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第249話 「覚醒④」

 ナディアはルウから戸惑いながらペンタグラムを受け取るが、何かを思いついたらしく女の子特有の潤んだ目をしながら言葉を発しようとした。

 しかし、すかさずフランがストップをかけたのである。


「ナディア、駄目! もしかして忘れ物をしたら直ぐに旦那様に頼むつもりでしょう?」


 勘のいいフランに言い当てられてナディアはあたふたした。


「わあ、図星! ボクの考えがばれてるぅ、だって便利だと思ったから……この魔法」


 ぺろりと舌を出したナディアに対してフランはきっぱりと言い放つ。


「だったら自分で習得しなさい。旦那様は便利屋さんじゃありません」


「うわぁ、御免なさい。もしかしてフラン姉……怒っている? ……反省します」


 ナディアはフランに叱られて小さくなっている。

 しかしこれもある意味ナディアの確信犯的な会話なのだ。

 ルウは絶対に怒らないだろうし、フランに軽く叱られる事をある程度予想してナディアは甘えて見せたのである。


「ははっ、2人共仲が良くて俺は嬉しいよ。じゃあ召喚魔法の訓練に戻るぞ」


「ふふふ、見抜かれていたか。さすがはボクの旦那様。じゃあ授業再開お願いします!」


 ナディアは悪戯っぽく笑うとルウに授業の続きをせがんだのだ。

 ルウはナディアの求めに応じると親指を立てて了解して口を開く。


「先程も言った通り、俺達が召喚する為に繋ぐ異界は様々だ。どのような異界に繋がるかは言霊の内容と方向性に反応するんだ」


「言霊の、内容と方向性ですか?」


「ああ、そうだ。内容とは一応表現だな。魔法に例えれば白か黒……まあ召喚魔法はケルベロスみたいに冥界に居る者が忠実に仕える場合もあるから、白が清廉で黒が邪悪とは一概に言えないが……ただ術者の目安にはなり得る」


 ルウはそう言うがナディアは過去に痛い目に会っているせいか黒の表現には懐疑的だ。

 具体的には語らないが多分、ヴィネを呼び出してしまった時につい興味本位で使ってしまったのであろう。


 「成る程、でも黒の言霊を発すれば大体邪悪な者が召喚されて危険が増すのではありませんか?」

 

「まあ人間からすればそうかも知れない。闇の魔法使いや死霊術師などが悪魔や悪霊を呼び出す時、常人には聞くに堪えない『黒の言霊』を発するからな」


 それを聞いたフランが不思議そうに問い掛けた。


「でもウチに居るケルベロスちゃんはどうなのかしら? 旦那様、あの子は冥界の住人でしょう? 黒の言霊で呼び出したの?」


 それに対してルウはゆっくりと首を左右に振った。


「白の言霊でもケルベロスのような者が現れる可能性はある。但し、その場合は術者の制御が出来る場合が殆どで比較的安全だし、やはり邪悪な者は殆ど現れないんだ。その反面、黒の言霊では聖なる存在は絶対に現れない。まあ言霊を使い分ける事で自分がどのような存在を召喚するか大きな目安にはなる。ただ白と黒と言っても人間と魔族では価値観が全く違う場合があるという事を忘れてはいけない。人間にとっての正義は悪魔にとっては悪である可能性もあるんだよ」


 ルウの言葉をじっと聞いていたナディアや傍らに居たフランも納得したように頷いた。


「ははっ。じゃあ早速詠唱の訓練だ。俺が使う白の言霊をいつもの通り魔力を込めないでやってみよう」


「旦那様! 私もナディアと一緒にもっと召喚魔法を学びたいと思いますが」


 フランが思わず自分も学びたいと申し出る。

 あれだけ火蜥蜴サラマンダーを呼び出しても彼女には全く疲れが見えなかったのである。

 

 フランに対して笑顔で頷いたルウは目を閉じて息を吸い込んだ。

 そして間を置いて一気に吐き出しながら、言霊を詠唱したのである。


現世うつしよ常世とこよを繋ぐ異界の門よ、我が願いにてその鍵を開錠し、見栄え良く大きく開き給え! 異界に棲む者よ、聞け! 門は今、開いた! 忠実さをもって我が下へ馳せ参じ給え! ――召喚サモン!」 


