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第25話 「幸福」

「校長先生、失礼します!」

「ご馳走様でした!」


「ふたりとも、気をつけて帰りなさい!」


 ミシェルとオルガが嬉々として手を振り、去って行く。

 彼女達が向かうのは魔法女子学園がある方角だ。

 

 昨日案内して貰った敷地の中に、学生寮があると聞いたのを……

 ルウは思い出していた。

 ミシェル達はその寮へ帰るのであろう。


「さあ、ルウ。私達も帰りましょう」


 フランに帰宅を促され、ルウは思う。

 初めて会った時より、フランは格段に美しくなったと。


 肩まで伸びたセミロングのさらさらの金髪が揺れ、透き通るような碧眼がルウを見つめる。

 すっきり通った鼻筋の下の桜色の小さな唇が動き、楽しそうな言葉が次々と発せられる。

 彼女の肌は抜けるように白く、ルウと話す時に頬には僅かに朱が差しているのだ。


 道行く男達が全員振り返るほど……

 今のフランは素晴らしく輝いている。

 

 だが……

 傍に寄り添う長身の男――ルウを認めると……

 フランへの熱い視線が、ルウへの羨望と憎しみの視線に変わるのだ。

 

 そんな男達の視線から、フランを守るかのようにルウは歩く。

 やがて屋敷に到着すると……

 正門に詰めていた若い男性騎士が敬礼をした。

 

 ルウとフランは、騎士に応えると、屋敷のそれぞれ自室へと戻ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 1時間後……


 ルウの居る部屋のドアが、リズミカルにノックされた。


「ルウ、良いかしら?」


 ドアの外から声が掛かる。

 声の主は……フランである。


「ああ、良いぞ」


 ルウが立ち上がり、ドアを開けると、フランが中へ滑るように入って来た。


「ねぇ……明後日から始まる、春期講習の刷合わせをしたいの」


「ああ、貰った教科書とかいう本の内容は、昨夜全部、読み込んで覚えたぞ」


「え?」


 教科書の内容を全部?


 しれっと言うルウに、フランは呆れ顔だ。

 

 渡した教科書全部って……

 確か、10冊以上あった筈だけど……

 昨夜だけで覚えた?

 何、それ?

 悪いけど、やっぱりルウって、『変な人』だわ……


 苦笑したフランは、改めてルウへ説明をする事にした。


「渡した中で、基本となる教科書は魔法学のⅠからⅢよ」


「成る程」


「ルウには、私が担当する新2年C組の春期講習を手伝って貰うわ。授業内容は1年生に学んだⅠの復習になるの」


 全ての人間は魔法使いの素質を備えている……

 

 古の魔法王と呼ばれる、ルイ・サレオンの言葉である。

 そこから更に、本職プロとしての魔法使いを養成するのが、男女別に創立されたヴァレンタイン王立の女子と男子の魔法学園だ。

 

 魔法学Ⅰは、その魔法学園で使用される最初の教科書である。

 つまり、このヴァレンタイン王国全ての、魔法使いの用の入門書と言って良い。


 まずは精神の安定を保つ為のリラクゼーション、そして魔法を発動させる為の集中力と想像力を鍛える方法の項目から始まり……

 初歩の魔法式を使用し、生活魔法を習得しながら……

 各自の属性適性を見極めるまでが記されていた。


 魔法王ルイによれば……

 生まれた時から人間には、魔法適性と言う魔法の素養がひとつ設定されている。

 

 例えばアデライドは火の魔法適性と風の魔法の準適性を有し、娘であるフランも同様だ。

 

 魔法適性は、そのまま魔法の発動の難易度や効果に直結する。 

 適性以外の魔法は、魔法式を使用して唱えられなくはないが……

 属性適性の無いもの魔法は効果が著しく、落ちてしまうのだ。

 

 ルウのような、4大属性を含め全ての魔法が同様の効果で発動できる全属性魔法使用者オールラウンダーは殆ど存在しない。

 ちなみに生活魔法とは、文字通り、火を起こしたり、飲み水を発生させたりする初級魔法である。


「復習はとても大事。でもそれだけじゃ、学習意欲に欠ける子も出るから」


 フランは笑顔で説明を続けた。

 これから学ぶ魔法学Ⅱに関しても希望者のみ、『触り』の部分だけ予習と言う形で講習を行うのだそうだ。


 2年生になってから使用する魔法学Ⅱは……

 生活魔法を更にランクアップさせた、応用の魔法を教授する本である。

 

