第290話 「幕間 フランとラウラ」
地平線も見えないくらいの広大な草原でルウ達の食事は始まった。
異界とは思えない暖かな陽射しが降り注ぎ、爽やかな風がゆっくりと吹いている。
ブランデル家特有の『黙祷』には吃驚したものの、賑やかな食卓や美味しい料理にロドニアの王宮魔法使いであるラウラ・ハンゼルカは先程浮かんだ自分の人生の疑問など直ぐに消え去っていた。
またラウラが見て、これはジゼルの兄、ジェロームも感じた事ではあるが、この家には妻達の中にちゃんと順序と秩序、そして役割が決められており悪意を持つ人がそう見ようとしても全く乱れを感じさせないきちんとした雰囲気を持っている。
今日の食事はリーリャとラウラが加わっての事であったが、王女という身分に全く関係なくリーリャは妻としてオレリー達の席の並びに、ラウラは逆にお客としてルウとフランの近くの『上席』に座る所を用意されたのだ。
なので思わずラウラは聞いてしまう。
「ここに私が座っても良いのでしょうか? ルウ様の単なる弟子の1人に過ぎない私が貴女方、妻と言う身分の方々を差し置いて……」
それに答えたのは横に座ったフランである。
「良いのですよ。今日は私がラウラさんとお話したいと旦那様や皆に頼んで貴女の席を決めたのですから」
フランの言っている事はほぼ事実である。
彼女はラウラがロドニアでして来た修行の経験を聞きたいのだ。
そして自分の呼び方も、師の妻という事で『様』をつけるラウラを漸く説得して『さん付け』で呼ぶようにと説得したのである。
「今日はこの後、魔法の訓練がありますからお酒は無しですが……」
果汁が入ったマグカップを持ったフランが乾杯を持ちかけるとラウラも微笑み、それに応じたのである。
「リーリャから聞きましたが、ラウラさんはロドニア王国での魔法の修行はご苦労されたとか……」
「はい、私はそんなに苦労とは思いませんでしたが……ロドニア国内の環境は魔法の学校どころか、魔法の教科書や古文書も満足に無い状況なのです。その上各地の魔法使い達は歴代の師匠から、行使する魔法を口伝で受け継いで来たので、それらを集約する為には王都ロフスキより各地に出向かなければなりませんでした」
ラウラの魔法習得はやはりリーリャから聞いた通りである。
やはりヴァレンタイン王国は魔法の教育に関しては抜きん出ており、はっきり言って恵まれているのだ。
「私は今迄他の国々、さすがに東方の果てであるヤマト皇国は訪れていませんが、神聖ガルドルド帝国、エスパード王国、ナーディア国家連合群、そして南国のアーロンビア王国などを回りました。しかしこのヴァレンタイン王国以上に魔法教育が充実している国はありませんでした」
やはりロドニアの王宮魔法使いという重責に就いているせいかラウラはフランより遥かに広い世界を見ているのだ。
「本当ですか? それにしても私など思いもよらぬ多くの国々を巡っていらっしゃるのですね」
「はい、殆どは王女様と親善を目的としてですが、中には私が単独で訪れた時もあります。単独といっても他国への道中は危険ですのでロドニア国内も含めて騎士の護衛は欠かせません」
様々な国を巡る……
ルウや他の妻達と共に巡る……
皆で旅に出て世界で様々な人に出会い、色々な出来事に触れて学ぶ。
そうなったら辛い事もあるだろうけど、どんなにワクワクするだろう。
フランはふとそのような事を想像してみたのだ。
「いきなりですが、ラウラさんの魔法属性は? 今日の訓練をする際、必要なので事前にお聞きしておきたいのですが?」
「はい、リーリャ様ほどではありませんが、私も一応風と土の複数属性魔法使用者なのです。中でも得意なものは風と土の攻撃、防御魔法です。ただルウ様のような超一流の魔法使いの前ではレベルが相当落ちますが……」
ルウとの魔法のレベルの差を痛切に感じたのであろう。
魔法に関して話す時のラウラのトーンがいつもに比べてだいぶ落ち気味になる。
彼女の言葉を聞いたフランは思わず苦笑し、ラウラの気持ちの為に話題を変えようとした。
「旦那様は……ちょっと……特別過ぎますね。ところでロドニアの魔法が口伝で伝えられて来たとお聞きしましたけど、やはり大天使様方のお力をお借りする魔法式がメインなのですか?」
「はい、あくまでも創世神様とその使徒様の教えは一番大事ですから……しかし、滅んだ北の大神達の伝説があったり、アールヴの里に近いせいもあってロドニアは様々な魔法が融合していて、レベルはともかく研究をするのはとても楽しいのです」
ロドニアの魔法は様々な魔法が融合したもの?
