
ラウラと一緒に湯船に居たフランは彼女を促すと洗い場に連れて行った。
そしてラウラを座らせると石鹸をつけて彼女の背を洗い出したのである。
「え、ええっ! 伯爵令嬢が私を洗うって! そのような事は……じ、侍女のする事ですよっ!」
「ふふふ、リーリャもそう言っていたけど……旦那様流に言えば、今日訓練で汗を流した大事な仲間の背くらい流させてちょうだい」
きっぱりと言い放つフランの傍にはいつの間にかジゼル以下が勢揃いしている。
「ははは、ラウラ様。今の貴女はフラン姉の大事な友であると同時に私達の大切な仲間であり同志だ。私などは旦那様ほど上手く洗えなくて申し訳ないが、ぜひ貴女の背を流させて欲しいぞ。よいっと!」
ジゼルを皮切りに次々にルウの妻達によって背を優しく洗われるラウラ。
全員が洗い終わって最後にフランがそっと湯を掛けても、ラウラは俯いたまま動かない。
どうやら先日のリーリャ同様涙ぐんでいるようだ。
「私……漸く分りました。皆様の『絆』が……リーリャ様のお気持ちが……」
彼女の目は赤く染まっている。
「ありがとうございます。このような他国者の私でも仲間だと仰っていただいて」
「何言っているの? 貴女は親友で仲間ですよ。 ふふふ、湯で身体が熱くなって来たし、喉が渇いたのではない? もう上がりましょうか。湯上りに飲む冷えた果実のジュースはとても美味しいですよ、ラウラ」
フランの言葉を聞いたラウラは笑顔を見せると大きく頷いたのであった。
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