第255話 「アドリーヌとの食事会③」
ルウとフェルナンがレストラン菫の店内に戻るとその姿を見たアドリーヌが安堵の表情を浮かべた。
それがルウに向けられた物だと知るとフェルナンの落胆は大きくなる。
そんな彼の気持ちも構わずルウはフェルナンを促した。
店に入る迄にルウに約束させられた事である。
何とフェルナンはその場に居た全員に頭を下げたのだ。
「皆さん、今日は申し訳なかった。遅れた上に大声を出して暴れてしまって……ここに謝罪する」
ルウが更にフェルナンを促した。
個別に謝罪しなければいけない相手に対してという合図である。
「シュザンヌ、俺に声を掛けてくれた君には特にお詫びするよ。迷惑を掛けて申し訳なかった」
シュザンヌに対して丁寧に、そして深く頭を下げるフェルナン。
予想だにしていなかった彼の態度にシュザンヌは吃驚して手を横に振った。
「そんな! 良いのよ、フェルナンさん。今後とも宜しくね」
次にフェルナンが謝ったのはアドリーヌに対してである。
「アドリーヌ、色々と悪かった。俺……これから頑張るよ、だから……」
アドリーヌもフェルナンから急にそう言われて何と答えて良いのか、困ってしまったようである。
慌ててルウの顔を見直したのだ。
「アドリーヌ……フェルナンはもう大丈夫さ、笑って許してやれ」
ルウがそう言うとアドリーヌはフェルナンの顔をまじまじと見詰める。
それは外でルウとフェルナンとの間に何があったのかと、問い掛けるような眼差しだ。
だが暫くしてアドリーヌなりに何か納得したのであろう。
アドリーヌはフェルナンに向かってにっこりと笑ったのだ。
「良いわ、フェルナン。……でもあんな事はもう嫌よ」
アドリーヌが言ったあんな事とは……中央広場で彼がやった『ナンパ』であろう。
「ああ、もうやらないさ……」
恥ずかしそうに頭を掻くフェルナンに食事会の場は一気に和んだのであった。
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「場も和んだし、仕切り直しだな」
幹事役のブレーズ・ベルトンがホッとしたように口を開いた。
「じゃあ男性が座席を1つずつ移動して違う女性と話すようにしよう。マケール君はフェルナン君の座っていた1番奥に、僕がマケール君の所に行き、僕の所にルウ君が来る形だ。ルウ君が居た所にはフェルナン君が来てくれたまえ」
「ええっ、ルウさん……行っちゃうの?」
ブレーズの言葉を聞いて立ち上がったルウに切なそうな表情を向けるアドリーヌ。
「ははっ、アドリーヌ。フェルナンと話す良い機会だ。彼の話をじっくりと聞いてやれば良いし、何か自分から言いたい事があれば話せば良い。俺は隣の席に居るから何かあったら声を掛けてくれ」
「は、はい……」
返事はしたもののアドリーヌは不安げだ。
ただルウが見た所、先程も他の男性に話し掛けられて戸惑っていたのでアドリーヌは少し男性恐怖症気味かもしれない。
幼馴染とはいえ、暫く離れていた為にアドリーヌがフェルナンを怖がるのであれば隣の席からフォローをしようとルウは考えていた。
アドリーヌの目の前からルウが去り、フェルナンがやって来た。
先程許すと言ったとはいえ、アドリーヌはぎこちないし、フェルナンもまだ恐る恐るという感じで雰囲気が硬い。
「「あ、あの……」」
向き合ってお互いの声が同時に重なると何故かアドリーヌは急に可笑しくなった。
幼い子供の頃に故郷で結構遊んだが、もうそれきりで会ったのは15年以上振りだ。
アドリーヌはもう22歳……
確かフェルナンは自分より2つ程年上だからもうお互いが良い大人であり、子供の頃の面影は殆ど無いのだ。
先程中央広場で会ってもお互いが分からなかったのも無理があるまい。
物思いに耽るアドリーヌをじっと見詰めて先に口を開いたのはフェルナンであった。
「さっきも言ったけど……もう俺……あんな事やめるよ」
「それが良いわ。でも……それは私が嫌なだけ。そのような事を貴方が好きで女性も受け入れてくれるならそれは貴方の自由だもの。『貴方の彼女でも無い私』がどうこう言う権利はないわ」
アドリーヌもだいぶ落ち着いたようだ。
ただ……貴方とは何の関係も無い女……という意味の事を言われてフェルナンは少し落胆する。
しかし先程ルウから言われた通り、フェルナンはアドリーヌに会ってからの今の自分の気持ちを思い出し実感したのだ。
美化された昔の思い出かもしれない。
現在の彼女はどんな性格で何が好きなのか分からない。
だが俺は子供の頃のあの時からずっとアドリーヌが好きなのだと……
「いや、俺は久し振りに君と会う事が出来てとても嬉しいんだ。そして凄くどきどきしている。多分子供の頃に君を好きだった気持ちと今も変わらないんだ……それを確かめたいし、アドリーヌ、君にも今の俺を知って欲しいんだ」
「ふふふ、それは嬉しいわ。でもあの頃のフェルナンって私を苛めてばかりいたわ。護ってくれたりもしたけれど……」
アドリーヌもだいぶ落ち着いて来たようだ。
それに余程、嫌いな相手でなければ好きと言われて悪い気がする女性は殆どいないであろう。
そんなアドリーヌを傍らで見ていたルウは安堵と慈愛の表情を浮かべたのであった。
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「ふうん……貴方ってやっぱりアドリーヌの事が心配なのね」
正面から声が掛かってルウはそちらに向き直る。
確か……名はイザベル・ブーケ。
ヴァレンタイン王国工務省勤務の召喚術師だという娘だ。
「ははっ、同僚だし、彼女は良い子だからな」
「成る程。じゃあ私の事はどうですか? 興味はおありですか?」
アドリーヌが髪型は明るい栗毛のポニーテール、大きな鳶色の瞳を持った可愛らしい栗鼠のような小動物タイプなのに比べて、イザベルは美しい金髪に切れ長の蒼い眼、そして薄い唇を持つ落ち着いた美人タイプである。
「ははっ、今日初めて会ったからな。しかし魔法使いでは難易度の高い召喚術師で工務省の仕事をしているという事だけで凄いと思うぞ」
「ふふふ、それ程でもないですよ。たまたま魔法女子学園に在学中、良い『アンノウン』に巡り会えただけですしね。それに自分から言うのはなんですがここに居る女性陣は大学時代は皆素晴らしい成績を収めましたの」
ルウが聞くと、イザベルは上級召喚魔法を得意とした召喚術、ネリーは鑑定魔法、シュザンヌは回復魔法、そしてアドリーヌは占術を学び、当時はそれぞれ大学トップレベルの成績を誇ったという。
「大学か……俺は学生として学校に行った事が無いから分からないが楽しそうだな。学ぶだけでは無く良い出会いもありそうだ。お前達は素晴らしい仲間同士のようだから」
「お前達って……ルウさん、一体何歳なんですか? それに学校に行った事がないって本当ですか?」
イザベルはいきなりルウに『お前』呼ばわりされてむっとしたようだが、同時にルウの経歴に興味を持ったようである。
彼女はルウに向ってもっと彼の事を聞きたいとせがんだのであった。
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