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第28話 「下婢」

「うふふ……ルウ様、お呼びでございましょうか?」


 モーラルはシルバープラチナの髪を肩まで伸ばし、端麗な顔立ちをしていた。

 一見、人間の少女のようである。

 年齢は15歳くらいだろうか……

 

 しかし、不自然なほどに真っ赤な瞳と唇……

 そして全く生気のない真っ白な肌……

 誰が見てもすぐに、魔族と分かる風貌であった。


 モーラルはフランとアデライド達に気付くと面白そうに聞いて来た。


「あら、貴女方は……ルウ様とは、どのようなご関係でしょう?」


「モーラル、この人達は今の俺の身内だ。」


 フラン達の代わりに答えた、ルウの言葉を聞いたモーラルは、「くくく」と小さく笑う。


「ルウ様の身内であれば、私にとっても身内。ふふふ……それにしても美味しそうな魔力オド……」


 フランとアデライドを見つめる赤い瞳が「すっ」と細くなる。

 

 呆然とするフラン……

 まるで『捕食者』であるモーラルに、『餌』として取り込まれそうな雰囲気なのだ。


「モーラル、その辺にしておけ。それに話し方を改めろ! アデライドさん、フラン済まない」


 ルウがモーラルを戒め、フラン達に詫びる。

 

 あるじのルウが謝るのを見たモーラルは、僅かに眉をひそめた。

 自分の為にルウが頭を下げたのが、想定外だったのであろう。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「では改めて紹介するよ。モーラルは巷で吸血鬼と言われるが、本来は霊的な夢魔なんだ」


 吸血鬼……

 霊的な夢魔……


 ルウの言葉を聞いて、フランはモーラルを見つめた。

 先ほど同様、取り込まれるような……

 自分の身体に、ぞくぞくと悪寒が走るのが分かる。

 

 改めて言われると怖い!

 でもルウが付いている。

 私は……平気だ。


 フランはそう自分に言い聞かせると、ごくりと唾を飲み込んだ。

 ルウが目配せすると、今度はモーラルが口を開く。


「はい! まずは吸血について、ご説明致します。そもそも吸血鬼達が何故、血を吸うかと申しますと、血に含まれる魔力オドを、直接自らの身体に取り込む為でございます」


 モーラルの話し方を聞いて、フランは驚いた。

 口調が全く変わっているから。


 あれ!?

 どうして!?


「血に含まれる……魔力」


 フランはモーラルの変貌に驚くと共に、思わず口に出していた。

 彼女はだんだん、このモーラルという少女に興味が出て来たのだ。


「そうです……吸血鬼は人間とは身体の仕組みが違い、大気中の魔力マナを取り込み、体内で変換して魔力オドに変える事が出来ません。それでいろいろな獲物から血を通じて直接、魔力オドを取り込んでいるのです」


 モーラルは「ふう」と息を吐いた。

 先程の高慢で威圧的な態度は、全く無かった。


「吸血鬼といえば普通、吸血行為を思い浮かべる事でしょう」


 フランの眉間に、大きく皺が寄る。

 

 どうやら、吸血鬼が血を吸う、忌まわしい姿を想像したようである。

 モーラルはフランをちらりと見て、苦笑し話を続けた。


「私は……普通の吸血鬼とは違います。霊的な夢魔であり、魔力オドを、人間の血から得る必要がないのです」


「…………」


「しかし私は、魔力が無ければ生きてはいけません。ですから、吸血ではない方法で魔力を抜き取り、かてとしております」


 一般の吸血鬼とは違う!?

 魔力を抜き取る?

