第265話 「恩讐」
ここは黒の世界……
全くの闇と言わないのは仄かにでも明かりがあるからだが、その中に1人の少女が跪いていた。
そして少女の向かい側には王族のような豪奢な身なりをした男が1人立ち尽くしている。
「妖精王様……あの夢魔は不埒にも我々の聖なる領域に結界など張りましたぞ! 何と汚らわしい!」
――彼女は先程モーラルと戦っていた少女であった。
妖精グウレイグは吐き捨てるように言い放つ。
その言葉を聞いた妖精王はせせら笑った。
「あのような夢魔が作りし、ちゃちな結界など我が力にかかれば無い物同然。今度目の前に現れたら捕らえて我々の下僕としてくれよう、ははははは」
高らかに響く笑い声の中で先程のモーラルの顔を思い出したのかグウレイグの顔は憎悪に歪んでいる。
彼女は忌々しそうな表情で妖精王に問う。
「あの夢魔めが! また現れましょうか?」
グウレイグの問いかけにも妖精王は笑みを絶やさない。
そして予言めいた事まで言い出したのである。
「ふふふ、きっとまた現れる。直ぐにたくさんの人間の女共を連れてな、私には分かる」
それを聞いたグウレイグの視線が切なげなものに変わる。
多くの『生贄の女達』が来れば妖精王は満たされ、自分は捨てられるかと思ったのであろう。
「その者達も貴方様が下僕になさるので? それは楽しみです……ただ願えれば私をお捨てにならないようお願い致します」
グウレイグの必死な懇願に妖精王は彼女の耳元で甘い言葉を囁いた。
「ふふふ、お前は可愛い我が臣下だ。事が巧く運べば、いずれは妖精女王に劣らぬ扱いをしようと考えておるわ」
妖精王の言葉を聞いたグウレイグの表情に安堵の色が差し、それは直ぐに喜びに変わる。
彼女はその期待からか妖精王に自分の率直な希望を伝えたのだ。
「妖精女王様に劣らない扱いでございますか? ではいつか私は貴方様のお情けを頂き王の側室にして頂けると?」
「無論の事! この王は約束を違えぬ!」
「ああ、妖精王様。そのような過分なお言葉! 私は嬉しゅうございます。その為には身を粉にして働く所存!」
妖精王は歓喜に打ち震えるグウレイグを見ながらその表情を崩さず、僅かに口角を上げたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
王都セントヘレナ郊外、とある雑木林……
地が眩く光り、複数の男女が現れる。
高貴なる地の王アマイモンの力による魔法でここまで転移したルウ達だ。
その中で転移魔法を初めて体験するラウラは改めてルウをまじまじと見詰めていたのである。
「どうした? 吃驚したか? ラウラ」
ルウが聞いてもラウラはただ頷くのみだ。
実力が上の者に出会うと気持ちでやる気が出る者と萎縮する者がいるが、ラウラは完全に前者である。
魔力が漲り、ぴりぴりとして来たラウラを見てルウは微笑した。
そして皆に対して指示を出す。
「皆、ここは『泥の池』から歩いて数分の距離にある場所だ。我々が来たのをもう相手は感づいていると思ったほうが良い。慎重に進め、そして打合せの配置と役割の通りに行くぞ」
「はいっ!」
大きな声で直ぐ返事を返して来たのはフランであった。
続いて他の妻達や悪魔達からも了解したという旨の返事の声が上がった。
ルウは頷くと軽く息を吸い込み、早速言霊を詠唱する。
「害意ある力を撥ね退けし大いなる城壁よ、邪な誘惑を排除する大いなる意志よ、我等の盾となり拠り所となり給え」
あっという間にルウの魔力が高まって行く。
「防御!」
決めの言霊と共にルウ達の周りには強固な魔法障壁が張り巡らされた。
ルウが楓村で使用した物理・魔法両方に対応する万能型の魔法障壁である。
「ふふふ、さすがにあの御方の使徒だけの事はある。我等を召喚しておいてこれだけの魔法障壁を張り巡らすとはさすが底なしとも言える魔力量だな」
人化したアスモデウスはそう呟くとルウに改めて忠誠を誓う。
「ルウ様、私の先陣の希望を受け入れて頂きありがとうございます。貴方と共に戦うのは光栄です」
「ああ、お前が吐く冥界の炎は不死者どもを一気に焼き払って浄化するには持って来いだ。頼むぞ」
「ははは、貴方様には全く通用しませんでしたがな」
ルウの言葉にアスモデウスは苦笑し、頭を掻いた。
「私も旦那様のご指示通り、火蜥蜴を召喚して一緒に戦わせて貰うわ」
傍らに居たフランも気合の篭った眼差しでルウ達を見詰めている。
フランもルウと初めて出会った時と比べると全くの別人のようだ。
今回はルウが最初から居てくれる安心感と自分の力が格段に上がった事から来る自信が彼女が堂々と見せる立ち振る舞いの原因となっている。
今回はルウと悪魔達が盾役兼攻撃役となり妻達の中ではフランとモーラルだけが攻撃役、残りの者達は後方支援という役回りだ。
この決定に関してはさすがのジゼルも反対はしなかった。
相手が未知の上に確実に人ではない、怖ろしい人外であるからだ。
ルウは次に身体強化の魔法の発動の指示を出す。
魔法を行使出来る妻達が発動し終わると一行はゆっくりと進み始めたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ルウ達は『泥の池』につくと辺りを見回した。
モーラルが張った結界は何者かに破壊されており、池はしんと静まり返っている。
「旦那様、私の結界を破壊するとは……」
「ははっ、お前達など敵ではないという示威行為だろう」
その時であった。
モーラルがグウレイグに遭遇した時と同様いきなり池の中心から水柱が吹き上がる。
撒き散らす瘴気の強さが一段と増している。
この前と同じ様に水柱の先端にグウレイグが立っていた。
「性懲りもなくまた来たね、汚らわしい夢魔め。しかもこんどは薄汚い人間や悪魔まで引き連れて来たか?」
「あの娘がグウレイグ? ……あまりにも可哀想だわ!」
オレリーが思わず涙ぐむ。
モーラルから聞いた通り伝説の美しく可憐な筈の妖精は口汚く呪詛の言葉を吐き、綺麗な金髪は乱れ、真っ白な肌は見る影もなく、汚れきっている。
グウレイグにオレリーの言葉が聞こえたのであろう。
オレリーに対してグウレイグは大声で叫んだ。
「お前みたいな今時の人間に同情して欲しくないね! 昔の優しい人間達はもう居ない! 2人で幸せに暮らし私を一心に愛してくれたあの人はもう居ない! 別離の悲しみに耐え人間を信じて静かに暮らしていた私をこのような姿に堕としめたのはお前達今を生きる人間だからさ!」
グウレイグの言葉がオレリーの魂に容赦なく突き刺さる。
ルウが項垂れるオレリーの前に庇うように立ち、言い放つ。
「グウレイグ、お前の気持ちを理解出来ると言っても全てが虚言に聞こえるだろう。だからお前に対してやれることをさせて貰う。この池を闇の呪縛から解き放ち浄化させてくれ」
ルウの言葉をグウレイグは全く信用していないようだ。
「はっ! そんな戯言を私が信じると思うかい! この池を救う事が出来るのは妖精王様だけだ!」
「妖精……王」
ルウはグウレイグの憎しみと殺気に満ちた視線を真っ直ぐに受け止めながら小さく呟いたのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!




