第248話 「覚醒③」
傍らにフランを座らせたルウは今度はナディアと向き合った。
ナディアがごくりと唾を飲み込む。
果たして自分の才能とはどんなものなのか……ルウからどのように言われるかがさすがに気になるのだ。
一瞬の間を置いてナディアがストップをかけた。
「旦那様……ちょっと待って、ボクどきどきしているから心の準備をさせて欲しいんだ」
「ははっ、大丈夫か?」
「……うん、大丈夫。さあ仰ってください、旦那様」
ルウは穏やかな表情でナディアを見詰める。
漆黒の瞳がナディアに真っ直ぐに向けられ、彼女を吸い込むように捉えていた。
瞳を見ていると不思議とナディアの動悸は治まり、激しかった心臓の鼓動は次第に通常の状態に戻って来る。
ふふふ、旦那様って不思議だし、やはり凄いな……
こんなに怖がりのボクを優しく包んでくれる方法が分かっているんだから。
「ナディア、お前は元々風属性の魔法使いだが、それ以上に実は召喚魔法の才能に優れているんだ」
「しょ、召喚魔法!?」
ナディアの脳裏に一瞬、大悪魔ヴィネを呼び出してしまった悪夢が甦って来た。
それは出来れば思い出したくない記憶であり、その原因となった召喚魔法を彼女は最近避けていたのである。
「おいで、ナディア」
ルウは再度、ナディアを抱き締める。
彼女の華奢な身体が小刻みに震えているのが、ルウには分かった。
「お前が怯えている事は分る。フランの大破壊の記憶と一緒なんだ。お前にとっての召喚魔法は未だ辛い部分が大きいのだろう。克服したように見えても人間はそう簡単には行かないさ。俺だってそうだもの」
震えていたナディアではあったがルウの意外な言葉に目を見張る。
「え、旦那様が怯えている!? こんなに強くてボク達を護ってくれる旦那様が!? いつも優しくて冷静なのに?」
そんなナディアの言葉をルウは自嘲的な表情で受け止める。
「ははっ、俺は弱虫さ。未だに爺ちゃんが死んだ事を乗り越えられないでいるんだよ」
「え!? 旦那様?」
傍らで2人の会話を聞いていたフランも驚いた。
ルウは普段そんな態度も示さないし、彼自身がそう言うほど弱い人間などには到底見えなかったのである。
「ははっ、俺は自分が弱い人間だと分かっている。爺ちゃんが死んでから自分の中に臆病さや自信の無さが芽生えたんだ。彼が生きている間はそんな事は全然考えなかったのにな。自分で思っていた以上に俺は爺ちゃんに依存していたんだよ」
でもと……ルウは話を続けた。
「爺ちゃんの死で得たものもある。偉大なるソウェルであった彼に比べれば自分など、まだまだ半人前以下だとの認識。そして彼の弟子として謙虚になるべきだとの心構え、そして人の悲しみに対しての理解だ。悲しみに関しては、もし相手の気持ちがしっかりと理解出来なくても何とか寄り添う事くらいは出来るようになった」
フランもナディアも黙ってルウの話を聞いている。
「俺はお前達に出会えてとても幸せなんだ、本当にありがとう! 悲しみを知る者しか喜びと感謝の本当の価値が分からないという事も理解したし、俺はお前達に甘える事でどんなに自分が癒されているかが心底分かったんだよ」
それを聞いてルウを抱き締めるナディアの腕にも力が入る。
「そうか、そうだよね。ボク達って漠然と旦那様に幸せにして貰おうとだけ考えていたけど、ボク達も旦那様を幸せにしているんだ! 幸せに出来るんだ! こちらこそありがとう、旦那様。 ボク……頑張るよ、もっともっと皆で幸せになりたいんだもの」
傍らでつい涙ぐむフランもナディアの言葉を聞いて大きく頷いていたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ようし、旦那様。ボク、気合が入って来たよ」
一息ついて召喚魔法を学ぼうと腕を撫すナディアをルウが力付ける。
「ははっ、ナディア。お前は誤って大悪魔を召喚してしまったというが、そんな事は注意すれば滅多に起こらないんだ。俺はそれを聞いた瞬間、間違いなくお前には召喚魔法の素晴らしい素質があると思ったぞ」
自分に才能があるというルウの言葉を聞いたナディアは嬉しそうに笑った。
加えてルウはナディアに対して聞きたい事があるようだ。
「お前に俺が召喚魔法を教えるのは初めてだ。まずお前が2年生の課題時に呼び出した使い魔を知りたい。教えてくれないか?」
ルウの問いに対してナディアは急に罰が悪そうに声の調子が落ちた。
「……それが『アンノウン』だったんだ。同級生が皆可愛い犬や猫だったから……その……仮初の人形に移魂したらボク、皆に笑われて……ついそのままになっているんだけれども……」
どうやらナディアには召喚に対しての『黒歴史』があるようだ。
当時は酷くからかわれたらしく俯いてしまっている。
「ははっ、素晴らしいじゃないか。そのアンノウンの『器』次第では凄い使役魔になるぞ。俺がストックしている魔道具の中から探して良い依り代があれば試してみよう」
ルウが前向きに捉える様にフォローすると今迄落ち込んでいたナディアが、がらりと態度を変えた。
「本当!? 旦那様っ! ボク楽しみになって来たよ。それで今夜はどうするの?」
立ち直りの早いナディアに苦笑しながら、ルウは召喚魔法について話し始める。
「ははっ、じゃあこれからが本題。召喚魔法は他の魔法と比べると特に言霊に左右されるんだ。言霊の質と内容により繋がる異界が決まって来るからな」
「その前に」とルウは話を中断した。
ナディアに聞きたい事があるようだ。
「ナディア、お前は今、ペンタグラムを身に付けていないな。部屋に置いてあるのか?」
「あ、……まさか召喚魔法をやるなんて思わないから確か部屋に置きっ放しかも……御免なさい、旦那様」
済まなさそうに両手を合わせるナディア。
それを見てペンタグラムの効用を説きつつ、注意するルウである。
「ペンタグラムは召喚魔法以外にも護符としてお前の事を護る。常に身に付けておく方が良い」
「分かりました。以後気をつけるから許して! 旦那様」
素直に謝るナディアに対してルウは手を横にひらひらと振った。
「ははっ、良いよ、ナディア。ただ俺の作った異界とはいえ、習慣として、一応ペンタグラムは身に付けておいた方が良い――そうだな、ペンタグラム自体はお前の物を屋敷から取り寄せよう」
「へ!? 旦那様が取り寄せる? これから屋敷にボクが取りに行くんじゃあないの?」
ナディアはきょとんとしている。
ルウはナディアから彼女の自室にあるであろう、ペンタグラムの所在を聞いた。
「どこに仕舞ってある? 鏡台の辺りか?」
「は、はいっ! ボクの鏡台の向って右側、上から2番目の引き出しの奥の筈です」
ナディアはいきなりペンタグラムの大凡の場所を言い当てられて吃驚した。
片やルウは目を閉じて何事かをイメージしているようだ。
「鏡台の2番目の引き出しの奥だな……よ~し、我が手に……得よ!」
ナディアが見るとルウの手の上に自分の愛用のペンタグラムが乗っている。
「えええええっ! ど、どうしてぇ!?」
「ははっ、これは引き寄せの魔法さ。いずれ説明するから、今は召喚の魔法に注力しよう」
ルウは呆然とするナディアにペンタグラムを渡すとにっこりと笑ったのであった。
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