第261話 「泥の池」
申し訳有りませんが、『260話から』改稿しました。
工務省パートは少し後の話になります。
モーラルは転移魔法で『泥の池』までやって来た。
夢魔である彼女は精神体になって異界を自由自在に行き来する事が出来るのだ。
冥界の住人であり、ルウの魔法で召喚され実体化したケルベロスもモーラルと共に精神体になり移動出来るのである。
今は昼間なのでさすがに堂々とゴミを捨てる不届き者は居ない。
そのような行為は殆ど夜行われるのだ。
「う~ん……」
実体化したモーラルは想像以上の酷さに顔を顰めた。
かつて透明だった池の水はどす黒く濁っており、底からは気泡が上がっている。
いろいろな廃棄物が溢れかえっていた。
大量の家庭ごみは勿論、王宮や省庁のものらしい書類、錆びて欠けた武器、傷だらけでぼろぼろの防具、そして壊れた子供のおもちゃも捨ててあった。
人間の死体こそ無かったが、犬や猫の死骸、そして調理された後の鹿や猪の頭なども転がっている。
そしてむせかえるような悪臭が辺り一面に漂っていた。
「最初はとても綺麗な池だったろうに……」
モーラルは悲しかった。
そして最初にゴミを捨てた人間を憎く思うと同時に、皆がやっているからと自分を正当化する人間の心理も許せなかったのである。
傍らのケルベロスも心なしか悲しそうだ。
今迄人間の業を散々見てきたであろう、冥界に棲む獰猛な3つ首の魔犬も世の中の無情を感じているようである。
モーラルは池の周りを歩いてみた。
池に少し近づいた途端に木靴を履いたモーラルの足は容赦なく沈み、思うように動けなくなる。
こ、これは……
地の底より瘴気が湧き、土が……土が腐っている……
やはりここは単なるごみ捨て場ではない。
何者かが潜んでいるのだ。
そして本来の主である水の精霊や妖精達はどうなってしまったのか……
モーラルがそう考えた時である。
ぼこり……
泥の池よりひと際大きく泡が立ち昇ると同時にモーラルに対して敵意を抱く魔力波も一緒に放たれる。
げゃうううううう!
甲高い鳴き声が辺りに響くと何かが飛び出して来た。
モーラルはそれを見て距離を取ろうとしたが、泥に足を取られており思うように動けない。
現れたのは蛙に似た姿のウォーター・リーパーである。
沼地に棲む危険な妖精であり、人間を襲い喰らう存在ではあるが池から湧く瘴気のせいか、より凶悪化しているようだ。
ウォーター・リーパーが大きな口を開けてモーラルに迫ろうとしたその時である。
ケルベロスが大地を蹴り、宙を飛ぶと間に割って入る。
と同時に真っ赤な口を開け、ウォーター・リーパーに向って灼熱の炎を吐き出したのだ。
ぎゃおおおおおおおお!
口の中にまともに炎を受けたウォーター・リーパーは普段の鳴き声とは違う悲鳴を上げる。
そしてそのまま炎に包まれた邪悪な妖精はあっと言う間に燃え尽きてしまったのだ。
恐るべき魔犬の力である。
「助かる、ケルベロス!」
モーラルは叫び、足に力を入れると泥から脱出し、ふわりと宙に浮く。
それが合図となったのか、続々とウォーター・リーパーが出現した。
顔を顰めたモーラルは言霊を詠唱する。
「我が主の名において助力を要請する。水の王アリトンよ! 嘆きの川の凍れる水に鋼の如き硬さを与えよ」
楓村でゴブリンを相手に戦った魔法である。
モーラルの指先から冷たい水が噴出する。
彼女は軽く気合を発し鋭く指を振った。
「はっ!」
すると彼女の指先から噴出している水が硬化して一気に伸び、襲い掛かろうとしていたウォーター・リーパー達の首をあっけなく刎ね飛ばす。
そこにまたケルベロスの地獄の業火とも呼ぶ事の出来る灼熱の炎が降りかかった。
ウォーター・リーパー達は凄まじい悲鳴をあげ、屍が累々と積まれて行く。
まさに美しい夢魔の少女と獰猛な冥界の魔犬が阿鼻叫喚の地獄を作り出したのだ。
「ウォーター・リーパーは……元々、この池の住人ではない……間違いなくここは異界に繋がっている」
モーラルは独り言ちる。
瘴気は益々強くなっている。
「旦那様……分かりますか? 事態は思ったより厳しそうです」
ぼこり……
今度は泥土が盛り上がり、腐り切った手が突き出された。
またおぞましい魔力波がモーラルに浴びせられる。
があああああ!
続いて完全に原形を止めない腐敗した顔が現れ、殆ど肉の付いていない口から人の声ではない不気味な叫びが鳴り響く。
死体が放置され、不死者と化した怪物、屍食鬼である。
屍食鬼は宙に浮いて見下ろすモーラルを美味そうな獲物として見たのであろう。
見た目より素早い動きで泥土から抜け出し、その崩れた身体を大地に立たせると、今度は歓喜の声をあげた。
ひゃあああああああ!
「私がお前の餌になどなるわけがない! ケルベロス!」
眉間に皺を寄せ、不快感を露にするモーラルがケルベロスに命じるとまた容赦ない地獄の炎が降り注いだのだ。
ぎゃああああああ!
「この場所は人の子にとっては危険過ぎます、旦那様」
あっという間に炭化した屍食鬼を醒めた目で見詰めながらモーラルは「何とかしなければ」と小さく呟いたのであった。
その頃……ルウ・ブランデル邸……
今日はゆっくりと休むようにと言われたオレリーではあったが、今彼女は机に向っていた。
専門科目の勉強をしていたのである。
実は彼女にも目標が出来た。
それはヴァレンタイン魔法大学に行き、ルウと同じ様に教師になるという新たな夢である。
いずれ愛する夫と同じく母校である魔法女子学園の教壇に立つ。
これはジゼルと全く同じ夢である。
やりがいもあるし、旦那様、フラン姉、ジゼル姉と4人で勤務出来たら、楽しいだろうな。
その為にはもっと勉強しなければ……
今の生活は金銭的には不自由しなくなったとはいえ、オレリーはやはり自分の学費くらいは自分で何とかしたかったのである。
彼女は魔法女子学園と同様に魔法大学の特待生となり授業料他の免除という特典に目をつけたのだ。
そんなオレリーの魂にまた水の精霊の悲しげな顔が浮かび、今度は悲鳴も伝わって来たのである。
オレリーはその悲鳴のあまりの辛さにダメージを受け、意識を失うとそのまま机に突っ伏してしまったのであった。
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