第238話 「モーラルの幸せ」
魔力波が見えたと大声をあげて喜ぶジゼル。
そしてフランにも自分は勿論、ルウや他の妻達の魔力波がはっきり見てとれた。
彼女達は決して目で魔力波を見ているわけではない。
現代で言うラジオの受信機がその周波数を感知する様に、放出されている魔力波を感じているのである。
フランが改めて自分の魔力波を見直すと、それは淡い青色であり、ルウの魔力波はもっと深みのある紺色だ。
また自分やモーラル以外の妻達の魔力波の状態は纏うという表現が妥当だが、ルウとモーラルの魔力波は身体から立ち昇るといった表現がぴったりである。
それはまるで青い炎といった凄まじいものだ。
「モーラルとジゼルの他に魔力波が見えているのは、フランか」
ルウが指摘するとフランは頷き、ナディア、オレリー、ジョゼフィーヌは悔しそうに俯いた。
「ははっ、大丈夫さ。まだ勝者の魔法が使いこなせないだけだ。俺の見た所詠唱は問題無いから、後は魔力の高め方だ」
ルウはそう言うとモーラルにナディア達に勝者の魔法の訓練を託すと自分はフランとジゼルに稽古をつける事にしたのである。
「身体強化の魔法が発動しているとはいえ、魔導拳は基本的に拳法だ。基本的な身体の捌き方から教えるぞ」
こうしてルウ組とモーラル組に分かれた妻達は暫しの間、それぞれの訓練を行なったのだ。
―――フランとジゼルは基本的な身体の捌き方を身につけ、ナディア、オレリー、ジョゼフィーヌは何とか勝者の魔法を発動させ、魔力波を見通す所までスキルアップしたのである。
「最後に俺とモーラルの模擬試合を行う。魔力波の読み方、身体の捌き方を参考にして欲しい」
「……旦那様、模擬試合とはいえ、思う存分戦わさせて頂きます」
モーラルが不敵な表情で笑うとルウは黙って穏やかな表情でそれを受け流した。
やがてタイミングが合ったのか、先に仕掛けたのはモーラルである。
鋭く舞うように動きながら数十発もの突きと蹴りで攻撃するが、全てを払ったり躱したりしたルウはまともな打撃を一切入れさせない。
ルウが戦いながら言う。
「モーラルの攻撃とそれに対する俺の身体の捌き方を良く見ておいてくれ。速度はともかくこれらをまず巧く出来るようにするんだ。徹底的にやって基本形をマスターしたら次の段階に進もう」
それを聞いたモーラルが気合を入れ直すと再度、攻撃を仕掛けたのである。
ルウはそれを全て凌ぎきると、逆にモーラルに攻撃を仕掛けた。
今度はモーラルが防戦一方となる。
そしてルウの放った一発の蹴り!
え、軌道が変わった?
魔力波は通常の蹴りの筈なのに!