 それって……

 

 フランは思わずモーラルに質問していた。

 母アデライド譲りともいえる、魔法使いの探求心が働いたのだ。

 いつの間にかフランは、モーラルの話に引き込まれていたのである。


「魔力を抜き取るって、どうするの?」

 

「お見せしましょう、こうやるのです!」


 モーラルが返事をし、フランは信じられない光景を見た。


「ルウ様ぁ!」


 モーラルが甘えた口調で、ルウの名を呼び、手を伸ばす。

 フランの目の前で、見せつけるかのように、しっかりルウと手を繋いだ。

 

 そして、ルウの手をしっかり握りながら……

 自身の手と一緒に、ルウの心臓の上に持って行ったのだ。

 フランが見ても分かる。

 それはもう、何度も繰り返されている仲睦まじい行為であった。

 

「ルウ!」


 フランもその瞬間、叫んでいた。

 モーラル以上の、大きな声で叫んでいた。

 

 フランはモーラルに対し、激しい嫉妬を感じたのだ。


「うふふ……フランシスカ様、一番、美味しい魔力って、どこにあるのか分かりますかぁ?」


「…………」


「答えはぁ、心臓にある魔力……」


「…………」


「私は、いつもルウ様の心臓に手を当てて、一番濃い魔力を頂くのです」


「…………」


 モーラルの挑発するような物言い。

 対してフランは鋭い視線を投げ掛けている。

 それは今迄、フラン自身が感じた事のないどろどろとした怨念であった。


「あらあら……物凄い殺気ですね。フランシスカ様」


「ええ……貴女を殺したい」


 からかうようなモーラルの声に対し、フランは全く抑揚のない声で答えた。

 

 と、その時。

 ルウが繋いでいた手を、無理矢理離した。


「あっ!」


 小さな叫びをあげ、モーラルは離された手を握り締めた。

 暫し、呆然としていたモーラルではあったが……

 主のルウに戒められたのを理解したようである。

 

 あっさりとフランの方を向き直り、頭を深く下げた。


「ちょっと貴女をからかい過ぎました……謝罪します。申し訳ありませんでした」


「…………」


「改めて申し上げます、フランシスカ様。どうぞご理解下さいませ」


「…………」


「私は魔力さえ頂ければ……下等なヴァンパイアと違い、下品に牙を立てたりしないし、昼間は普通に生活していけるんです」


 先ほどまでの、挑発的な態度が嘘のようである。

 モーラルは声もずっと小さくなり、遂には項垂れてしまった……

 

「私はルウ様の忠実な配下……単なる下婢。……ただ……それだけ……なのです」


 モーラルの言葉を聞き、フランには感じた事がある。

 

 この魔族の子……多分、私と一緒だ。

 どうして?

 ルウと、『このような関係』なのかは、分からないけれど……

 この娘は……モーラルは……

 間違いなくルウの事を愛している。

 深く、深く愛している……

 

 そしてフランには理解出来た事がある。

 ルウはこのモーラルという娘に優しいし、確かに大事にはしているのだろう。

 だが、それは愛ではない、情なのだと。

 

「ルウ! よ~く分かったわ」


 傍らで、ずっと話を聞いていたアデライドが……

 いきなりルウに向かって大きな声で返事をし、頷いていた。

 フランは、母が何を理解したのか、気になった。


 アデライドはにこっと笑い、フランへ問いかける。

  

「ルウが責任を持つと言うなら別に私達は構わないわ。ねぇ、フラン?」


「え? ええ……う、うん……」


 促すアデライドに対し、フランは躊躇ためらいがちに頷いた。

 しかし!

 そんなフランへ、アデライドの鋭い声が飛ぶ。


「こらっ、フラン! 貴女は……もう、『誓い』を忘れたの?」


 誓い!? 

 そ、そうか……

 私はルウの愛情が欲しいんだ。

 この娘と一緒なんだ!

 単なる『情』ではなくルウの『愛情』が欲しいんだ。

 

 そう!

 私は決めている!

 ルウの、『全て』を受け入れると!


