第297話 「長姉の役割」
ルウに教授して貰えると分り、嬉しそうに叫ぶジゼル。
だがルウは再度、彼女に魔法剣士としての特性を説明し諭したのだ。
「ジゼル、落ち着いて聞いてくれ。念の為にもう1度言うが、お前は元々卓越した剣技を誇り、水属性魔法との連携攻撃に加えて回復魔法にも長けた素晴らしい魔法剣士なんだ。すなわち万能アタッカータイプと言えるだろう。これだけでも凄く恵まれていると俺は思う。お前が何を望んでいるか俺には分るが、魔法武道部の教えの適材適所の方針はこの異界の訓練方針でもあるのだ、分るな?」
「は、はいっ! 旦那様……確かに分ってはいるのだが……私は強くなりたい!」
ルウの説得に対して頭では理解出来るのだが、気持ちが収まらないジゼルである。
そんなジゼルがルウには可愛くて堪らないが、いい加減理解して欲しいという気持ちも強くなる。
「お前の強くなりたい気持ちが私心ではないから俺も強くは言わないが、いつも言う通り、焦りは禁物だ。それに適性を重視したお前の訓練の課題は既に決めてあるのだ。魔導拳、水属性魔法、回復魔法のぞれぞれの上達でお前は今の数倍は強くなれる」
「旦那様……私も出来れば、ぱあっと空を飛んだり、強力なパートナーを呼ぶ派手な召喚魔法を使いたいのだ、何とかならないか?」
とうとうジゼルの本音が出たが、これではまるで駄々をこねる子供である。
結局はそれかと、ルウは苦笑した。
ジゼルが家族の事を考えているのは確かに嘘ではない。
ただ他の妻には負けたくない気持ちも同じくらい強いのであろう。
ルウに長く仕えているモーラルの能力にはさすがに一目置いていても、ナディアやジョゼフィーヌが出来る事が何故自分に出来ないのかと悔しくて堪らないのだ。
「もしそうなれば私の移動能力や攻撃力を含めた戦闘力は数倍どころか比べ物にならない程にアップする。決して私利私欲だけではないのだ」
ジゼルは懸命に家族の為だとアピールする。
しかしルウはジゼルの本音を見抜いている上に、適性を無視した訓練を優先させる事にも消極的だ。
「ジゼル、適性がない修行は決して無駄とは言わないが結果がなかなか見えて来ない。そして訓練量は今迄の倍以上は必要になる。お前は結果を直ぐに求めたがるタイプだ。ストレスも溜まるだろうし、俺には全く勧められない」
ルウはジゼルの性格も把握した上で諭しているのだが、いつもは夫に従順なジゼルは意地になっており、他の妻達が行使した魔法に挑戦してみたい気持ちが抑えられないようである。
「私は努力に妥協をしたくない。その上で家族を支えたいのだ」
愛する夫の説得にさえ耳を貸さないジゼル。
とうとう痺れを切らしたのか、フランが怖い顔をして言い放つ。
「旦那様、じゃあジゼルにはきっちりと約束をして貰いましょう」
「約束?」
普段、姉と慕うフランの怒りの口調にジゼルはぎょっとする。
「そうです、教授して貰っても適性が全く無い場合は潔く諦める事。その上で旦那様のいう事をちゃんと聞く事」
「ううう……諦める……のか?」
人生の中で『決して諦めない』という事を座右の銘にしているジゼルには堪える約束だ。
俯くジゼルに対してフランの話は続く。
「魔法適性が全く無い場合を前提とした話よ。ただ諦めるというのを一方的でネガティブなイメージに限定しては駄目。見極めると考えてね。例えば次の戦いで勝利を得る為の、戦場での勇気ある撤退と考えて。これは進むより勇気が要る場合もあるわ……騎士を目指した貴女だったら分るでしょう?」
「……次の戦いで勝利を得る為に、見極めて勇気ある撤退をする……か」
フランの言う意味が分って来たのであろう。
ジゼルはゆっくりとフランの言葉を復唱し、考え込んでいる。
「そうよ、まず長所を伸ばす。そして適性に沿った訓練をするのが旦那様の魔法の訓練の方針……貴女は魔法武道部の部長としてそれを良く理解しているでしょう? 適性が全く無い物への挑戦を否定してはいないけれども魔法に関して言えば厳しいと仰っているのよ」
