第242話 「体験授業②」
ルウが受け持つ魔法攻撃術の授業が始まった。
教室の定員50名に対して80名が押しかけるという大人気振りである。
2年生の総員が3クラス計100名強なのでこの時間の授業の約2/3以上がルウの授業を選択した事になる。
「まず最初に礼を言っておく。俺みたいな新米教師の体験授業を選択してくれた事に対してだ」
ルウがぺこりと頭を下げると教室中がどっと沸いた。
「ははっ、じゃあ始めるぞ」
ルウの授業の切り出し方は従来の教師とは違っている。
それは以前、召喚術の意義を話した時と同様だ。
「まず魔法とは何だ? この中で誰か分かる者は居るか?」
ルウの問いに対してオレリー他何人かが挙手をして解答の許可を求めた。
「ようし、オレリー。答えてみろ」
ルウがオレリーを指名すると彼女はすっくと立ち上がった。
「はいっ! 魔法とは表面上は我々人の子の域を超えた未知の力を行使する事です。しかし本当の意味は魔法により得られる知識でまず人の子の立ち位置を理解する事。そして神が造りし未完成な人の子の可能性を認識しながら探り、挑戦し続ける事です」
ルウの目を見ながらはきはきと答えるオレリーに対して彼は満足そうに大きく頷いた。
「満点の解答だ。どのような魔法も、つい行使する事だけに目が行きがちだが、魔法とはそれだけではない。まず皆にはそれを理解して欲しい」
ルウは学園から支給された魔法攻撃術の教科書を取り出した。
「まずは重要なのは個々の魔法適性を基にした属性の理解だ。先程オレリーが言った通りの事で自らの立ち位置をまず認識して自分の可能性がどこにあるか、何をどうすれば最大限に生かせるか探るんだ」
ルウは教室を見渡すと生徒の反応を見る。
彼女達はルウの言葉に真剣に聞き入っていた。
「余談だが、俺が副顧問として指導している魔法武道部も顧問のシンディ先生や部員の了解を得て今年からやり方を変えて貰った。いわゆる適材適所の方式だ」
ここでリーリャが挙手をして質問の許可を求めた。
ルウは軽く頷いて許可をする。
「適材適所とはまず自分の長所を伸ばせ……という意味でしょうか?」
魔法武道部の訓練の様子を見たリーリャはルウの言葉をそのように理解したのだ。
リーリャの様子を見たルウは「正解だ」と返してやる。
「出来る限りの属性の知識を得るのはとても大事な事だが、実践に関しては違う。全ての魔法を自分で使いこなせる可能性は低い。全属性魔法使用者や複数属性魔法使用者でも無い限りはまず自分の唯一の長所である魔法適性の属性を伸ばす事に徹するんだ。その次に効果は落ちるが準適性という順番だ」
但し……とルウは言う。
「元来、魔法使いはひ弱だというイメージが強い。これは戦場で戦う時や迷宮や秘境で探索をする際に自分の身を守れないというイメージから来ていると思う。これに対処するにはまず俊敏さを身につける事、そして身を守る術を身につける事だ」
そこで誰かの突っ込みが入った。
「ジゼル先輩みたいな……ですかぁ!」
ルウはにっこりと笑い、その通りだと答えた。
「俊敏さに関しては身体を鍛えて基礎体力をつける事に加えて、身体強化の魔法が有効だ。一見魔法攻撃術とは違うと言われるかもしれないが、俺の授業ではそれらも取り入れる。そして身を守る術に関しては体術と剣技等の武道だ。勿論個々の体力や適性を見て無理の無い所でやって貰う」
それを聞いた教室からはどよめきが起こる。
これでは魔法武道部の活動と同じではないかと彼女達は感じたに違いない。
「俺の授業はより実戦的だ。それは皆がこの世界で生き残る為でもある」
今、生徒の皆に話した事――それはかつてルウの師であり、育ての親でもあったアールヴのソウェル、シュルヴェステル・エイルトヴァーラの言葉と教えでもあったのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ルウの魔法攻撃術の体験授業が終わった。
受講した生徒の反応は様々である。
ルウというこの学園の中では珍しい異性の教師に対する興味がきっかけで受講しに来た生徒も少なくなかったので正直戸惑いの表情も多い。
教科書を予習して来たり、先輩から情報を仕入れて来た内容とはだいぶ違うからだ。
従来の授業では魔法攻撃術に該当する魔法式を徹底的に覚え、身につけられないものは振るい落とすというやり方である。
一見厳しそうではあるが、授業内容は単純である。
ましてや同時に身体を鍛える事などはない。
「ふ~ん、思った通りあんたの授業は他の先生とは違うねぇ」
先輩教師のサラ・セザールが感心したように言う。
「次の上級召喚術の授業の補佐に就くのが楽しみだ」
「ははっ、俺のやり方は学校のやり方ではないからな」
ルウが苦笑するとサラは悪戯っぽく笑う。
「やっぱり……それがアールヴのやり方って事かい?」
ルウの経歴は他の教師に対してはアールヴの里で修行した人間だと告げられている。
知己である教頭のケルトゥリ・エイルトヴァーラの推薦という事になっていたから、サラもそのように聞いたのだ。
「まあ――そんな所だ。それより1年生の授業ってどうだい?」
ルウは何気にサラに質問してみる。
魔法武道部以外で他の学年の生徒と接する機会はあまり無いからだ。
「ふふふ、大変さ。生意気盛りで……この時間はA組からC組全員3クラス合同の授業をしているから良いけど」
「3クラス合同の授業?」
ルウは思わず「詳しく教えてくれ」とサラに頼んだ。
「ああ、1年生の時は最低でも月に1回、アデライド理事長自ら合同授業を行うのさ。確か屋内闘技場でこの次の時間一杯まで行う筈だよ。内容は基礎的なもので生活魔法の魔法式の発声練習や集中力の高め方、魔法への意識の教授等かな。1年生担当の先生が1人補佐で就くんだけど、あたしは今回、当番じゃなかったからね」
「そうか? 面白そうだな」
ルウはアールヴの里での事を思い出した。
シュルヴェステルに拾われたばかりの最初の頃は魔法の『ま』の字も知らず、アールヴの子供達に混じって修行をしたのである。
「ふふふ、あんたほどの魔法使いにとっては退屈な時間さ。それより次は召喚術だから祭儀教室だろう、早めに行って準備をしよう」
授業間の時間は10分程しか無い。
サラが促すとルウを呼び止める声が聞こえる。
オレリー、ジョゼフィーヌ、そしてリーリャを含めた10人程の2年C組の生徒達であった。
どうやら次のルウの授業も受講する様子である。
「よう、お前達も一緒に行こうか?」
ルウに声を掛けられた生徒達は大きな声で返事をするのであった。
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