「ええ、モーラル。私達、貴女を受け入れます。宜しくね」


 フランはそう言うと、モーラルへ、勢いよく右手を差し出した。

 モーラルも、おずおずと右手を差し出す。

 差し出されたモーラルの手は小さく、フランが握ると、とても冷たかった……


「……あ、ありがとう……ございます」


 モーラルは哀しそうに微笑むと、消え入りそうな声で呟く。

 フランが映る真っ赤な瞳には、今迄になかった温かいものが宿っている。


 その後……

 モーラルは先程と同じやり方でルウから魔力を貰うと、居場所である異界へと戻って行った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 モーラルが異界に帰った後、

 明かされた彼女の生い立ちは衝撃的であった。


「……モーラルの両親は、普通の人間なんだ」


 ルウがぽつりと呟き、少しずつ話し始めた。 

 

 フランは吃驚してルウを見つめていた。

 アデライドも、じっと目を閉じて、何かを考え込んでいる様子であった。


 フランは改めて考えてみる。


 魔族が人間から生まれる?

 でも両親って言ったわね、どうして?

 彼女が半魔とか……

 片親だけが魔族とかなら、分かるけど……


 モーラルは、モーラという夢魔である。

 ルウによれば、モーラは人間の両親から、突然生まれる事があるという。

 

 モーラルは母から聞かされていた。

 生まれた時には普通の赤ん坊に見えたが、全く母親の乳を飲まなかったと。

 母親の心臓の上に手をあてて、魔力を吸収していたのだと。

 そんなモーラルを魔法使いであった母親はすぐに魔族だと気付いたが……

 愛する我が子故、ひたすら隠していた。

 

 しかし、ある日、父親に発覚。

 村の掟により、モーラル母娘は追放となってしまう。

 モーラルの母親が、怖ろしい悪魔に身を任せ、モーラルが生まれたという……

 とんでもない濡れ衣からであった。

 

 母娘は暫くの間、深い森の奥で暮らしていた。

 だが、母は病に侵され、あっけなく世を去る。

 

 残されたモーラルは、たったひとりぼっちで……

 小動物を捕らえては、魔力を吸い、何とか生きてのびていた。

 

 しかし、夢魔モーラとして日々成長するモーラルには、生きて行く為に必要な魔力量が絶対的に足りない。

 遂に飢餓の為、森で倒れてしまった。

 

 そんな時に……

 師シュルヴェステルと共に、たまたまモーラルを発見したルウ。

 

 当然ながら、シュルヴェステルから、究極ともいえる選択を迫られた。

 

 見捨てるか、殺すか……


 しかしルウはどちらの選択肢も選ばなかった。

 夢魔モーラがどのような魔族か、忌むべき存在とかいう説明を、何度聞いても……

 

 ルウはモ―ラルを助けると、頑なに主張。

 自らの魔力を与えて助けたのである。

 それが8年前の事……


 それ以来モーラルは、ルウに従者として忠実に付き従う。

 夢魔モーラとして完全覚醒してからは、通常、異界に棲んでいる。


 ルウの話を聞き……

 フランはルウに対する、モーラルの気持ちが分かるようになった。

 

 モーラルは、命を救われて、ルウを愛するようになった。

 私と一緒。

 それも、救われてもう8年……


 過ごした時間が、私より遥かに長い。

 その分、モーラルは辛いだろう……

 深い愛を隠し、ひたすらルウに仕えているのだから。

  

 そして、嫉妬をぶつけられたモーラルの方でも……

 フランの気持ちに、愛に気付いたに違いない。


 つらつらと考えるフランへ、ルウの声が聞こえて来る。


「アデライドさん、フラン……ありがとう。モーラルを受け入れてくれて」


 ルウは慈愛の篭った眼差しで、深く頭を下げた。

 

 そんなルウの姿を見て、フランは改めて思う。

 8年前、全く同じ言葉を……

 ルウは、師シュルヴェステルへ、告げたに違いないと。


 フランは……

 そんな優しいルウが……

 「心の底から好きだ!」と実感していたのであった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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