表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
278/1391

第278話 「愛情と暴言」

「今日はどういった用事でいらしたのですか、兄上?」


 一瞬驚いたジゼルであったが、彼女には兄が来た用件が何となく分かるらしい。


「どうもこうもない。お前とじっくり話し合いたいと思って来たのだ、そいつともな」


 ジェロームは吐き捨てるように言う。

 菓子店で会った時にルウに見せた気さくで人懐こい雰囲気が今は無い。


「話し合い? 前向きな内容なら話しても良いが、兄上のそのご様子では最初からこちらに悪意を持った話し合いになりそうだ。そのようなお積りならお引取り願いたい」


 ジゼルは肩を竦めると、いかにも残念そうだという表情を浮かべて首をゆっくりと横に振った。

 しかしジェロームはこちらも首を横に振って憎々しげに言い放ったのである。


「ふん、ジゼル。お前に悪意など感じるものか! 悪意があるとしたらこちらの男に対してだよ」


 話が長引きそうなので、ここでルウが間に入った。


「ジェロームさん、こんな所で立ち話は何だ。話し合いをするなら屋敷の俺の部屋が良いだろう。ただ余り先入観を持たないで欲しいものだ。あんたは俺の事を知らないだろうし、俺もあんたの事を全て知っている訳ではない」


「俺がお前の事を知らない、だと?」


 ルウにそう言われてジェロームは憎しみの篭った視線を投げつける。


「いいや、知っているさ。お前が俺の妹を騙してめかけにした事、妹のみならず両親に対して詐欺師のように上手く言い含めている事もな。どうせフランシスカ殿も含めて妻にした女達全員に魅惑テンプテーションの魔法でも使っているのだろうよ」


 ジェロームの憎しみの感情と言葉はエスカレートする一方だ。

 その罵詈雑言にジゼルはもう耐えられそうもない。

 ルウと結ばれるように告白したのは実は自分からだと口篭りながらとうとう兄に伝えたのである。


「兄上、もう失礼な物言いはやめて貰おう。いいか? 私は騙されてなどいない。悔しいが旦那様はこう見えて、とても奥手だ。恥ずかしい話だが実は私からアプローチして妻にして貰ったのだ。ちなみに屋敷に居る女達は皆、私と同じ『押し掛け女房』さ」


 しかしジェロームはそんな事を信じない。


 はぁ!?

 女達が次々と一方的に惚れてくれるって?

 男にとってそのような夢みたいな話は架空の恋愛小説の中だけだ!


「な、何だと!? そ、そのような馬鹿な事があるわけがない! 魔法だ、やはり邪悪な魅惑テンプテーションの魔法を使って人心を惑わせているに違いない」


 そしてルウに向き直ると息を大きく吐いてこう言い放った。


「最初は手土産でも持って行って穏便に話してゆっくりと妹を説得しようと思ったが、この様子では一刻の猶予も無いようだ。よしっ、ルウ! お前に決闘を申し込むぞ、絶対に逃げるなよ!」


 それを聞いてルウは思わずくすりと笑う。


「ははっ。面白いな、貴方は」


「な、何だと!?」


「ジゼルに良く似ている。やはり兄妹だ、俺が彼女と最初に会った時もこうなったぞ」


 ルウの言葉を聞いた途端、ジゼルが顔を真っ赤にして取り縋り、両手を合わせてルウに頼み込む。


「ま、待て! だ、旦那様! その時私は旦那様の事をよく知らずに突っかかっただけだ。今となっては葬り去りたい黒歴史でしかない。だからもう言わないでくれ」


 しかしルウはそんなお前が嫌いじゃないとジゼルに優しく言ったのである。


「ははっ、でもあの直向ひたむきさがお前の良い所でもある。後輩の為を思って一生懸命やっていただけだと俺には分かるんだよ」


「あ、ありがとう。旦那様。しかし良く考えれば何も理解せずに私は己の価値観だけで物事を見過ぎていた……ああっ、そうか。今の兄上もそうなんだ」


 ルウに言われてジゼルはかつての自分が今の目の前の兄だと気が付いたようだ。

 そんなジゼルを見ながらルウは穏やかな表情で言う。


「ジェロームさん、決闘を受けるのは構わないが、もし俺が勝ってもあんたは心の底から納得はしないだろう。決闘以外の違うやり方も考えた方が良いと思うぞ」


「な、何だと! もうお前が勝つような言い方をしおって! お前の従士は確かに強かったが、あるじもそうとは限らないだろう。俺はお前をこてんぱんにして妹を両親の下に連れ帰る、それだけだ」


