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第27話 「召喚」

 翌朝……


 フランが、残念そうな顔をして起きて来た。

 使用人が起こしても、彼女は中々起きなかった。

 なので、ルウとアデライドは先に食事を始めている。


「どうしたの?」


 アデライドが笑いながら、不貞腐れた表情の愛娘に聞く。

 そんなフランの傍らで、ルウは何事も無かったかのようにゆっくりと食事を摂っている。


「……もう少し起きていて、ルウと魔法談義をしていたかったの……」


 愛娘が口を尖らせているのは案の定、大した理由ではない。

 アデライドは苦笑し、フランへ尋ねる。


「……授業の準備はどうなの? ルウは上手くやれそう?」


 母から聞かれ、フランは大きく声を張り上げる。


「聞いて、お母様!」


「どうしたの? いきなり、そんな大きな声で」


「それがね……ルウは凄いの! 教科書全部、それも全ページの内容をもう覚えたの! それどころか魔法式も全部覚えたのよ!」


 フランはそう言い切ると、大きな溜息を吐いた。

 さすがにアデライドも、呆気に取られている。


 ルウ……貴方って、呆れた子……

 でも……当然か……

 次期ソウェルに、指名されるくらいの器なのだから……


 アデライドも無理矢理自分を納得させたが……

 ルウにも聞いてみたくなった。


「ねぇ、ルウはどの教科を生徒に教えてみたい?」


 そんなアデライドの言葉に、ルウは首を傾げた。

 何故か、答えに困るという仕草である。


「どうしたの?」


 思わず尋ねたアデライドに対し、ルウは相変わらず穏やかな表情で返す。


「いや……何でも良いですよ、俺」 

 

 何でも良い?

 何、それ?

 あまり自分の主張が無い所が、唯一の欠点?

 

 そう思い、アデライドは少し可笑しくなった。

 ここぞとばかりに、フランが口を挟む。


「適任は、絶対に魔法攻撃術の教師ね! 多分、魔法防御術も凄いんでしょう? ルウ」


 ルウは穏やかに笑ったまま答えない。

 フランの質問に対し、肯定も否定もしていないのだ。


 アデライドも、愛娘の言葉に追随する。


「今、専門学科で特に要員として欲しいのは魔法攻撃術と上級召喚術ね。どう?教えられる、ルウ?」


「ああ、それなら、両方大丈夫だ!」


「それなら? じゃあ苦手な学科があるのね」


 アデライドが悪戯っぽく笑い、フランがルウの手を握って「教えて」とせがむ。


「ええっと、占術は出来なくはないけど……ちょっと……な」


 ルウが答えた瞬間。

 何とフランが弾けるように大声で笑い出した。

 多分、怪しげな占い師の風体をしたルウを想像したのであろう。

 

「あらあら、食事中ですよ、フラン」


「あははは、ごめんなさい、お母様」


「もう! 食事中に大声で笑うなんて、淑女としてはあるまじき行為よ」


 娘を叱りながら、アデライドも笑っている。

 ルウも苦笑しているが、心から占術が嫌という雰囲気ではない。


「学科の話は後で相談しましょう」


 アデライドの言葉でこの話題は保留となり、朝食は終わったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 朝食も終わり、ルウの教える専門学科の件で、改めて相談をしようという事になった。

 込み入った話になる可能性もあったので、3人はアデライドの研究室へ移動したのだ。


 フランが紅茶を淹れ、3人はまた話を再開した。

 まず口を開いたのは、アデライドである。


「ルウの教える専門学科の事だけど……魔法攻撃術と上級召喚術にしましょう」


 アデライドは既にルウの担当を決めていたようである。


「ああ、俺はそれで良いよ」


 ルウが了解したので、次にすり合わせするのは、当然表向きに発表する、ルウの魔法属性である。


 アデライドは、念を押す事を忘れない。


「ルウが全属性魔法使用者オールラウンダーだって事は隠さなきゃね」


「確かに! 厳重に隠さないといけないわ」


 フランも母とは全くの同意見だ。

 もし全属性魔法使用者オールラウンダーだという、ルウの秘密が露見すれば、絶対に王家がルウを引き抜きに来る。

 そう確信していた。


 アデライドは一応尋ねてみる。


「じゃあ、ルウ。一応、貴方の属性を決めましょう。適性と準適性をね。何か希望はある?」


「…………」


 アデライドの問いかけを聞いたルウは、すぐには答えなかった。

 今までフランが見た事もない、困った顔をしている。

 

