第28話 「下婢」
「うふふ……ルウ様、お呼びでございましょうか?」
モーラルはシルバープラチナの髪を肩まで伸ばし、端麗な顔立ちをしていた。
一見、人間の少女のようである。
年齢は15歳くらいだろうか……
しかし、不自然なほどに真っ赤な瞳と唇……
そして全く生気のない真っ白な肌……
誰が見てもすぐに、魔族と分かる風貌であった。
モーラルはフランとアデライド達に気付くと面白そうに聞いて来た。
「あら、貴女方は……ルウ様とは、どのようなご関係でしょう?」
「モーラル、この人達は今の俺の身内だ。」
フラン達の代わりに答えた、ルウの言葉を聞いたモーラルは、「くくく」と小さく笑う。
「ルウ様の身内であれば、私にとっても身内。ふふふ……それにしても美味しそうな魔力……」
フランとアデライドを見つめる赤い瞳が「すっ」と細くなる。
呆然とするフラン……
まるで『捕食者』であるモーラルに、『餌』として取り込まれそうな雰囲気なのだ。
「モーラル、その辺にしておけ。それに話し方を改めろ! アデライドさん、フラン済まない」
ルウがモーラルを戒め、フラン達に詫びる。
主のルウが謝るのを見たモーラルは、僅かに眉をひそめた。
自分の為にルウが頭を下げたのが、想定外だったのであろう。
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「では改めて紹介するよ。モーラルは巷で吸血鬼と言われるが、本来は霊的な夢魔なんだ」
吸血鬼……
霊的な夢魔……
ルウの言葉を聞いて、フランはモーラルを見つめた。
先ほど同様、取り込まれるような……
自分の身体に、ぞくぞくと悪寒が走るのが分かる。
改めて言われると怖い!
でもルウが付いている。
私は……平気だ。
フランはそう自分に言い聞かせると、ごくりと唾を飲み込んだ。
ルウが目配せすると、今度はモーラルが口を開く。
「はい! まずは吸血について、ご説明致します。そもそも吸血鬼達が何故、血を吸うかと申しますと、血に含まれる魔力を、直接自らの身体に取り込む為でございます」
モーラルの話し方を聞いて、フランは驚いた。
口調が全く変わっているから。
あれ!?
どうして!?
「血に含まれる……魔力」
フランはモーラルの変貌に驚くと共に、思わず口に出していた。
彼女はだんだん、このモーラルという少女に興味が出て来たのだ。
「そうです……吸血鬼は人間とは身体の仕組みが違い、大気中の魔力を取り込み、体内で変換して魔力に変える事が出来ません。それでいろいろな獲物から血を通じて直接、魔力を取り込んでいるのです」
モーラルは「ふう」と息を吐いた。
先程の高慢で威圧的な態度は、全く無かった。
「吸血鬼といえば普通、吸血行為を思い浮かべる事でしょう」
フランの眉間に、大きく皺が寄る。
どうやら、吸血鬼が血を吸う、忌まわしい姿を想像したようである。
モーラルはフランをちらりと見て、苦笑し話を続けた。
「私は……普通の吸血鬼とは違います。霊的な夢魔であり、魔力を、人間の血から得る必要がないのです」
「…………」
「しかし私は、魔力が無ければ生きてはいけません。ですから、吸血ではない方法で魔力を抜き取り、糧としております」
一般の吸血鬼とは違う!?
魔力を抜き取る?
それって……
フランは思わずモーラルに質問していた。
母アデライド譲りともいえる、魔法使いの探求心が働いたのだ。
いつの間にかフランは、モーラルの話に引き込まれていたのである。
「魔力を抜き取るって、どうするの?」
「お見せしましょう、こうやるのです!」
モーラルが返事をし、フランは信じられない光景を見た。
「ルウ様ぁ!」
モーラルが甘えた口調で、ルウの名を呼び、手を伸ばす。
フランの目の前で、見せつけるかのように、しっかりルウと手を繋いだ。
そして、ルウの手をしっかり握りながら……
自身の手と一緒に、ルウの心臓の上に持って行ったのだ。
フランが見ても分かる。
それはもう、何度も繰り返されている仲睦まじい行為であった。
「ルウ!」
フランもその瞬間、叫んでいた。
モーラル以上の、大きな声で叫んでいた。
フランはモーラルに対し、激しい嫉妬を感じたのだ。
「うふふ……フランシスカ様、一番、美味しい魔力って、どこにあるのか分かりますかぁ?」
「…………」
「答えはぁ、心臓にある魔力……」
「…………」
「私は、いつもルウ様の心臓に手を当てて、一番濃い魔力を頂くのです」
「…………」
モーラルの挑発するような物言い。
対してフランは鋭い視線を投げ掛けている。
それは今迄、フラン自身が感じた事のないどろどろとした怨念であった。
「あらあら……物凄い殺気ですね。フランシスカ様」
「ええ……貴女を殺したい」
からかうようなモーラルの声に対し、フランは全く抑揚のない声で答えた。
と、その時。
ルウが繋いでいた手を、無理矢理離した。
「あっ!」
小さな叫びをあげ、モーラルは離された手を握り締めた。
暫し、呆然としていたモーラルではあったが……
主のルウに戒められたのを理解したようである。
あっさりとフランの方を向き直り、頭を深く下げた。
「ちょっと貴女をからかい過ぎました……謝罪します。申し訳ありませんでした」
「…………」
「改めて申し上げます、フランシスカ様。どうぞご理解下さいませ」
「…………」
「私は魔力さえ頂ければ……下等なヴァンパイアと違い、下品に牙を立てたりしないし、昼間は普通に生活していけるんです」
先ほどまでの、挑発的な態度が嘘のようである。
モーラルは声もずっと小さくなり、遂には項垂れてしまった……
「私はルウ様の忠実な配下……単なる下婢。……ただ……それだけ……なのです」
モーラルの言葉を聞き、フランには感じた事がある。
この魔族の子……多分、私と一緒だ。
どうして?