フランの言葉を聞いて未知のものに挑戦する精神と努力を決して否定するものではないと諭すルウの真意をジゼルは漸く理解したのだ。
ジゼルは改めて2人に対して深々と頭を下げて謝罪する。
「……や、やっと分った、自分の愚かさが……フラン姉、ありがとう。そして旦那様、御免なさい。どうやら私は妬みと焦りで旦那様の私への想いが全く魂に響いていなかったようだ。……旦那様、折角教授して頂けるのなら、まず今朝の魔導拳のおさらいから始めたい。その後はまたアリスから水属性魔法の教授をして貰おうと思う。旦那様達はリーリャ達の指導に回って貰えないだろうか。宜しく頼む」
どうやらジゼルはやっとルウの真意を理解して落ち着きを取り戻し、愚直ながらいつもの聡明な気性に戻ったようだ。
そんなジゼルに厳しい表情をしていたフランにも笑顔が戻る。
「ふふふ、魔導拳は私よりジゼルの方が格段に上ですからね。初歩の組み手を教えて貰えるかしら?」
「ははっ、まあ任せろ!」
「まあ、ジゼルったら!」
夫の口癖を真似したジゼルの口調を聞いて、くすりと笑うフラン。
そんなフランをルウは穏やかな表情で見詰めていた。
彼は家族の長姉役として役割を果したフランを頼もしく思っていたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ジゼルがいつもの彼女に戻った後、結局、ルウがアリスと共に教師役として水属性の魔法の指導をする事になった。
勿論、オレリーも一緒である。
フランは水属性の適性が全く無いので最初は見学となるが、もし敵から攻撃を受けた場合の防御魔法を試してみることになった。
普段、余り見ないルウの水属性の魔法の指導に皆、興味津々だ。
「水とは我々に恵みをもたらすと同時に荒れ狂うと怖い存在であり、その姿は千変万化だ。様々な魔法とも相性が良く、よって水属性魔法とはとても奥が深いものなのだ」
フラン達が真剣に聞いているのを見たルウは満足そうに頷いた。
「この千変万化の姿を自分の適性を踏まえてどう行使していくのかが水属性魔法の奥義とも言える事なのだ。例えばジゼルは大天使の加護で硬質の水を呼び出して敵を攪乱し、剣技と組み合わせて戦う。オレリーも水の精霊の加護を受けて水の魔法使いとして覚醒し、精霊魔法の中級レベルのものを使いこなす事が出来る。そしてアリスは俺が言うまでもなく水の妖精グウレイグとしての力は絶大なものがある」
ここでルウはコホンと咳をひとつした。
「整理しよう、共通項としては皆は水の攻撃魔法と防御魔法が使える事、ただ各個に特性がある事だ。まず長所を伸ばす方向でやってみる、いわばバージョンアップだ。約束通りまずはジゼルを俺が見よう、アリスはオレリーの指導をしてくれ」
「オッケ~! ご主人様!」
相変わらず、軽く返すアリス。
1人だけメイド服姿のアリスは思い切り浮いているが、彼女は全く気にしていないのだ。
ルウはアリスが親しげにオレリーと話しているのを見て安心するとジゼルの傍らに立った。
「う、嬉しいな。旦那様の個人授業だ……でも、さっきは本当に御免なさい」
「ははっ、安心したぞ。どうやらいつものジゼルのようだな。さて、お前の場合は魔法式を使っているから、その魔法式の詠唱時間の迅速化が必要だろう」
ルウの笑顔に安心したジゼルも『迅速化』と言う言葉に驚いて聞き直す。
それは言霊の無詠唱に次ぐ高等技術が詠唱の迅速化なのである。
「詠唱の……迅速化?」
「ああ、お前が使っている魔法式を詠唱する時間を大幅に短縮させる。以前はフランも使っていたが、通常の半分以下の詠唱を目指そう」
「は、は、はいっ!」
先程まであんなに意固地になっていたジゼルもルウの提案に目を輝かせて嬉しそうに返事をするのであった。
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