第266話 「悲哀」
妖精グウレイグは人間の裏切りから完全に怒りと憎しみに取り憑かれている。
「分かったろう! お前如き矮小な人間が我々、妖精を救おうなどとおこがましいわ!」
「妖精王……」
ルウはもう1度呟くと、不可解な表情で首を横に振った。
「グウレイグよ、よく考えろ。妖精王が死霊術などを行使するのかどうか……闇の住人である屍食鬼を使役し、人の子を脅かす事を偉大なる王である彼が行うのかを」
ルウの呼び掛けにもグウレイグは頑なな態度を崩さない。
むしろルウが自らの主に対して敬称をつけないで呼ぶのを聞いて怒りを爆発させる。
「黙れ、黙れ! 人間が、下等な人間如きが偉大なる我等が妖精王であるオベロン様を呼び捨てにするとは以ての外だ。許さんぞ! ええい、最早問答無用だ! 我が眷属達よ、出でよ! こやつらを1人残らず喰い殺すが良いわぁ」
その瞬間池の底に蠢く邪悪な闇の気配があちこちから立ち昇る。
ぼこり……ぼこり……ぼこり
ぼこり……
グウレイグの叫びと同時にあちこちから泥土が盛り上がり、モーラルを襲った時と同様にあちこちから屍食鬼の腐り切った手が突き出された。
おぞましい魔力波が前衛のルウ達に浴びせられる。
続いて原形を止めない腐敗した顔が突き出され、意思のない目がルウ達をじろりと見回した。
それを見てフランは言霊を朗々と詠唱した。
「火蜥蜴よ! この大地の血脈にして偉大なる火の精霊よ! 人々に生きる力と恵みを与える神の使いよ! 我は欲する、そなたの力を! さあ我が前に現れよ!」
大気に大きな音が何度も鳴り響き、膨大な魔力波が何者かに変換されて行く。
魔力が最高に高まった所でフランは偉大なる火の精霊の名を魂を込めて呼んだ。
「偉大なる精霊、火蜥蜴! 我が前に現れよ!」
かあああああああああ!
魔力波から変換された精神体が出現し、フランの呼びかけに応えて雄々しく吼えた。
「ははは、奥様もやりますな。では私も……」
アスモデウスはにっと笑みを浮かべるとすっと右手を挙げた。
すると掌の上に巨大な火球が現れる。
彼が冥界から呼び寄せた煉獄の炎だ。
ルウはここで魔法障壁を消失させた。
障壁があるとこちらからの攻撃が出来ないのである
ルウは一気に片をつける気持ちなのだ。
フランの傍らに居たモーラルが身構える。
今日のモーラルの役回りは攻撃役であるフランの警護だ。
彼女が火蜥蜴を召喚している際の無防備な状態を守れと指示をされている。
屍食鬼達は泥土の中から続々と出現し、意外にも早い動きでフラン達に向って進んで来ていた。
それを見たモーラルの声が響く。
「フラン姉! アスモデウス! 屍食鬼達が迫っているわ!」
「了解! 火蜥蜴、火の息よ!」
「煉獄の炎よ、奴等を燃き尽くせ!」
かああああああああ!
ごうっ!
火蜥蜴の咆哮と共に放たれた火の息と火球が大気を切り裂いて進む音が重なり合い、屍食鬼達の群れに着弾した。
2つの強大な火炎が交差して轟音が鳴り響き、屍食鬼達に降魔の炎が次々と燃え移って行く。
ぐわあああああああ!
ぎゃあああああああ!
火達磨になり苦悶しながらあっけなく炭化する屍食鬼達。
大声をあげて息絶える様子を見れば、恐怖と言う感覚は失っても痛覚は残されているらしい。
「どんどん来ますぞ、奥様!」
「分かったわ、アスモデウス」
フランとアスモデウスは次々と攻撃を繰り出し、屍食鬼達を倒し続けたのであった。
一方―――ジゼル達を襲おうとしている屍食鬼達は彼女達を餌として認識したのであろうか、人の声ではない怖ろしい叫びを発した。
あひゃあああああああ!