ましてやその研究?
それはとても楽しいだろう……母などに伝えたら直ぐに移住するなどと本気で言い出しかねない。
フランは思わずまた苦笑してしまった。
「また何か……おかしかったですか?」
フランのさっきからの表情が不可解だったのであろう。
ラウラが心配そうに聞いて来た。
「御免なさい、ラウラさん。違うのです、そのような魔法に対する研究に関しては私や旦那様は当然大好きなのだけれども、私の母はそれ以上に病的なほど好きですからそんな話を聞いたら、貴国に移住しかねないと考えて苦笑いしてしまったの」
「フランさんの……お母様? あのアデライド・ドゥメール伯爵様がですか?」
「はい! はっきり言ってしょうもない魔法オタクです」
「魔法……オタク! 言い得て妙ですね。私などはまさにそれです」
魔法オタクという言葉に対して嬉しそうに反応するラウラ。
やっと出た彼女の笑顔を見て、フランはやはりラウラが同好の士だということを実感したのである。
そこでフランは自分の気持ちを伝えてみた。
「ふふふ、ラウラさん。悪いのですけど私は貴女が他人に思えないのです。初めてリーリャから貴女の話を聞いた時にこれは一度じっくりと話さなくてはと思いましたもの」
「フランさん、お話させて頂いて私もその思いを強くして参りました。その……大変恐縮なのですが……」
どうやらラウラにはフランに対して頼み事がありそうだ。
「いきなりの急で不躾なお願いなのですが……その私、ラウラの友人になって頂けないかと……失礼を承知の上で何とか!」
両手を合わせて、済まなそうに懇願するラウラ。
そこには王宮魔法使いを任された誇り高い女性ではなく、とても気の合う友人を見つけた1人の控えめな女性の姿があったのである。
「ラウラさん、何を言いますか。私の方からそれをぜひお願いしたいと思っていたのですよ」
「本当ですか!?」
フランが快諾したのを聞いて吃驚するラウラ。
そんな彼女を見てフランは話を続けた。
「この場で嘘偽りなどどうして言えましょうか。こちらからもお願いします。フランをぜひラウラさんの友人にして下さいというか、私達友達になりましょう! ふふふ」
「わ、私の事はもうラウラと、呼び捨てにして下さい」
ラウラはもう満面の笑みであり、自分の事をもっと近しい呼び方にして欲しいと懇願したのである。
これにはフランの方が驚いた。
「ええっ、年上なのにですか? 私こそフランと、呼んで下さいね」
年下の自分の方こそ呼び捨てで構わないと合わせるフラン。
そんな彼女に対してラウラは了解した上でささやかに反撃する。
「分りました、これからはフランと呼びますね。呼び捨てに関しては私が年上だろうが構いません。それに年上といっても貴女とそんなに違わないでしょう?」
「いいえ~、4つも違うのは大きいですからね!」
ここまで来たら2人はお互いにもう遠慮が無い間柄になっていたのだ。
「もう! フランは!」
「ふふふ、ラウラったら!」
楽しそうな2人の声を聞いたルウも嬉しそうに笑顔を浮かべていたのであった。
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