第279話 「最後は資格?」
ルウとジゼルがジェロームを連れて屋敷の書斎に入った。
肘付き長椅子に座らされたジェロームは相変わらずルウを燃えるような怒りの目で睨んでいる。
兄の姿を見たジゼルは辛そうに溜息を吐く。
彼女にしてみれば夫としてのルウが誠実である事、自分が愛し愛されて幸せに暮らしている事を兄に理解して欲しいのである。
ルウは早速『沈黙』と『束縛』の魔法を解除してやった。
沈黙と束縛を解かれて自由になったジェロームはルウの魔法の威力にやや怯えの色を見せた。
しかし怒りの方が圧倒的に大きいのであろう。
すかさず大きな声で抗議をしたのである。
「ルウ、貴様! 邪悪な魔法で俺の口を塞ぎ、身体の自由を奪うとは、卑怯にもほどがあるぞ! お前のこのような所も俺は大嫌いだ、正々堂々とした騎士とは真逆なお前がな」
いきり立つジェロームに対してルウは穏やかな表情だ。
「貴方が先程のように人を傷つけるような言葉を吐いたり、暴れたら困るから万が一の措置だ」
そして溜息を吐くとジェロームに冷静になるように働きかけたのだ。
「落ち着いてくれないか? 先程の菓子店でのように普段の貴方なら全く大丈夫だと思うが、ジゼルの事となると尋常ではなくなるようだな。妹を大事に思う気持ちも分からなくはないが……」
ルウは最初に会った時のようにと話してくれと頼んでも、ジェロームは頑なである。
「じゃあ俺も先程のように言ってやろう。この薄汚い女たらしめ! 直ぐに妹を含めて女性達にかけている邪悪な魔法を解除し、正気に戻した上で解放しろ。そうすれば命だけは助けてやる」
相変わらずルウを罵倒するジェロームを見てジゼルは悲しげに抗議した。
「兄上……私が正気か、そうではないかが見て分からないのか? その取り乱した様子ではとても王都騎士隊の重責をしっかりと務めているとは思えないぞ」
そんなジゼルの言葉もジェロームの妄執を変える事は出来なかった。
「黙れ、黙れ! 皆、騙されているに決まっている。女性達の親御さんも含めて全員がだ」
ここまで来るとジェロームはいつもの優しい兄ではない。
完全に冷静さも失っているのだ。
「もう、兄上! ……落ち着いて良く考えてみてくれ。もしそうであれば旦那様は魔法女子学園の教師などをやってはいない。私達どころか王家をも手玉に取って国そのものを簡単に乗っ取れるだろう。それをしないのは何故だと考えてみたらどうだ」
ジゼルが自分に対する説得において国を例に持って来た事に少しは聞く耳を持ったらしい。
ジェロームは逆に質問をして来たのだ。
「ふん……お前は何故だか、知っているとでも言うのか?」
ジェロームの問いにジゼルは躊躇い無く答える。
「それは当然、知っている。私はこの方の妻だからな。確かに私は兄上が言うように第一夫人ではない。しかし私はとても大事にして貰っているし、フラン姉、いやフランシスカ様を始めとしてナディアやジョゼフィーヌなど家族になった者達とも楽しく暮らせていてとても幸せなんだ」
心の底から嬉しそうに語るジゼル。
愛する妹の笑顔を見てジェロームも漸く落ち着いてきたようだ。
「……ジゼル。先程の俺の問いに答えろ。ルウが……そのような事をしないのは何故なのだ?」
「その事なら、兄上も少しずつ感じて来ている筈だ。この方は、旦那様はそのような生々しい欲望が希薄なのだ、皆無に近いと言って良いだろう。逆に困っている人を見過ごしてはおけない人なのだ」
「…………」
ジェロームが黙り込んでしまったのでジゼルは兄の顔を見ながら話を続ける。
「話をあげればきりがないが……フランシスカ様を助けた件は事実であり、その時に殉職した護衛の騎士達の仇を討ち弔いまでしてくれたのが旦那様だ。それを知った兄上の上司である騎士隊隊長のライアン卿はとても感謝しているそうだぞ」
それを聞いたジェロームは渋い表情だ。
王都騎士隊の隊長であるキャルヴィン・ライアン伯爵が箝口令を敷いていた事もあり、単なる噂として受け止めていたジェロームは未だ事実として認めていないのであろう。
「ジョゼフィーヌの件もそうだ。彼女のお父様の命を助けたのが実は旦那様なのさ。そしてここに居る妻達は自分と家族を救いながら代償を求めない旦那様に感謝して興味を持った。そして遂には愛するようになり自分から想いを告白したのだ」
「……という事はお、お前もか、ジゼル!?」
妻達……すなわち、この妹にもそのような危機的状況があったのか……
ジェロームは何も知らない自分が少し恥ずかしくなって来たのである。
「ああ、そうさ。私自身もナディアと共にすんでの所で命を救って貰った……しかしそれだけじゃない。旦那様の強さに惚れ込んで魔法や体術の稽古をつけて貰っている。旦那様はいわば愛する夫であり、尊敬する師匠でもあるのさ。これは父上にも母上にも話をして理解していただいている」
だんだん笑顔が戻り、誇らしげに語るジゼルを見てジェロームも事の真偽を確かめたくなって来たらしい。
「今の話は本当に本当なのか?」
「ああ、本当だ」
きっぱりと言い切るジゼルに対してジェロームは違うと手を振った。
「いや、ジゼル。お前に聞いているのではない、ルウ、お前に聞いているのだ。神に誓って真実だと言えるのか?」
ジェロームの問い掛けに対してルウは大きく頷き、はっきりと言い放つ。
「ああ、本当だ。それに俺は妻達全員を愛している。俺は彼女達を伴侶として大切にし、ずっと一緒に暮らして行くだろう」
「分かった。だがお前達の話が真実かどうか、フランシスカ殿やナディア殿にも話を聞こう。その上で俺は判断する」
その時である。
とんとんとん!
