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第271話 「幕間 工務省」

 ヴァレンタイン王国王都セントヘレナ官庁区工務省内の会議室、月曜日午前10時……


 ここ工務省の会議室では今週午後からの土木工事の進行確認会議が行われていた。

 進行役を担当しているのは工務省工事担当主任のブレーズ・ベルトンである。

 彼の管理下にはアンノウンを召喚して古代魔法の遺物『ゴーレム』を使役する召喚術師サマナーが10人ほど所属していた。

 その中にルウの同僚教師アドリーヌ・コレットの魔法大学での同級生イザベル・ブーケも含まれている。


 来週施工するいくつかの案件をまとめてから、ゴーレムの機能や術者の能力を考えて振り分けるのだ。


「じゃあイザベル、君には悪いけど『泥の池』を担当して貰うよ。良いね?」


 そう言うブレーズの横顔には皮肉な笑いが浮かんでいる。


「ええっ、ど、泥の池ですか!?」


 驚くイザベルであるが、上司であるブレーズの表情を見て何となく合点がいった。


 もう!

 本当に嫌らしい男だわ。

 先週の食事会が巧く行かなかったから、絶対にその意趣返しね。

 しつこく口説かれたけど少なくとも私は断って正解だったわ。


 イザベルは頭を振って、そう思い直すと表情を元に戻した。

 そして「喜んで対応します」と答えたのである。

 そんなイザベルを見てブレーズは腕組みをし、さも意地悪そうに言う。


「ふふふ、良い返事だね。最近あの池の悪臭が酷くてね。王都の中にまで漂って来るからクレームも出ているんだ。だからさ、君の自慢の相棒である巨人ギガンテースのゲルズちゃんと一緒にちゃっちゃっと軽く埋め立ててよ。他にも2人、担当はつけるから3人で作業すれば大丈夫だろう?」


 こ、こいつ……まさか部下だけ行かせるんじゃないよね?


「しゅ、主任はどうするのですか?」


「僕? 僕は他の仕事で忙しいからさ。後は任せたよ」


 思わず聞くイザベルに対してブレーズは澄ました顔で言い放った。


 うわぁ、最低!

 やっぱり『ちっちゃい』男だ!


 その瞬間、イザベルの中でブレーズの男としての点数は最低になっていたのである。


 イザベルはブレーズの言った事は忘れる事にした。

 この流れでは仕事としてやらねばならないのである。

 彼女は『泥の池』の記憶を呼び起こしてした。


 この泥の池というのは、いつからか王都のゴミが不法投棄されるようになった場所だ。

 元々はゴミなど全く無く、澄んだ美しい水が湧き出る小さな池であった。

 しかし何者かがゴミを捨て始めたのをきっかけに捨てられるものは次第にエスカレートした。

 人間のし尿や生ゴミ、生活排水、果ては人間や動物の死体まで捨てられるようになると、小さいながらも美しかった池は見る影も無くなり現在は耐え難い異臭を放つようになった。

 最近はこっそりとゴミを捨てる不届き者以外は近寄る者など皆無なのである。


 最近は王都の城壁を越えてその異臭が街にまで流れ込んで来るようになった。

 そうなると工務省にクレームが殺到する。

 大半はあんな場所など埋め立ててしまえという怒りのクレームであった。

 一般市民からの投げ文が殆どなのだが、貴族になると来て直接言いに来る事も多いのである。


 最初のうちはスルーしていた工務省ではあったが、有力貴族から文句が出始めると重い腰をやっとあげた。

 そして近いうち、埋め立てを行う事を貴族達に約束したのである。

 しかし決めたのは良いがそれを実際に行うのは工務省の現場の者達だ。

 すなわちイザベル達、召喚術師のチームなのである。

 工事決定から1週間程、イザベル達は戦々恐々として日々を過ごした。

 誰もあんな酷い場所の工事担当になどなりたくないのだ。

 いくら自らではなく巨人ギガンテースを使役して作業を行うにしてもである。

 皆『貧乏くじ』は引きたくなかったのだ。

 

 それが寄りによって押しつけられる形で自分の担当に決まってしまった。


 イザベルはついていないと肩を落とし、小さく溜息をついたのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 工務省職員食堂、月曜日午後12時……


 イザベル・ブーケは愕然としていた。

 主任のブレーズ・ベルトンの指示を受けて仕事の段取りを組む為に省内を回って確認を取ろうとした所、ブレーズは自分の仕事も含めてイザベル達現場の担当3人に仕事を一切丸投げしてしていたからである。


