第258話 「強欲を司る者」
ヴァレンタイン王国王都セントヘレナ中央広場、レストラン菫前
金曜日午後9時15分……
食事会の終了後、やがてルウが呼んだブランデル家の馬車がレストラン菫の前に横付けとなった。
ルウが念話で指示をした赤帽子=アルフレッドが御者を務め、アドリーヌ達を自宅に送り届ける為に駆けつけたのである。
馬車はナディアの父エルネストから贈られた特製の8人乗りなのでアドリーヌ以下4名の女性が乗るには充分な広さだ。
アドリーヌ達は乗り込んでからルウ自身が乗って来ない事に驚いたが、ルウは馬車のドアをしっかりと閉めると御者のアルフレッドに合図を送った。
窓からアドリーヌが切なそうな視線をルウに向って投げ掛けたが、アルフレッドは馬に鞭をくれ、馬車は動き出した。
ルウはアドリーヌに手を挙げると踵を返して歩き出したのである。
馬車が通りの角を曲がって見えなくなると、フェルナンが何か言いたそうにルウを追いかけて来た。
「お~い、ルウ!」
フェルナンに大声で呼び止められて一瞬、立ち止まるルウ。
その背に言葉を浴びせるフェルナンである。
「俺……アドリーヌがどうしても好きなんだ! 彼女に振り向いて貰う為には一体どうしたら良いんだよう!」
フェルナンは少し酒が入っているようで呂律が回っていない。
ルウはそんなフェルナンにきっぱりと言い放つ。
「フェルナン、それはお前自身とアドリーヌにしか分らない……自分自身で探すしかないんだ。俺がこれ以上お前を手助けしても意味が無いんだよ」
「つ、冷たいじゃないかぁ! お前、同僚なんだろう! 彼女の! 責任取れ、責任を!」
フェルナンは相変わらず喚いている。
しかし、ルウの言葉がちゃんと聞こえていないのか、言っている事が支離滅裂だ。
ルウは肩を竦めるとその場を後にしたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ルウはフェルナンと別れた後、中央広場の雑踏の中を歩いている。
時間は午後9時30分を回っていたが、様々な人種、そして職業の人々が満ち溢れていた。
殆どの者が1日の疲れを癒す為に居酒屋で酒を飲みながら食事をし、ほろ酔い気分で広場に屯しているのである。
皆、今日仕事を全うし、何とか無事に生き延びる事が出来た喜びを表していたのだ。
ルウは空いていた広場のベンチに腰を下ろすとその様子を取りとめも無く眺めている。
彼にとってはその様子を眺めているだけでも飽きないのだ。
この王都が森だとしたら皆、棲んでいる精霊に魔物や動物達か……
実際は人間なのでそんな事はないのであるが、様々な人間を人外に当てはめて行くとかつて師シュルヴェステル・エイルトヴァーラが話した様にルウには王都というこの巨大な森が理解できたのである。
20分程、経ったであろうか、ルウがそうしていると頭上から声が掛かった。
「隣に座って良いか?」
「ああ、良いぞ」
ルウは座ったまま相手の顔も見ずに答える。
相手に全く殺気がなかったからだ。
ちなみに殺気も身体から放たれる魔力波の一種である。
ルウの隣に座ったのは堂々とした体躯を持つ屈強な戦士だ。
狼の様な風貌をしており、矢を射る様な鋭い目付きをルウに向ける。
「彼等、人間を眺めるのはそれほど面白いか?」
戦士は興味深そうにルウに向って問い質した。
「ああ、面白い。人というものは未完成であるが故に無限の可能性を持つものだ」
「ふ、言いよるわ。あの御方の言葉と一緒とは……自分は使徒である証だと言いたいか?」
戦士は今度はルウの顔を覗き込む。
しかしルウは驚いた様子も無くゆっくりと首を横に振った。
「ははっ、そんな事はどうでも良い。ルシフェルの契約者、すなわち使徒である前に俺は1人の人間だ。未完成な人間として足掻き、生きて行く……ただそれだけだ」
ルウの答えを聞いた戦士は彼から離れて座り直すと納得したように頷く。
「足掻くとは……お前と家族が生きる事に干渉し、災いと呪いをもたらす存在に対しては戦う……か」
戦士の答えに対して今度はルウが大きく頷いた。
そして戦士の正体……彼が人間ではない事を指摘したのである。
「その通りだ……しかし悠久の時を経て行くべき道を見失いし者共と邂逅し、導けとお前は言うのであろう、アモン」
しかし戦士=悪魔アモンには正体を看破されても全く動じる事はなかった。
アモン……地獄の侯爵の地位にあり、最も強靭で厳格と怖れられた悪魔である。
灼熱の炎を吐き出し、大蛇の尾を持つ彼はルウの事を主であったルシフェルの使徒として認められるか見極めに来たのであろう。
「はっはははははは。お前は既に我等の仲間を何人も導いておる。我が主の力のみでは無く、お前自身の魂の力でもな。そして彼等はその為か、お前を慕っておる、あの御方の存在抜きでな」
アモンはルウの言葉に対して豪快に笑う。
彼はもうルウが何人もの悪魔と邂逅し従えたのを知っているようである。
「……俺は共に歩もうとする者を拒まぬだけさ」
ルウは静かに答えるとじっとアモンを見詰めた。
アモンも鋭い眼差しでルウを見返したが、その表情が柔和なものに変わる。
「アッピンより解き放ち、恩……もし我もそうであれば決して忘れぬわ。ちなみに我は自らあの紙片を所持しておるので心配は無用だがな」
「ははっ、それは良かったな。しかし、アモン。お前は俺の力を推し量る為に勝負しに来たのではないのか?」
アッピンの書の呪いをしみじみと語るアモンにルウは彼の本来の目的を問い質した。
アモンはにやりと笑うとゆっくりと首を横に振った。
「ふふふ、最初はそのつもりであったが、またの機会にするとしよう。我が居ると知って女との宴を断わったのであろう。その詫びとして今夜はお前に酒を奢ってやろう、ルウ・ブランデルよ」
アモンは立ち上がり、ルウに向って顎をしゃくった。
「ああ、良いだろう。付き合うぞ」
ルウも立ち上がるといつものように穏やかな表情で答えたのである。
中央広場は人の波が途切れない。
人々は1軒目で収まらず、次の店に行って酒を楽しむようだ。
王都の夜はまだまだ終わらないようである。
2人はそれを見ながら大笑いすると、肩を並べて中央広場の雑踏の中に消えて行ったのであった。
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