 生活魔法の発動により、各自の魔法適性を見極めたという前提で……

 魔法式を使用した、中級攻防魔法の発動。

 初歩的な召喚魔法の発動。

 つまり……使い魔の召喚などの知識習得と実践。

 そして精霊魔法を含めた異教の魔法などの啓蒙を深める内容だ。


 ちなみに3年生になって使用する魔法学Ⅲは……

 上級魔法の習得とその実践、それらの応用となっている。


 ひと通り、フランの説明を聞いたルウはほぼ理解した様子であった。


「爺ちゃんのやり方とは違う部分はあるけど、この魔法学って、結構良い本だと思うぞ。俺も勉強になった」


「じゃあ、魔法学Ⅲまでに載っている魔法は使える?」


「ああ、前にも言った通りだ。魔法式の詠唱有り無し、多分どちらでも問題ないと思う」


 フランはもう驚かなかった。


 ルウが、相変わらず規格外であるからだ。

 10冊以上の教科書の内容を、たったひと晩で覚えた上、魔法式も無詠唱で発動出来ると言い切るなんて……

 

「それに魔法学以外の教科書も面白かったし、載っている魔法も全部覚えた。後は実際に発動してみるだけだな」


「ずるいわ、ルウ」


 フランはつい愚痴が出てしまう

 情けないけどと彼女は思う。

 自分とは才能の大きな違いを感じてしまう。

 

 落ち込んだフランを慰めるように、ルウが口を開いた。

 優しい、穏やかな表情である。


「フランだって、まだまだ素質が眠ったままだぞ。魔力も含めて今よりもっと凄い魔法使いになれるから頑張れ」


 え? 

 今、何て!?

 私にまだ魔力の伸びしろがあるの?

 

 魔法女子学園では1年生の学期の終わりに、最終的な魔力量の測定と属性適性の確認をする。

 何故ならば、人間は約16歳くらいで魔法の素質が確定すると言われているからだ。

 魔力量と属性の見極め……

 そこから積み重ねる学習と訓練により、才能をどう開花させられるかが鍵と言われているのだ。


 フランは、ルウに言われた言葉を噛み締める。

 記憶も手繰る。


 私の現在の総魔力量は……

 16歳の時、魔法女子学園の魔力測定機で測ってから、現在に到るまで変わっていない……それが何故?


「ルウ! ど、ど、どうして!?」


「どうしてって言われても……フランの魔力波(オーラ)で分かるのさ……安心して良いぞ」


「…………」


「だからフラン、自信を持て。お前の素質全てを目覚めさせる為に、俺も力を貸すからな」


 ルウはそう言うと、フランの肩を「ぽん!」と叩いた。

 彼の屈託のない笑顔は、フランの不安をあっという間に消して行く。

 否!

 不安どころか、フランの全身に歓びが満ち溢れる。

 気持ちが素晴らしく、前向きになって来る。


 もう、もうっ!

 この人はっ!

 何故!

 私がこんなに喜ぶ事を言ってくれるの?

 何故!

 私をこんなに幸せな気持ちにしてくれるの?


 フランはまた、最初に命を助けて貰った時みたいな気持ちになる。


 やばい! 

 ルウに思い切り甘えたくなって来た!

 良いよね! ここは私の家なんだから!

 学校では駄目だけど……ここでは!


 フランはルウを見つめた後、思いっきり抱きついた。

 彼の胸に顔を埋める。

 一方のルウは、何も言わずにフランを黙って受け止めた。

 

 くんかくんか……

 フランはまた、ルウの匂いを嗅いでしまう。


 ルウからは……

 優しい風と……

 日なたのお日様のにおいがする……

 ホッとする。

 安心する。

 

 奇しくもフランは、あの仕立て職人のエルダが言った言葉を、そのまま心の内で呟いていたのであった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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