 やはり今日のジェロームの屋敷への訪問の趣旨はこのような事だったのだ。

 そんな兄の偏屈さにジゼルは頭を抱えてしまう。

 しかしルウは面白そうに笑った。


「ははっ、そう言えば先日はバルバとヴィーネンも騎士隊には世話になったのだったな、申し訳ない」


 従士達が王都騎士隊と一緒にリーリャの護衛を務めた事に対して改めて礼を言うルウである。


「そうだ、あの2人は純粋な騎士とは言えないが、あれだけの強さを誇りながら無欲であり、騎士道精神は理解した素晴らしい男達だ。しかしルウ、お前は違う。あえて言うならばただの腐った女衒だ」


「腐った女衒? それは酷い! 旦那様は私達に身体を売らせるなどしてはいないぞ!」


「ははは、ジゼル! こいつは女衒でなければ薄汚い女たらし…………」


沈黙サイレンス!」


 ジェロームの言葉が暴走気味になって来たのでルウはジゼルの事を考えて沈黙の魔法サイレントを発動したのである。

 急に言葉が出なくなり吃驚して、口をぱくぱくするジェローム。


「ジェロームさん、俺は未だいい。だがあんたが今言っている言葉でジゼルがどんなに傷ついているか、分かるか?」


 ルウの非難に思わず口篭るジェローム。

 彼がジゼルの方を見るとあの気の強い妹が辛そうに俯いていたからである。

 

「まず貴方と話し合いはさせて貰うが、その上でどうしても言うなら決闘を受けてやる。その代わり貴方が負けたら俺の言う事を一切聞いて貰うぞ」


 ルウの目には僅かだが怒りの色が浮かんでいたのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 屋敷に戻ったルウ達を見た妻達は吃驚する。

 憎しみの篭った目をした偉丈夫がルウとジゼルと一緒にいきなり屋敷を訪れたからである。

 しかしジェロームと晩餐会などで面識のあるナディアとジョゼフィーヌは一応挨拶をして深くお辞儀をした。


「ジェローム様、お久し振りです」「ジェローム様、ご機嫌麗しゅう」


「…………」


 2人に対して何か言おうとしたジェロームではあったがルウの沈黙の魔法の為に言葉を発する事が出来ない。

 驚いたナディアは2人に問う。


「旦那様、ジゼル、一体どうしたの?」


「ああ、ナディア。彼は今、興奮していて理解不能な言葉を吐く。後でゆっくりと話せるようになるからな」


 勘の良いナデイアはそれだけで今の状況を理解したらしい。


「分かった、旦那様。今日は未だフラン姉が残業で帰って来て居ないんだ。モーラルが馬車で迎えに行ったからそろそろ戻ると思うのだけど」


 ルウはフランの不在を聞くと改めてナディアに指示を出す。


「では暫し、俺の部屋でジゼルを交えて話し合う。フランが帰って来たら部屋に来るように伝えてくれ」


「旦那様、ボクは行かなくて大丈夫?」


 ナディアはルウをじっと見詰める。

 親友であるジゼルの問題でジェロームと面識のある自分が少しでも彼女の助けになりたいと考えたらしい。


「ああ、ありがとう。話をする時に自分が1人なのに意見が同じ相手が大人数では彼も気が滅入るだろう。お前が必要になったら念話で呼ぶから待っていてくれ、あとこれは彼と俺からのお土産だ」


「あ、美味しそうだね。旦那様、ありがとう! 分かったよ、何かあったら直ぐ呼んでね。待っているからさ」


 ナディアはにっこりと笑うと「信じています」とルウに向って小さく呟いたのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