 そんなルウの表情を見て、フランはくすりと笑った。

 たまにはこんな表情を、ルウもするのかと思い、少しだけ可笑しかったからだ。


「じゃあ私が選ぼうか?」


 選択を申し出たアデライドに、ルウは真剣な眼差しを向けて口を開く。


「いや、アデライドさんに選んで貰って、万が一何かあったら困る」


「え? 万が一?」


 たかが、そんな事とは言えないらしい。

 他人がルウの属性を云々した場合、下手をすれば……精霊の恨みを買うとルウは言う。

 常識ではありえない、つまらない事かもしれないが、精霊の価値観は人間とは違うらしいのだ。


「困ったわね」


「俺が自分で決めますよ」


 苦笑するアデライドに対して、ルウは暫く考えた後にそう宣言したのである。

 そして学園の教師達の状況を聞いた。


 アデライドとフランによれば……

 教師の適性は水属性が1番多く、以降は土、風、火の順なのだそうだ。

 ちなみにケルトゥリはアールヴらしく土と水である。

 

 そういった事情も聞いたルウが結局決めたのは……

 火の属性を適性とし、風の属性を準適性にする。

 つまりアデライド、フランと同じ適性にしたのだ。

 

 ルウは穏やかな表情で言う。


「そうすれば、万が一何かあった時も融通が利きますよ」


「じゃあ決まりね、魔法適性は。次は上級召喚術だけど……ルウ、貴方に召喚対象が居れば教えてくれる?」


「了解!」


 ルウによれば……

 精霊以外に何体か、自由に呼び出せる召喚対象を持っているという。

 

 それを聞いたフランは首を傾げる。


「ねぇ、ルウ。念の為……貴方の召喚対象って使い魔だよね?」 


 ヴァレンタイン魔法女子学園では、新2年生になってから使い魔召喚の授業がある。

 まずは低位の魔物から召喚し、適性を見る。

 もしも召喚術者としての才能があれば、高位の魔物を使いこなして行くのだ。

 

 逆に才能が無ければ……

 高位の魔物の制御など到底無理であり、逆に支配されてしまう怖れがある。

 なので、召喚魔法の使用を許可されないのが普通である。


 低位の魔物とは……

 異界に存在する、低レベルの自我を持った精神体アストラルや、かつて現世に存在した小動物の霊の残滓である。

 

 小動物は猫、犬、鳥などが多いと言われており、その知能の為に使役しても出来る事は少ない。

 せいぜい、偵察やメッセンジャー、簡単なお使いくらいである。

 いわゆる『使い魔』と呼ばれる存在だ。


「ねぇねぇ! それで、ルウはどんな使い魔を召喚するの?」


 フランは興味津々である。

 しかしルウは首を振った。

 苦笑しながら、「使い魔ではない」と答えた。

 

 実は……

 アデライドやフランから見たら、眉をひそめるような存在からも、ルウは加護を受けたり、逆に彼等を使役している。

 

 ルウは基本的に、来る者は拒まずという方針であった。

 裏切らず、親身になって尽くしてくれる存在であれば、邪険にする謂れはないからだ。

 

