第254話 「アドリーヌとの食事会②」
「じゃあ、全員揃った事だし、改めて乾杯しようか」
先程乾杯を呼び掛けた1番年嵩の男が冷えたエールの入ったマグを掲げる。
「賛成!」
イザベルと呼ばれていた女性が男に同意するとネリーも頷き、先程まで怒っていたシュザンヌも少し機嫌を直したらしく表情に笑みが戻る。
ルウを含む男性陣には当然異存などは無い。
ただ問題なのがアドリーヌと彼女をナンパしかけた貴族風の男であった。
ツンとして明後日の方向を向くアドリーヌに対して必死に弁明する男。
しかも会話を聞くと驚いた事に2人は幼馴染らしい。
暫く会わないうちに子供の頃の面影が無くなったせいでお互いに分からなかったのだろう。
「アドリーヌったら、久し振りに会ったのに良い加減、許してくれよぉ!」
「いいえ、駄目です。このような食事会があるのにナンパはするわ、その上遅刻をして迷惑を掛けるわ、貴方みたいな不埒な男性は私、幼馴染とも思いませんし金輪際ひと言も口を利きたくありません」
ぷいっと横を向いて取り付く島もないといった感のあるアドリーヌ。
そんな頑ななアドリーヌを宥めたのはルウである。
「ははっ、アドリーヌ。とりあえず乾杯だけはして、お互いに自己紹介はしておこうよ」
「は、はいっ! ルウさんがそう仰るのなら!」
驚いたのはアドリーヌの幼馴染である貴族の男だ。
今迄自分がどんなに頼んでも全く言う事を聞かなかったアドリーヌが、素直にルウの言うがままになるのを見て呆気に取られていたのである。
「と、とりあえず乾杯を!」
この隙にさっさと乾杯をやろうと1番年嵩の男が声を再び掛ける。
今度は全員がマグを掲げる事が出来た。
「乾杯!」「かんぱ~い」「乾杯っ!」
若い男女の声と陶器のマグを軽くぶつけ合う乾いた音が鳴り響く。
ホッとしたのは乾杯の音頭を取った男である。
彼が今回の食事会を取り仕切っているらしく、早速食事会の開始を宣言する。
「皆、今夜は忙しい中、時間を作ってくれてありがとう。僕はヴァレンタイン王国工務省勤務のブレーズ・ベルトンという。宜しく頼む」
年嵩の男――ブレーズが名乗ると今度は彼の向かい側に居る女性が名乗った。
どうやら向い側に座っているのがお互いに友人という事らしい。
「私はイザベル・ブーケ。ヴァレンタイン王国工務省勤務の召喚術師です」
イザベルが名乗ると最初だからかブレーズがフォローした。
「イザベルは同じ工務省勤務の魔法大学の後輩さ。ということで僕は女性陣全ての先輩にもあたるわけなんだけど今回の会は僕とイザベルの2人で発案したんだ。じゃあどんどん自己紹介をしてくれないか」
ブレーズに促されてまず隣に座っていた商人風の男が口を開いた。
「僕はマケール・ベニシュ。ミグラテール商会外商部に勤務している。それにしても皆可愛い子ばかりだね、今夜は来て良かったよ」
商人特有の口癖というか、マケールはそつがなく女性陣全てをさりげなく褒めている。
彼の向かい側の女性が苦笑しながら自己紹介をした。
「私はネリー・バルニエ。ヴァレンタイン王国商業ギルド所属の魔法鑑定士、マケールさんとは仕事の関係で知り合ったの」
次はあのアドリーヌの幼馴染である貴族の男だ。
相変わらずアドリーヌは彼に視線を向けようとはしなかった。
「お、俺はフェルナン・ダロンド。ヴァレンタイン王国騎士隊所属の騎士だ」
遅れて来たフェルナンを睨むようにし、続いて自己紹介をするのがシュザンヌと呼ばれた女性である。
「私はシュザンヌ・オリオル。ヴァレンタイン王国神務省勤務の魔法使い、いわゆる治癒師です……フェルナンさんとは騎士隊の演習に回復役として同行した時に知り合いました」
シュザンヌはそう言うと口を尖らしてフェルナンを見た。
未だ腹の虫は完全には収まっていないらしい。
アドリーヌからは無視され、シュザンヌからは睨まれたフェルナンは少しは反省するかと思いきやルウをじっと睨みつけている。
シュザンヌはそんなフェルナンを見て肩を竦めた。
最後はルウとアドリーヌである。
「ルウ・ブランデルだ。ヴァレンタイン魔法女子学園の教師をしている、宜しくな」
長身に黒髪と黒い瞳であるルウの異相に女性陣から溜息が洩れた。
その様子を見たフェルナンの表情はますます険しくなる。
「アドリーヌ・コレットです。ヴァレンタイン魔法女子学園の教師をしています、ルウさんとは同僚です」
アドリーヌの自己紹介を聞いたフェルナンはじっと考え込んだ。
同僚だって!?