 言霊を唱え終わるとルウは目を開けて2人を見た。

 フランには以前聞き覚えのある言霊であるが、ナディアにとっては今回初めて聞くものである。

 今迄聞いてきた召喚魔法の授業の魔法式とは全く違っていたから当然だ。

 普段は軽口を叩いていてもこんな時、ナディアはとても真剣である。


「だ、旦那様! もう1回詠唱をお願いします!」


「旦那様、私からもお願いします、もう1回!」


 ナディアにつられてフランも同じ様に叫んだ。

 2人の声を聞いたルウは大きく頷いた。


「ああ、良いぞ。何度でも詠唱しよう。今日はまず言霊を覚えるだけでも良いんだ」


 ルウがもう1回詠唱すると、今度はフランとナディアがルウのように魔力を込めないで復唱した。

 そして彼女達の詠唱が終わるとまた2人から再度詠唱してくれるようにお願いされたのである。

 そんなこんなで10回程詠唱しただろうか、いきなりナディアが叫んだのだ。


「旦那様! ボク、もう完璧に覚えました!」


「ふふふ、私もです、旦那様」


「よ~し。さすがだな、2人共。まずはこの言霊をしっかりと使いこなせるようになってくれ。その後は応用だ、自分の魔力波オーラを発動の際に1番巧く放出が出来るようになれば、特にこの言霊にこだわる必要はないからな。そして……」


「次は実践ですね、旦那様。ではボクから早速発動しても良いですか?」


 ルウの発言が終わらないうちにナディアが召喚魔法を発動したいと申し出た。

 彼女はもう待ちきれないようである。

 ルウは苦笑しながらナディアを諭した。


「ナディア。お前のやる気はとても良く分かるが少し落ち着け。余り入れ込み過ぎると、またとんでもない奴が召喚されてしまうぞ。それに向こうではモーラル達が訓練をしている。万が一の為に実践は俺が魔法障壁を巡らせてからにしよう」


 ルウがそう言うとナディアはハッとしたように驚き、自分の配慮の無さを恥じ入った。


「ご、御免なさい。旦那様、ボクうっかりしていました。以後気をつけます」


 しかしルウの魔法障壁の話を聞き、そちらにも興味を示したのである。


「だけど魔法障壁かぁ……それも凄そうだなぁ。ふふふ、旦那様の色々な魔法が見れて、ボクってとても幸せだなぁ」


「私も見たい! 旦那様ぁ!」


「ははっ、分かった。思う存分目に焼き付けろよ、フラン、ナディア」


 魔法に全く興味が無い人間から見たらルウ達のやりとりは奇異に映るであろう。

 そんなに身を削ってまで魔法を知り、実践する事自体がだ。

 やはり彼等はひと言でいうと生活の中で魔法を一番先に優先する『魔法オタク』そのものなのである。


 ルウは2人を見て嬉しそうに笑うと両手を前に突き出した。


「――風の王オリエンス、水の王アリトン、火の王パイモン、そして土の王アマイモンよ、4人の高貴なる王の名の元に助力せよ! 4人の大王よ、我等を護る堅固なる障壁を作り給え」


 異界がルウの作ったものである所為でもあろう、ルウの体内で魔力があっという間に高まって行く。


城壁ランバート!」


 決めの言霊と共にルウの手から放出された膨大な魔力波が立ち昇り、魔力の障壁を形成して行く。

 やがてルウ達の四方八方を囲む強固な魔法障壁が形成されたのである。


「発動が完了したぞ、もう召喚魔法を発動してもOKだ。但し魔法陣は通常とは違って異界への唯一の通路として確保してある。その通路以外から召喚対象は出現出来ないようにしたから安心しろ」


「凄い!」「旦那様!」


 フランとナディアは尊敬の眼差しでルウを見詰めていた。

 自分達の優しい夫は魔法の師匠としても最高の人材であると実感していたからである。


 とにかく召喚魔法を実践する訓練の準備は整った。

 ルウは今か今かと魔法の発動を待っていたナディアにやっと許可を出したのである。


「よし、ナディア。思う存分、召喚魔法を練習してみろ」


「はいっ!」


 ナディアは元気良く答えると早速言霊を詠唱し始めた。


現世うつしよ常世とこよを繋ぐ異界の門よ、我が願いにてその鍵を開錠し、見栄え良く大きく開き給え! 異界に棲む者よ、聞け! 門は今、開いた! 忠実さをもって我が下へ馳せ参じ給え!」 


 彼女の詠唱は何度もルウのものを聞いて繰り返して練習しただけあって、朗々と響いている。

 やがて魔力が高まり、ナディアは魔力波を放出する。


召喚サモン!」


 異界の地がナディアから放出された魔力波で眩く輝いていた。

 いよいよ召喚した相手が出現するのだ。


 ナディアの喉はごくりと鳴り、彼女は何者が現れるか身構える。

 

 そしてルウとフランはその様子を傍らでじっと見守っていたのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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