第296話 「それぞれの思い」
ルウはそんなジョゼフィーヌを満足そうに眺めながら言う。
「ジョゼ、お前は既に風の精霊と通じ、改めてここに大空の一族と誼を通じる事が出来た。これからは風の中級魔法使いとして切磋琢磨するが良い。魔法の上達もこれまでより格段に早くなる筈だ」
ルウのお墨付きを貰ったジョゼフィーヌは吃驚しながらもより一層気合が入る。
「は、はいっ!」
「ジョゼ、例えばお前は未だ飛翔魔法を使えないが、風の魔法使いとして覚醒しつつある今であれば習得は時間の問題だ。俺が教授すれば直ぐに習得出来るだろう」
飛翔魔法?
それが覚えられればどんなに凄い事だろう。
ジョゼフィーヌは自分が大空を飛んでいる事を思わずイメージしたのである。
「楽しみです! ジョゼは頑張ります!」
「ジョゼ、本当に良い返事だ! よし、ジズ!」
ルウはジョゼフィーヌの凛としたやる気のある返事を聞くとジズに正対する。
「まずは3人で風を感じて来い、分るな?」
「はい、ルウ様のお考えになる事は全て承知でございます。良いな? プラティナ!」
「は! 主様、失礼致します!」
ジズの指示に応えてプラティナはジョゼフィーヌにひと声掛けた。
「え? きゃっ!」
その瞬間、温かい波動がジョゼフィーヌを包むと彼女の身体がふわりと宙に浮いた。
ジョゼフィーヌの従士であるプラティナの魔法がいきなり発動したのである。
「大丈夫、それはプラティナの飛翔魔法だ。今後お前は彼女が居ればいざという時に大空を舞う事が出来るんだ。いずれ自ら習得するであろう飛翔魔法の練習だと思うように。ただ、今日は飛翔魔法の初体験だ。勝手が分らないだろうから余分な力を入れずにプラティナに全て任せるんだ」
戸惑っていたジョゼフィーヌだが心を通じ合ったプラティナの魔法だと知ってその表情には安堵の色が浮かんでいる。
「はいっ! 分りました、旦那様」
「緊張するなと言ってもなかなか難しいかもしれないが……飛翔を楽しんで来い!」
ルウの言葉が響くとそれが合図のようにジズ、プラティナが巨大な両翼を広げる。
そして何という事か、広げた翼を全く動かさずあっという間に高く高く上昇したのである。
2体の勇姿をその場に居た誰もが一種の感動を持って見上げていた。
普通であれば飛び立つ際に彼等の翼が巻き起こす筈の風が一切無かったのはやはり彼等の飛翔魔法のせいであろう。
次いで宙に浮いていたジョゼフィーヌの身体も更にふわりと上昇して行く。
「行って参ります! 旦那様、フラン姉」
ジョゼフィーヌはそう言い残すと一気に異界の空高くその華奢な身体を舞い上がらせたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ルウがジョゼフィーヌの教授をしていた時の異界で訓練をしていた者の反応は様々であった。
まず間近で見ていたフランはやはりジョゼフィーヌの成功に刺激を受けて、課題である風の属性の能力をどのようにアップしようかと思案している。
少し離れた所でモリーアンと一緒に訓練を始めようとしたナディア。
同じ風の魔法使いとしてナディアにはフラン以上に複雑な思いがあったのである。
「う~、同じ風の魔法使いとしてボクもジョゼに負けないように頑張らなくてはね。まず飛翔魔法は絶対に覚えたいな」
同じ属性の魔法使いというのはお互いに意識し過ぎる傾向がある。
ナディアはジョゼフィーヌが大空を舞っているのが悔しいのだ。
「ははは、焦るな。刺激にするくらいなら良いがそれこそ生兵法は怪我の元となる。同じ風の魔法使いと言ってもあの者とナディアは違うぞ。感性や魔力量などから魔法の得手、不得手が全く異なるのだ。それも分った上でルウは汝を我に託したのだよ」
面倒見の良い姉のように優しく諭すモリーアンに対してナディアは笑顔を見せる。
「ふふふ、モリー姉。分っている……貴女の言う通りさ。ボクにあってジョゼに無い物。もしくはその逆……旦那様はそこまで見通していらっしゃるんだね」
意外に冷静なナディアの言葉にモリーアンも安心したようだ。
「分っておるなら良い。ただ言えるのはナディア、汝の夫は相変わらず底が見えん。まさか、あのジズを召喚するとはな。我も益々わくわくして来たぞ」
白い歯を見せて笑うモリーアンに釣られてナディアも更に嬉しそうな笑顔を見せたのである。
一方、こちらはモーラルについて呼吸法を改めて学んでいるリーリャとラウラ。
リーリャとラウラはさっきから興奮して感嘆の言葉が止まらない。
「や、やはり旦那様は凄いですね! ……そしてお姉様達も……モーラル姉はあのジズと呼ばれる巨大な精霊をご存知だったのですか?」