何だよ! アドリーヌの奴、さっきは彼氏だって言ったのに、何なんだ、あいつ!
それにルウ・ブランデルって名前は……どこかで聞いた事があるぞ。
フェルナンは記憶の糸を手繰り、はたと思い出した。
ああ、そうだ。
こいつ確か、少し前にフランスシスカ・ドゥメール嬢を助けたって騎士隊で評判になった魔法使いじゃないか。
でもそんな強そうには見えないし、眉唾物だ。
それに……待てよ……ジェロームさんと酒を飲んだ時に愚痴っていたのを聞いた気がする……
確か……可愛い妹が悪い男に騙されているから……とか。
そいつの名が確か……ルウ……ブランデル!
そんな女たらしが今度は俺のアドリーヌに手を出すっていうのか!?
ゆ、許せねぇ!
フェルナンの中で怒りが湧き上がり、いきなり立ち上がるとルウを指差した。
「ルウ・ブランデル! ちょっとこっちに来い!」
フェルナンの大声に女性陣は吃驚した。
中でもアドリーヌは眉を顰め、シュザンヌは俯いてしまう。
さすがに会の幹事役であるブレーズがフェルナンを窘める。
「おいおい、フェルナン君。遅れた上に食事会の雰囲気を乱すような行為はやめたまえ。これ以上騒ぐようなら店の外に出て貰おうか」
「何だと! このやろ…………」
その瞬間であった。
誰かが指を鳴らす音がすると、 拳を振り上げてブレーズに向おうとしたフェルナンの動きが急に止まったのだ。
彼の言葉は途切れ、力尽きへなへなと崩れ落ちたのである。
女性達から思わず悲鳴を上がった。
さすがに驚いたアドリーヌがルウを見ると彼は悪戯っぽく片目を瞑っていたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「うおっ!」
大声を出して目を覚ましたフェルナン。
今、自分がどこに居るのか、分からなかったが周囲を見ると中央広場のようである。
彼は店から連れ出されて広場のベンチに座らされていたのだ。
「目が覚めたか? それでどうする?」
いきなり声が掛かり、フェルナンがその方向に視線を向けると自分が座っているベンチの端に腕組みをした男が座っているのが見えた。
「て、てめぇ! ルウか!?」
激高するフェルナンにルウは厳しい表情を向ける。
「ああ、ルウだ。お前は俺に『話』があるようだが今夜はとりあえずやめておけ。アドリーヌに対してもそうだし、お前を紹介したシュザンヌの立場もなくなるのだから……そんな行為は騎士らしくないぞ」
「何だと! てめぇの指図は受けねぇ」
「良く聞け。ここでもしお前が騒いだり、暴れたらカルパンティエ公爵やライアン伯爵にまで迷惑がかかる。お前が俺に対して喧嘩を売らないと納得出来ないと言うのなら買ってやらんでもない。唯、時と場合を良く考えるんだ。……さあ今夜はどうするか、俺に言ってみろ」
ぴしりと言われたフェルナンは言葉に詰まってしまう。
確かに先程からの自分の行為は褒められた事ではないし、ルウの言った事は筋が通っている。
その上、騎士としての倫理観まで考えたらここは素直に従うしかない。
「うぐぐぐ……畜生。確かにお前の言う通りだ、分かったよ。さっき広場であんな事をした俺が言うのも何だがアドリーヌは本当に良い子なんだ。付き合うなら真面目に相手をして決して遊びにしないでくれ」
「よし! だったらこれから店に戻るぞ。良いな?」
そう言うとルウはすっくと立ち上がり、店に向って歩き出した。
フェルナンは仕方なくその後ろをついて行く。
そんな彼にルウの言葉が放たれる。
「お前は誤解しているようだが、アドリーヌと俺は単なる魔法女子学園の同僚だ。特別な関係などではない。……もし彼女に対してお前が好意を抱いているのならしっかりと誠意を見せる事だ。さっきの広場でやったような事は彼女の性格上、1番駄目な行為なんだ……お前も良く分かるだろう」
フェルナンはルウがそんな事を言うのが意外であった。
ルウがアドリーヌを我が物にしようとするなら自分にそのような助言をする事など一切必要ないからだ。
「お前って……見た目は派手だが結構真面目そうな奴だ。子供の頃の思い出を大切にしているお前は今も本当に彼女の事を好きなんだろう。だったら格好をつけないで正面からぶつかってみろ」
フェルナンは心の内を見抜かれた上に自分を励ましにかかるルウに対して理解が出来ない。
彼の頭の上には『?マーク』がたくさん飛び交っていた。
「ルウ……あんた、何で俺にそんな事を言う。あんたにとっては何の得にもならない筈だ」
「俺の得とかそんな事じゃなくて……ははっ……お前、本当は良い奴なんだ。単に不器用なだけでな。俺には魔力波で何となく分かるんだよ」
ルウはいつものように穏やかな笑みをうかべながら店に向ってゆっくり歩いて行くのであった。
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