 但しあまり隠しても、不審に思われるだろう。

 ルウは少し口籠りながら、質問に答える。


「ええっと、今のところ、3体かな……」


「3体なの? 凄いわね。一体何、教えて?」


 首を傾げるフランであったが、次にルウの口から出た召喚対象の名には、アデライドと共に吃驚した。


「えええ! ケ、ケルベロス!!! それ伝説の魔物じゃないの? じ、実在するの?」


「ああ、居るよ、実際に」


「そ、そ、それにグ、グリフォン!?」


「ああ、ちょっと大きめだけど……一応、グリフォンだ」


「まあ! ケルベロスにグリフォンねぇ……確かにそれは……使い魔とは言わないわ」


 驚くフランと共に、アデライドが苦笑した。

 本当は驚くべきなのだろうが、あまりのルウの規格外さにもう笑うしかなかったのである。


 アデライドが苦笑したのは、他にも理由があった。

 そんな規格外の怪物を王都の中で召喚したら……

 町は大騒ぎ、くらいでは済まないであろうと。

 事情を知らなければ確実に、王都騎士隊を中心とした王国軍が討伐の為に出動する。


「ル、ルウ、残りのあと1体は何? もう少し可愛らしいのは居ないの?」


 フランがおずおずと聞いて来た。

 対して、ルウはといえば……


「う~ん、可愛らしいのかぁ……」


 腕を組み悩むルウであるが……

 ふたりが聞いたら、もっと吃驚する者を使役していると言う。


「実は……人間からは、忌み嫌われる存在なんだ。ふたりが許容するなら、明かすよ」


「え? い、い、忌み嫌われる? まさか! あ、あ、悪魔とかじゃあないでしょうね?」


「……近いかもしれない」


 アデライドはピンと来た。

 ルウは闇の魔術や死霊術も修めているのかと。

 

 そして恐る恐る聞けば……

 案の定、ルウは困ったような顔をして、ゆっくりと頷いた。


 大きなため息をついたアデライドは、またも苦笑するしかない……


 あの異形の正体をすぐ看破するくらいだもの。

 当たり前と言えば当たり前か……


 と、その時。


「私はルウを信じているから構わないわ、教えて!」


 いきなりフランが宣言した。


「ルウが信頼を置いて、使役しているんだもの……きっと良い子なのよ!」


「分かった。そこまで言うのなら」


 ルウはアデライドの方を見る。

 アデライドも黙って頷く。


 ルウはひと呼吸おいてから、一気に言う。


「俺が使役しているのは……夢魔、それも吸血鬼に近い夢魔なんだ」


「えええっ!? む、夢魔で吸血鬼!?」


 さすがにフランは吃驚した。

 ルウから、あれだけ前振りがあっても驚きを隠せない。

 

 夢魔で吸血鬼など……悪魔に匹敵する、怖ろしい怪物ではないか?

 何故、何故……ルウは?


「ふたりの身の安全は俺が保証する。今ここで召喚しよう」


 ええっ!?

 今?

 この部屋で、呼び出すの?


 どうしよう!

 こ、怖いっ!

 で、でも……

 私はルウを信じると決めたんだ!

 

 フランは唇をきゅっと噛むと、拳を固く握り締めた。

 傍らでは、アデライドが目を閉じている。


 ふたりを見て頷ずいたルウは、召喚魔法の言霊を詠唱し始めた。

 昨日、彼が詠唱した言霊に近い物である。

 

 無論、フランとアデライドには知る由もないが……


現世うつしよ常世とこよを繋ぐ異界の門よ、我の願いにてその鍵を開錠し、見栄え良く堂々と開き給え! 我が呼ぶ者が冥界の途を通り、我が下へ馳せ参じられるように! その御業はかつて明けの明星と呼ばれ、神の使徒の長を務め、この地に堕ちた者の御業なり。我、既にその者の加護を得たる者にてその御業を使いこなす者。さあ開け、異界への門よ!」


 研究室の床が、眩く輝いている。

 ルウが召喚する……夢魔がとうとう現れるのだ。


 一方……

 ルウの詠唱を聞いたアデライドには、『気になる一節』があった。

 それは……

 「明けの明星として輝きながら、地に堕ちたる存在の加護」という部分である。

 

 もし、それが本当なら、この子は……

 ルウはあの、恐るべき大魔王の加護によって守られている事になる……

 

 大魔王の使徒!?

 まさか!


 そんなアデライドの思いは、3人の目の前に現れた、魔族の少女によって破られる。


「我が名はモーラル……ルウ様の配下にて、現世うつしよ常世とこよを行き来する者なり……」


 ルウの召喚により姿を現した少女は、厳かな声でそう名乗ったのであった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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