リズミカルなノックの音が鳴り、ドアの向こうから涼やかな声が聞こえて来たのだ。
「只今、帰りました。旦那様、ジェローム様がいらしているんですって?」
ノックの主は仕事を終えて帰宅したフランだったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
書斎にはジェロームの望んだフランとナディアどころか、他の妻達や使用人の2人まで押し掛けていた。
ジゼルから全員で兄のジェロームを説得して欲しいと頼まれたせいである。
これではまるで吊るし上げのようになってしまうが、ジェロームも妻達の剣幕の前には了承せざるを得なかった。
「旦那様とジゼルの言った事は本当ですよ。私、ロドニアへ研修に行った帰りに殺されそうになったのをすんでの所で助けて頂きましたから」
フランが口火を切ると妻達は次から次へと話し始めたのだ。
「ジェローム様。ボク、魅惑の魔法なんか掛けられていないよ、一体何を言っているの?」
「ジェローム様、私騙されてなどいませんわ。それに旦那様を大好きになったのは私の方ですから」
「ジゼル姉のお兄様、聞いて下さい。私は冒険者に騙されて奴隷に売られる所を助けて頂いたのですよ」
「私など森で危く野垂れ死ぬ所を助けて頂きました」
「私は呪いを解いて頂いて毎日が楽しいのですぞ」
「アリスも池を綺麗にして頂いて凄く幸せですよぉ!」
最後にはアルフレッドとアリスまでがルウへの感謝を口にして、その勢いにジェロームも押され気味で防戦一方という感がある。
「ふふふ、ジェローム様。貴方はジゼルが可愛くて仕方がないのですよね。じゃあ納得の行くようにお聞きしましょう。貴方の仰る幸せとは何なのでしょう?」
「ジゼルにそれなりの名誉と地位がなければと思っている。ルウに対しては妹の夫として将来性や経済力も必要だ」
フランに改めて聞かれたジェロームは口篭りながら何とか答えた。
「名誉と地位? それはジゼルがここでは正妻もしくは第一夫人でないという事かしら?」
「フラン姉!」
思わず何かを言おうとするジゼルを手で制止し、フランはにっこりと笑う。
「じゃあ、私の第一夫人の座をジゼルに譲ります、それでよろしくて?」
「なななな、何!?」
フランの思いがけない申し出にジェロームは吃驚した。
しかし今度はジゼルも黙っていない。
「フラン姉! ありがたいし名誉な話だがお断りする。私は今のポジションが良いのだ。それにはっきり言って私は貴女を尊敬している」
ジゼルはフランを見詰めて一気に言う。
「貴女の私達、妻を纏め上げ、引っ張って行く力は素晴らしいと思っているのだ。私の事をいつも尊重してくれ、たまに妹として思い切り甘えさせてくれる包容力に……私は貴女が大好きなのだ」
2人の会話を聞いていたジェロームが最後の問い掛けを行う。
「うう……で、ではルウの将来性や生活力はどうなんだ? 男たるもの家族全員を食べさせていける稼ぎが無くては駄目だ。失礼ながら奴の教師だけの収入ではたかが知れているだろう」
自論を展開するジェロームにジゼルは反論した。
「考え方がおかしいぞ、兄上! 生活などは……全員で頑張って働けば!」
またもや興奮するジゼルを手で制止し、フランは更ににっこりと笑いルウに問う。
「旦那様、本日は魔法鑑定士の国家試験でしたよね。結果は出ましたでしょうか?」
ルウは先程受け取ったばかりの免許証を穏やかな顔で黙ってフランに差し出した。
フランはそれを受け取って確認した途端に「ああっ」と驚きの声を出すと一旦呼吸を整える。
その様子を傍らの妻達も息を呑んで見守っていた。
そしてフランはジェロームに向き直ると、その免許証を掲げて良く見えるように提示したのである。
フランの表情は満面の笑みである。
そんな彼女の表情を見たジェロームは訝しげに提示された免許証を見るとやはり大きな声を上げたのだ。
「ええっ、ま、魔法鑑定士……え、S級だと!?」
ジェロームの声を聞いたフランが大きく頷くと同時に、妻達の大きな歓声があがったのはいうまでもなかった。
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『異世界お宝ブローカー、俺は世界を駆け巡る』
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