それはかつてルウがドゥメール家の家令ジーモンと戦った時に受けた拳法の技である。
そして見切った筈の魔力波に該当しない動き……
ルウはモーラルにも未だ見せぬ魔導拳の奥義で彼女を攻撃してみせたのである。
見極めた筈の相手の強烈な蹴りを脇腹に受けてモーラルは思わずその小柄な身体を宙に浮かせていたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ルウ・ブランデル邸、午後10時……
あれから異界での訓練を終えたルウ達は現世に1時間程前に戻って来た。
皆で夕食の後片付けをした後は、これまた皆で一緒にルウの部屋と同じ階にある広大な浴室に皆で入浴しているのだ。
この浴室は通常の浴室の10倍はある20畳余りの広さで湯船は一度に5人は入浴する事が出来る野外の温泉を模した岩造りのものである。
ルウ達はたまにこうして家族全員で風呂に入る。
全員でとりとめのない事を喋りながら入る風呂は楽しいし、自分の身体は自分で洗うのが基本的なのだが、夫であるルウに優しく洗って貰ったりすると妻達は大喜びし、また妻同士で背中を流し合うと何故かお互いの距離が更に縮まり、相手が分かるような気持ちになった。
またゆっくり湯船に浸かると、回復魔法とはこれまた違った形で疲れが取れて、ぐっすりと眠れると好評であったのだ。
入浴が終わり、妻達はそれぞれ自分の部屋に引っ込んだ。
これから朝までは自分達のプライベートな時間である。
そんな中、今夜ルウはモーラルと過ごす事になっていた。
暫く後にルウのドアが遠慮がちに叩かれる。
ルウが部屋に入るように伝えるとモーラルはゆっくりとドアを開けて滑り込むように入室した。
そして切なそうな目でルウを見詰めるとぎゅっと抱きついて来たのである。
「ルウ様、私の旦那様……こんな日が来るなんて私、本当に嬉しいです、幸せです」
「モーラル、俺もお前と出会えてよかったよ」
モーラルがルウに初めて抱かれたのはジョゼフィーヌが抱かれてから数日後であった。
彼女は魔族である自分がちゃんとルウに抱いて貰えるかずっと心配していたが、それは杞憂に過ぎなかった。
女性として初めて抱かれる痛みもあったし、何度か抱かれるうちに女としての喜びも感じられるようになっている。
現在モーラルの深刻な悩みは自分の体型的なものである。
何せ他の妻達は抜群のスタイルを誇っていた。
自分だけが『くびれ』があまりなく、乳房も少し膨らみかけた程度。
未だ咲きかけた少女のような体型であったからだ。
しかしそんな事を気にする事なくルウは一生懸命愛してくれるのがモーラルにとっては嬉しい。
暫しの間―――情熱的な男女の営みが行われ、それが終わると2人はベッドの中でまどろんだ。
「旦那様……」
モーラルが少し口篭りながら言う。
「妻達全員が将来は旦那様との子を欲しています。ですが……」
モーラルは少し元気が無い様子である。
「どうした?」
「私は……魔族の私は……それを望まない方が良いのではないでしょうか? 私みたいな辛い思いをする子は私限りにしたいのです」
モーラルは元々は人間の両親から人として生まれた身である。
しかし神の悪戯か、夢魔という魔族としての生を与えられる事になってしまった。
その為、実の父を含めた生まれ故郷の村人達から、母と共に石もて追われる苛酷な運命を辿ったのだ。
もし自分にルウとの子が生まれればまた同じく辛い思いをする事になる。
モーラルにはそれが悲しくそして耐えられなかったのだ。
「……馬鹿だな。俺はお前との子が欲しいんだ」
ルウはモーラルをそっと抱き締めた。
「お前は俺に今、幸せだと言ってくれたじゃないか? お前に俺の子が出来たら俺とお前で責任を持って幸せにしなければならない。万が一このヴァレンタインが俺達の子を幸せに出来ないのなら家族の皆が幸せになれる違う地を見つけよう」
「旦那様……」
モーラルは思わず感極まって涙が溢れて来た。
そして声をあげてルウの胸の中で泣いていたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ルウ・ブランデル邸、午前7時……
どこの世界でも朝は相変わらず慌しいようだ。
ここルウ・ブランデル邸も例外ではない。
女性が圧倒的に多いこの屋敷では支度に時間が掛かる彼女達を早くするように叱咤し促すのはモーラルの役目である。
「今日のモーラルちゃん、何か一層気合が入っていますね」
フランがモーラルの様子を見て悪戯っぽい笑いを浮かべる。
多分、この人が彼女を勇気付けてあげたんだわ。
この人は女を嬉しくさせる言葉を掛けてくれる、そんな行いをしてくれる最高の旦那様だから……
フランはそう考えるとルウの妻である事、そして彼女達が家族である事に改めて喜びを感じたのであった。
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