ルウと、『このような関係』なのかは、分からないけれど……
この娘は……モーラルは……
間違いなくルウの事を愛している。
深く、深く愛している……
そしてフランには理解出来た事がある。
ルウはこのモーラルという娘に優しいし、確かに大事にはしているのだろう。
だが、それは愛ではない、情なのだと。
「ルウ! よ~く分かったわ」
傍らで、ずっと話を聞いていたアデライドが……
いきなりルウに向かって大きな声で返事をし、頷いていた。
フランは、母が何を理解したのか、気になった。
アデライドはにこっと笑い、フランへ問いかける。
「ルウが責任を持つと言うなら別に私達は構わないわ。ねぇ、フラン?」
「え? ええ……う、うん……」
促すアデライドに対し、フランは躊躇いがちに頷いた。
しかし!
そんなフランへ、アデライドの鋭い声が飛ぶ。
「こらっ、フラン! 貴女は……もう、『誓い』を忘れたの?」
誓い!?
そ、そうか……
私はルウの愛情が欲しいんだ。
この娘と一緒なんだ!
単なる『情』ではなくルウの『愛情』が欲しいんだ。
そう!
私は決めている!
ルウの、『全て』を受け入れると!
「ええ、モーラル。私達、貴女を受け入れます。宜しくね」
フランはそう言うと、モーラルへ、勢いよく右手を差し出した。
モーラルも、おずおずと右手を差し出す。
差し出されたモーラルの手は小さく、フランが握ると、とても冷たかった……
「……あ、ありがとう……ございます」
モーラルは哀しそうに微笑むと、消え入りそうな声で呟く。
フランが映る真っ赤な瞳には、今迄になかった温かいものが宿っている。
その後……
モーラルは先程と同じやり方でルウから魔力を貰うと、居場所である異界へと戻って行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
モーラルが異界に帰った後、
明かされた彼女の生い立ちは衝撃的であった。
「……モーラルの両親は、普通の人間なんだ」
ルウがぽつりと呟き、少しずつ話し始めた。
フランは吃驚してルウを見つめていた。
アデライドも、じっと目を閉じて、何かを考え込んでいる様子であった。
フランは改めて考えてみる。
魔族が人間から生まれる?
でも両親って言ったわね、どうして?
彼女が半魔とか……
片親だけが魔族とかなら、分かるけど……
モーラルは、モーラという夢魔である。
ルウによれば、モーラは人間の両親から、突然生まれる事があるという。
モーラルは母から聞かされていた。
生まれた時には普通の赤ん坊に見えたが、全く母親の乳を飲まなかったと。
母親の心臓の上に手をあてて、魔力を吸収していたのだと。
そんなモーラルを魔法使いであった母親はすぐに魔族だと気付いたが……
愛する我が子故、ひたすら隠していた。
しかし、ある日、父親に発覚。
村の掟により、モーラル母娘は追放となってしまう。
モーラルの母親が、怖ろしい悪魔に身を任せ、モーラルが生まれたという……
とんでもない濡れ衣からであった。
母娘は暫くの間、深い森の奥で暮らしていた。
だが、母は病に侵され、あっけなく世を去る。
残されたモーラルは、たったひとりぼっちで……
小動物を捕らえては、魔力を吸い、何とか生きてのびていた。
しかし、夢魔モーラとして日々成長するモーラルには、生きて行く為に必要な魔力量が絶対的に足りない。
遂に飢餓の為、森で倒れてしまった。
そんな時に……
師シュルヴェステルと共に、たまたまモーラルを発見したルウ。
当然ながら、シュルヴェステルから、究極ともいえる選択を迫られた。
見捨てるか、殺すか……
しかしルウはどちらの選択肢も選ばなかった。
夢魔モーラがどのような魔族か、忌むべき存在とかいう説明を、何度聞いても……
ルウはモ―ラルを助けると、頑なに主張。
自らの魔力を与えて助けたのである。
それが8年前の事……
それ以来モーラルは、ルウに従者として忠実に付き従う。
夢魔モーラとして完全覚醒してからは、通常、異界に棲んでいる。
ルウの話を聞き……
フランはルウに対する、モーラルの気持ちが分かるようになった。
モーラルは、命を救われて、ルウを愛するようになった。
私と一緒。
それも、救われてもう8年……
過ごした時間が、私より遥かに長い。
その分、モーラルは辛いだろう……
深い愛を隠し、ひたすらルウに仕えているのだから。
そして、嫉妬をぶつけられたモーラルの方でも……
フランの気持ちに、愛に気付いたに違いない。
つらつらと考えるフランへ、ルウの声が聞こえて来る。
「アデライドさん、フラン……ありがとう。モーラルを受け入れてくれて」
ルウは慈愛の篭った眼差しで、深く頭を下げた。
そんなルウの姿を見て、フランは改めて思う。
8年前、全く同じ言葉を……
ルウは、師シュルヴェステルへ、告げたに違いないと。
フランは……
そんな優しいルウが……
「心の底から好きだ!」と実感していたのであった。
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