 今回の『泥の池』埋め立て工事の下請けである土木作業員達の差配までイザベルがすると聞いた時は目の前が真っ暗になったのだ。

 工務省初年度勤務のルーキーであるイザベルはもとより今回、ブレーズに言われてチームを組んだ2人はそれぞれ2年目、3年目の若手だったのである。


「ちょっとぉ、信じられない。私達3人が作業員さんとの交渉まで全部やるんですか?」


 イザベルが肩を竦めると勤続2年目のダニエル・アスランも苦笑する。


「僕達、完全に経験不足ですよね。エミリーさんがいらしたから折衝は何とかなりそうですが……第一、主任の仕事を何故現場の僕達がやるのでしょうか?」


 当然の疑問である。

 何しろ3人はそのような権限を、持たされていない。

 3年目のエミリー・ベルも苦虫を噛み潰したような表情だ。


「あいつ、なるべく現場に出たくないのよ。『泥の池』なんて尚更よ。面倒な仕事になるといつもこうやって適当にお茶を濁して、直ぐに上の管理職に行こうとしているみたい」


 そこでダニエルが疑問に思っていたらしい事を投げ掛けた。


「でもあの人、良くこの3人だけで現場に出す許可を上に対して取りましたね」


 それを聞いたエミリーが心底嫌そうな顔をする。

 ブレーズのやり方を良く知っているようだ。


「そういうのって、あいつ得意みたい。若手に経験を積ませてとか適当に言い含めてしまうのと、最後にはあいつのお父様の名前を出してね」


 ブレーズの父マクシム・ベルトン伯爵は工務省のナンバー2である事務次官である。

 何とマクシムは次男のブレーズを縁故採用に近い形で自分と同じ職場に押し込んでいたのである。


「そんな人だって……余り知らなかったから金曜日、酷い目に合いましたよ」


 イザベルがエミリーに金曜日の食事会の事を告げると彼女は同情的な目を向けた。


「そうそう毎年、ルーキーが食事会に誘われるのよね。そこであいつの本性が初めて暴露されるって事」


 そうか!

 あいつ、毎年、毎年新人女性を餌食にしようとしていたのか。

 くうううう!


 イザベルはそれを聞いて悔しくて堪らない。

 彼女の拳が強く握られてわなわなと震えている。


「うう、私の大切な金曜日の夜を返せって言いたいです。親しい友人まで紹介してしまったから不味いですよ。騙される前に直ぐ、あいつはとんでもない駄目男だって連絡しておかなきゃ!」


「その方が良いわね、大事な友人を失いたくなかったらね」


 うんざりした顔で友人へのケアを勧めたエミリーだったが、笑顔に戻ったイザベルの顔を見て怪訝な表情になる。


「どうしたの?」


「いえ、でも格好良い人が1人だけ居たから救いだけど」


 イザベルが思い出したのはルウであった。

 しつこく誘う事もせず、さりげなく帰りの足である馬車を用意してくれたのだ。

 むくれていたアドリーヌを除いては概ね友人達の評判も良かったのである。


 しかしそれが却って不味かったのだ。

 過去の苦い体験がエミリーの脳裏にはっきりと甦って来たらしい。


「本当!? 良いなあ、それ! 私の時はろくでもない男ばっかりだったよ。くうう、悔しい。思い出すと腹立って来た」


 今度はエミリーの顔が怒りに染まる。

 一瞬どうなる事かとじっと見守る後輩2人……


「仕方無いわ! この悔しさは仕事にぶつけてやる!」


 何とか怒りの矛先が仕事に向いたのを見てイザベルとダニエルは肩を撫で下ろしていたのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ヴァレンタイン王国王都セントヘレナ官庁区工務省魔法土木課、翌日火曜日午前10時……


「じゃあ、そういう事だから、よろぴく」


 いつも以上に軽いノリで告げたブレーズは軽く手を振りながら自分の席に戻って行った。

 イザベル達3人が何を告げられたかというと昨日指示を受けたばかりの仕事が急遽中止になったという連絡である。


 その理由も奇怪であった。

 昨日、投げ文のあった連絡者である善良な一般市民某が『泥の池』に行った所、まるで別の場所のような趣だったそうだ。

 汚物は綺麗に片付けられて池は浄化された上に色とりどりの花が咲き乱れ、たくさんの小鳥が自由気侭きままに遊んでいたそうだ。

 その上、その某は何者かが張ったらしい魔法障壁か結界に阻まれ池まで近づけなかったらしい。


「不思議な事もありますよね。魔法だとしても方法も皆目見当もつかないし、実施したとしても優秀な魔法使いがたくさん必要ですよね」


 イザベルはどのような人間が池の浄化を行ったのかがとても気になるらしい。


「まあ善良な一般市民某といっても、どうせこっそりとゴミを捨てに行って吃驚して戻ったんでしょうけど」


 エミールは苦笑している。


「でもどうするのですかね? 折角綺麗になったんですから、まずゴミなんて捨てさせないようにして公園にするとか、これからは工務省でしっかりと管理した方が良いと思いますよ」


 ダニエルは先の事を考えているようだ。

 しかしエミリーは多分放置だと苦笑した。


「でも魔法障壁なんて魔法省にも解除出来る人なんて滅多に居ないでしょう。魔法大学はまず嫌がるだろうし、フリーの魔法使いに依頼したりしたらとんでもない契約金を取られるから、まず工務省ウチじゃあやらないよね」


 ダニエルがそれを聞いてすかさずエミリーに同意した。


「結局、街道沿いとか、重要な場所では無いから……いずれやるって事になりますね。そうだ、王都騎士隊に頼んだら良いですよ。あえて言えば悪の魔法使いの巣窟があるかもしれませんから」


「全くね」


 エミリーとダニエルがそんな会話をしているうちにイザベルはルウが気になっていた。

 彼とであればまず話題は魔法ありきで、このような会話をしたとしても、とても楽しいに違いない。


 また彼に会いたいな……でもアドリーヌは完全に片思いね。

 だとすれば……私にも!


 イザベルは拳を握り締めて密かにある決意を固めるのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


新連載始めました。

こちらもご一読の上、お引き立て宜しくお願いします。


『異世界お宝ブローカー、俺は世界を駆け巡る』


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