第286話 「入隊志願」
ルウ・ブランデル邸ルウ自室、水曜日午後11時……
部屋に居るのはルウとフランの2人である。
いつもの通り、情熱的に愛し合った後の気だるいひと時……
「ふうん……あの2人ってそんな事をしていたのね」
ルウの腕枕に小さな顔をのせたフランが面白そうに呟いた。
カサンドラとルネのボワデフル姉妹に誘われた昼間の話をルウから聞いてフランが示した反応である。
フランはルウと出会った頃を思い出す。
「旦那様は本当は今でも冒険者になりたいのでしょう?」
「ああ、正直に言えばやってみたいという気持ちはある。かつて爺ちゃんが冒険者として世界中を旅したように俺も旅してみたい。でも……」
フランの質問にルウはすかさず頷いた。
しかしその表情が僅かに曇る。
それが少しフランには気になった。
「でも?」
「フラン、お前と会った時と……そして今とでは状況が全く違う。俺はあの時のように1人ではないからだ。だからもし冒険者になり旅立つ時は皆で一緒にと思っている。ただお前達にも自分の夢があり歩む道もあるだろう、俺はお前達の意思を尊重したい」
ルウは相変わらず優しい。
しかしフランにとって彼と歩んで行く決意は揺ぎ無いものである。
「……ふふふ。私達を気遣って頂いているのですね、嬉しいです。だけど私には分ります。私達、妻は全員が旦那様と離れて暮らすなど想像も出来ないのです。旦那様が旅立つ時は妻達も一緒に旅立つ時、もし旅立つ決心をしたらいつでも私にそう仰ってくださいませ。私達は一生、旦那様に添い遂げる覚悟なのですから」
ルウは熱く語るフランをぎゅっと抱き締めると「ありがとう」と呟いたのである。
愛情を込めて抱き締められたフランは嬉しそうに微笑み、ルウに問う。
「旦那様……それでルネ先生達の件はどうなさるお積りですか?」
「ああ、俺が断っても彼女達はトレジャーハンターを続けるだろう。であれば俺が護衛役も兼ねて参加しようと思う。彼女達は普段から気心も知れているし、他にも色々メリットがあるような気もするからな」
ルウが参加の意思を表明するとフランも納得したように頷いた。
「そう仰ると思いました。では私も当然参加させて頂きます。後は『特別参加枠』としてモーラルちゃんにお願いしましょうかね」
フランの提案にルウも納得するが他の妻達の事が少し気になるようだ。
「ははっ、そうだな。ジゼル辺りがぶうぶう言うだろうが残念ながら今回は『国家公務員限定』だからな」
「ふふふ、悔しがる姿が目に浮かびますね。可愛そうですけど彼女には魔法大学受験の準備もありますし来年以降の参加ですね」
中でもこのような話をしたら絶対に参加したいと主張するであろうジゼルの事を想像して2人は面白そうに笑う。
「そのように説得しても、あいつは納得せずにぶうぶう言いそうだな」
「まあ大学に入ったら今よりは時間に余裕が出来ますから私達で妻の中から希望者を連れて行くのはあり……ですよ。どうせ大伯父様もトレジャーハンターをやるのであればお膝元のバートランドで冒険者になれって煩く仰りそうですし……」
「ははっ、確かにな。ああ、楽しみだ! ワクワクして来たよ。そう考えたらフラン、またお前を愛したくなった」
先々の事を考えてルウの表情が期待感でぱっと明るくなる。
彼はやはりそのような性分なのであろう。
そんなルウがフランも大好きなのだ。
「旦那様ったら大きな子供みたい……でもワクワクしますわ、私も! どうやら貴方に似てきたのね。ふふふ、もっと愛して下さい、旦那様!」
ルウの逞しい腕がフランを最初は優しく、そして徐々に強く抱き締めた。
彼を受け止めるフランの身体はまるで神が精魂込めて作った芸術品のような美しさである。
情熱的なキスを交わしてベッドに倒れこむ2人の影はやがてひとつになり、荒い息遣いはやがて闇に溶けていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔法女子学園研究棟ルウ・ブランデル研究室内、木曜日午後3時15分……
こんこん!
「どうぞ、入ってくれ」
外からノックがされて相手に入室の許可を与えたルウ。
ドアが開き、ルウを訪ねて来たのはルネ・ボワデフルである。
彼女は自分の研究室に比べて余りにも殺風景な部屋を見て吹き出しそうになった。
研究用の資料は勿論、書架に本の一冊も置いていないのだ。
「見事に何もありませんわね」
「ああ、学園から与えられたばかりだからな。これからそれらしくして行くよ」
ルウは片目を瞑ると穏やかに微笑んだ。
「今日、私を呼んだ理由は昨日の返事を頂けると思って良いかしら?」
昨日2人はルウをトレジャーハンターにと誘っている。
すなわちカサンドラの言う『ボワデフル・トレジャーハンター隊』入隊の返事の件だ。
ルウの返事はルネ達姉妹の予想した通りであった。
「ああ、そうだ。喜んで入隊させて貰おう。決めポーズなんかはあるのか?」
ルウがいきなり変な事を聞くのでルネは訝しげな表情を浮かべる。
「決めポーズ?」
「ほら、カサンドラさんがやっていたろう? あれさ」
昨日、姉のカサンドラが変なポーズを取っていたのを思い出してルネは苦笑した。
「はははは、あれですか? あれは無し! とても恥ずかしいですからね。まあ姉はあのように変わり者ですけど決して性悪ではありません」
ルネは姉をフォローするとルウの顔をじっと見詰めた。
未だ彼には話がありそうだったからである。
「それとこちらからはお願いがある」
「お願い?」
「ああ、入隊候補者が他にも居る。フランシスカ校長代理だ」
ルウの言葉にルネは意外だという表情を浮かべる。
「ええっ、彼女が!? どうしてまた?」
「ああ、昨夜話したら俺が参加するのならぜひ私も! って事になってな。不味かったか?」
フランとボワデフル姉妹の間には何も確執は無い筈である。
少なくともルウはフランからは聞いていない。
「い、いや不味くはないですけど……予想外です」
「予想外?」
予想外……ルネはそう思った理由を静かに語り出した。
「ええ。ルウ先生、貴方と出会う前の彼女はとても内向的で大人しい雰囲気でした。感情も余り表に出しませんでしたし……昔の渾名は……知っていますよね?」
「ああ、知っている。でも彼女の本質は違ったんだ」
フラン本来の優しく思いやりのある性格、明るい人柄……それを他の人にも分って欲しい。
ルウは目の前のルネに対してそう思った。
そんなルウの思いにルネも同意する。
「そうですね。彼女は変わりました、貴方がこの学園に来てから大きく変わりました。美しさと優しさに溢れてもう誰も彼女の事をあの渾名で呼ぶ者など居ませんよ……ただ私には以前の印象が強かったですから貴方が居るとはいえ、進んで参加する事に驚いたのです」
「ははっ、じゃあ今のフランが本来のフランということを理解してくれないか。それで肝心の入隊はOKかな?」
「彼女は優れた魔法使いですもの、大歓迎ですよ」
ルネの返事を聞いたルウは嬉しそうに「ありがとう」と頭を下げるのであった。
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