「きゃあああ!」「いやぁ!」「うわぁ!」
初めて間近で見る不死者の姿とそのおぞましい声に妻達の悲鳴があがる
すかさずバルバトス、ヴィネ、オセの悪魔達が盾役として前面に立つ。
動揺する後方支援担当組の妻達の中ではジゼルだけが冷静であった。
「皆、落ち着け! バルバトス殿始め盾役が前衛に居るし、屍食鬼などは下っ端の不死者だ、どうという事はない! 注意するのは妖精グウレイグとまだその背後に潜む邪悪な者達だ」
そこに新手が現れた。
不死者の王として高い能力を持つリッチーが空間からいきなり現れたのだ。
リッチーはジゼル達に襲い掛かる屍食鬼共を援護するように硬く凍結した氷柱を魔法を行使して放ったのである。
しかしルウには魔法を行使する敵は最初から想定済であった。
盾役の悪魔達にしっかりと指示を入れてあり、その意を受けたヴィネが得意の魔法を発動したのである。
「来たりて敵を撃て、暴風! 我等に纏い障壁となれ、荒れ狂う水よ!」
ルウには結局効かなかったが、アスモデウスの炎同様ヴィネの魔法は元々とても強力である。
荒れ狂う暴風が魔法を発動した直後の無防備なリッチーと攻め寄せる屍食鬼の身体を容易く粉々にしてしまう。
それと同時に暴風は飛来した氷柱の軌道も乱し、目標を見失ったように舞う氷柱はヴィネによって障壁として纏った硬質化した水壁により全てが弾かれたのだ。
また何とか暴風を掻い潜って襲おうとした残りの屍食鬼達は前に出たバルバトスとオセにより軽がると屠られたのである。
それを見たジゼルは更に声を張り上げた。
「よし! 私の言う通りだろう。これだけ強力な盾役が居れば大丈夫だ。それより今日の私達には旦那様から命じられた重要な任務がある。水と風の魔法使いとしてな。その時までじっと待つのだ」
ルウはジゼルの声を聞いて微笑むと飛翔の魔法で軽々と宙に浮かび上がった。
いよいよ本来の作戦の開始である。
フランとアスモデウスは相変わらず次々と攻撃を繰り出し、屍食鬼達を倒し続ける。
その間にルウは飛翔魔法により妖精グウレイグに向って一直線に突き進んでいたのだ。
「!」
自身の繰り出した不死者達が悪魔達に簡単に倒されて行く様に視線を投げたグウレイグに一瞬隙が出来た。
そうは言ってもまさか自分に向ってくるとは予想していなかったのであろう、虚を衝かれ驚嘆の表情を浮かべるグウレイグを軽々と横抱きに抱えるとルウは速度を上げてフラン達の元に戻ったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「殺せ! ひと思いに殺せ!」
束縛の魔法を掛けられて座らされているグウレイグはルウ達に囲まれて憎しみの眼差しを向けていた。
しかしグウレイグが捕らえられても屍食鬼達の攻撃は相変わらず執拗に続いている。
ただ屍食鬼達の攻撃は所詮こちらに向かって襲い掛かるだけの単調なものだ。
身体の耐久性も低いのでルウは迎撃を2人の悪魔に任せている。
アスモデウスが焼き払い、ヴィネが暴風で粉々にする戦法で楽々と撃退していたのである。
「やはりこの娘は死霊術師ではなかったな」
グウレイグに掛けた術者の自由を奪う束縛の魔法は行使している魔法を中断させる効果もあるのだ。
ルウが呟くとグウレイグがむきになって反論した。
「私の力など小さいもの、未だ貴様等には分からないのか? 死霊術も含めて全てが偉大なる妖精王オベロン様の力によるものだ」
それを聞いたルウはとても悲しそうな表情になる。
本物の妖精王ならおぞましい死霊術など行使するわけがないのだ。
しかし窮地に陥り、誰も頼る者の居なかったこの妖精はそんな常識さえも分からなくなっている。
ルウはそんな彼女が哀れでならなかったのだ。
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