第268話 「不死竜」
ネビロスはルウの様子を見て面白そうに笑う。
「ふふふ、これからお前と戦うに相応しい相手を用意してやったぞ。儂に感謝するが良い」
ネビロスはそう言うと複雑な印を結びながら言霊を詠唱する。
「冥界に蠢く死の竜よ。その崩壊した肉体を突き動かし、復讐するが良い」
ネビロスの魔力が高まり、一気に魔力波が放出される。
闇に近かった黒の異界の一角が急に明るくなる。
「召喚!」
ごはあああああああ!
その瞬間巨大な影が黒の異界に現れ、いきなり不気味な咆哮が鳴り響いた。
同時におぞましい瘴気と腐臭が辺りに立ち込めたのである。
「ははは、今お前の纏っておるその革鎧の主を呼んだ。すなわち神の御子の成れの果て……真竜王の不死者、ドラゴンゾンビだ。どうだ、良い相手だろう? お前の師であるシュルヴェステル・エイルトヴァーラが倒した古代竜だ……お前の師に皮を取られてからその亡骸を儂が拾い上げ、冥界で様々な古代竜の身体を繋ぎ合わせて作り上げたアンデッドの傑作よ」
「それはありがたい心遣いだ。痛み入る」
出現したのは全長は約30m、体高は楽に5m以上はありそうな巨大な竜である。
しかしひと目で闇の世界の住人である不死者だと分かるのは腐り切った肉体と意思の見えない目であった。
「ははは、儂の心遣いが理解出来るとは……それだけは唯一褒めてやろう……行けぃ! 死せる竜よ! 自身の仇を討つが良いわ」
ずしゃり、ずしゃり……
腐り切った肉体を引き摺る音がとこちらに向かって来る。
そして怨念としか言い様がない憎悪の魔力波が容赦無く向けられた。
がはあああああ!
ドラゴンゾンビの口から容赦なく大量の瘴気が吹きかけられる。
現世にあるもの全てを腐らせてしまう強烈な瘴気だ。
「効かないな……何だ、これは?」
しかしルウは平然としているだけでなく、指を曲げてドラゴンゾンビを挑発したのである。
「うぬう! さすがにあの御方の使徒だけある。闇の瘴気は効かぬか? ではこれはどうだ、精霊の加護がないお前にはひとたまりもあるまいて」
ネビロスが合図をするとドラゴンゾンビの口の奥が明るく煌き始めた。
瘴気に続いて何か放射するつもりであろう。
かああああああっ!
続いてルウに吹き付けられたのは大量の冷気である。
その瞬間であった。
ルウから放出されていた魔力波がいきなり実体化して大きな影となり彼を完全に囲ったのだ。
大量の冷気は大きな影を包み込んだが、徐々にその拡散されてやがては全く消えてしまう。
「いきなり! な、何だ? あ、あれは!?」
ネビロスは徐々に実体化した影を見て驚いた。
少しずつ輝き始め実体化したその影はやがて12枚の巨大な美しい翼となったからである。
「ま、まさか……まさか、あの翼は……あの御方がお持ちである絶対防御の象徴、完全な翼か!?」
かつての大天使長しか持ち得ない翼を見て呆然とするネビロス。
その様子を身を隠して見ていたらしい『妖精王』の驚きの声もこの黒き異界に響き渡った。
「ば、馬鹿なぁ! あの御方からの力の干渉は我が異界では絶対に無理の筈だ! あれは断じて完全な翼などではない! ネビロス、どんどん攻撃させるのだ、奴を殺せ!」
動揺したネビロスもその声を聞いて何とか平静さを取り戻したようだ。
「ああ、王よ。承知した! では物理的な攻撃はどうだ! 魔法と違い奴の貧弱な肉体ではドラゴンゾンビの突進にひとたまりもあるまいて!」
ずちゃっ! ずちゃっ!
ネビロスの意を受けたドラゴンゾンビが巨体を揺すって突進した。
その様子を腕組みをしたネビロスが見守っている。
「ふふふ、あれが本物の完全な翼でない限り、弾き飛ばされ、踏み潰されるのが落ちじゃて」
しかしネビロスの期待はあっさりと裏切られた。
ドラゴンゾンビがルウに体当たりした瞬間である。
硬い岩にぶつかった様な音がするとドラゴンゾンビのその巨体は逆に50m以上も弾き飛ばされていたのだ。
「ば、馬鹿なぁ! 馬鹿なぁ! という事は一体あの翼は何なのだ! この世界に2つとないあの御方しか持っていない翼の筈なのに」
ばさり……
ネビロスが驚愕の表情を浮かべる中、ルウを包んだ翼が開かれその背に左右に大きく広がった。
「おお、おおおお! 間違い無い! あの御方の翼じゃ、あの御方の神々しい翼じゃ」
中から現れたルウは閉じていた目を静かに開けると起き上がってもう1度突進してくるドラゴンゾンビを静かに見詰める。
そしておもむろに右手を高く掲げるとその先端から黄金の魔力波が一直線に伸び、剣の様な形状となったのだ。
「ま、まさか!? あれは……あの輝きは……ぬ、抜き身の剣か!?」
ネビロスは更に驚いていた。
ルウが繰り出した魔力波は最強の大天使が所持する降魔の剣のような雰囲気なのだ。
「そ、そんな筈はない! 光と闇の力は魔法くらいならいざしらず、神の御業とも言える完全な翼と抜き身の剣をあんな人間が一度に使える訳がないっ! ……そのような者が居るとしたらそれは……」
がああああああ!
その間にドラゴンゾンビが咆哮と共にルウに向ってまたその巨体を突っ込ませた。
「しっ!」
その瞬間、ルウの口から裂帛の気合が発せられ、振り下ろされた右腕から放出された黄金の魔力波がドラゴンゾンビに吸い込まれたのである。
ぐはあああああああああああ!
ドラゴンゾンビの断末魔の声が上がった。
ルウの手刀が振るわれるとドラゴンゾンビの額から身体にかけて黄金の光の裂け目が入った。
そして身体のあちこちから同じ光が洩れて来る。
「解き放たれよ! 呪われし、竜! 救われよ! 気高き竜!」
ドラゴンゾンビの身体がルウの言霊を受けて四散した。
ルウが振るった降魔の剣により、天に忌み嫌われて恨みと憎しみの中、さまよえる魂となっていた、この神の御子に漸く安息の日が訪れたのである。
「そのような者は神か神の御子しかいない……奴は……神……なのか?」
光り輝いて四散して行くドラゴンゾンビを呆然と見ながらネビロスはそう呟いていたのであった。
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