リーリャが感に堪えないといった様子で興奮気味に語る。
モーラルがジズの事を知っていたらぜひ聞きたいといった様子だ。
「ええ、ただ詳しい事が聞きたいのであれば直接、旦那様に聞いて貰える? 例えて言えばリーリャ、貴女の事も同様ですよ。貴女の身の上や才能はラウラさんや旦那様が良くご存知ですが、知りたいと思ったら私は貴女に直接、聞きますもの」
しかしモーラルは問題無いと判断したもの以外は滅多な事を言わない。
それはリーリャにも察した上で見習うようにと暗に諭したのだ。
「……そうですよね。本当に知りたい事は本人にお聞きするのが良いですね」
「リーリャ様、モーラルさんの仰る通りですよ。但し極端に考えちゃいけません、ケースバイケースです、本人に聞いてはいけない事もありますから。さあ私達はやれる事をしっかりやりましょう」
ラウラはモーラルの言っている事が良く分る。
彼女の言う通り本人に直接聞いては不味い事まで何でもかんでも問い質すのは間違いだ。
モーラルはそれも考えて判断するようにと言っているのだ。
「ふふふ、ラウラさんはさすがに分っていらっしゃるわ。では私達も訓練に戻りましょう」
我が意を得たりといった表情のモーラルはまた訓練に戻ろうと2人を促したのである。
―――モーラル達の反対側ではアリスについて水属性の魔法の訓練をしていたジゼルとオレリー。
中でもジゼルの悔しがりようは尋常ではない様子だ。
「ううう! ナディアもジョゼもあのような派手な召喚をしおって! 私の使い魔など猫だぞ、猫! 負けたくない、負けたくな~い!」
地団太を踏むジゼルを見て何とかフォローしようとするオレリー。
「確かにあの召喚魔法は凄いですけど、ジゼル姉だって学園で1番の魔法剣士ではないですか、私から見れば憧れですけど……」
しかしオレリーの優しいフォローの言葉も今のジゼルの耳には届かない。
「ええい、黙らっしゃい! 私はもっともっと強くなるぞ! アリス、もっと来い! ガンガン来い!」
気合の篭もった言葉で厳しい訓練を要求するジゼル。
「は~い、ジゼル様! それならね、ガンガン行きますよぉ~」
間の抜けたようなアリスの声にずっこけながらも大きく息を吐いてまた魔法発動の訓練をするジゼルを見てオレリーは愛情を込めてくすりと笑ったのである。
声は聞こえずともジゼルの悔しがる様子は少し離れたルウとフランの所からも良く分った。
「旦那様、ジゼルがだいぶ剥れているみたいですけど……」
フランは悔しがるジゼルを遠めで見ながら優しく微笑んだ。
そんなフランの言葉にルウも同意する。
「ははっ、ジゼルは相当な負けず嫌いだ。通常の訓練に加えて朝の別稽古もつけているんだが……それでも物足りないくらい強くなる事にとても貪欲だ。しかも家族の為に強くなりたいという純粋な気持ちからだから俺も応えてやりたい」
「ふふふ、そうですね。私には今迄妹が居ませんでしたから。ジゼルは責任感が強くて、はねっかえりなところが大好きなんですよ」
フランはそんなジゼルが可愛くて仕方がないらしい。
「よし……未だ時間はあるから、あいつの所に行ってやろう」
「ええ、かしこまりました。旦那様、行きましょう」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「旦那様ぁ~」
ルウとフランが近付くとジゼルが涙目をして大声をあげる。
「どうした情けない声を出して?」
ルウが彼女を問い質すとその返事は予想通りであった。
「私を! 私をもっともっと強くしてくれ! お願いだ!」
そんなジゼルに対してルウは穏やかに微笑んだ。
「ジゼル、お前は充分強いと言いたいが……それでは満足しないのだろう?」
ルウの指摘に敢えて答えずジゼルは懇願する。
「旦那様! このジゼル、一生のお願いだ」
一生のお願い?
そこまで言うジゼルの願いをルウは受け入れる事にした。
「分った! 俺に考えがある。オレリーはとりあえずアリスに任せて、俺とフランでお前を鍛えてやろう」
「本当か!? 旦那様ぁ、ありがとう! う、嬉しい! 嬉しいよぉ!」
子供のように喜ぶジゼルをルウとフランは慈愛の篭もった眼差しで見詰めていたのであった。
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『異世界中二病バトルブローカー、俺は世界を駆け巡る』※タイトル変更しました。
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