第237話 「王女の事情と妻達の理解」
「じゃあ、旦那様。そろそろ私も含めて皆にもリーリャ王女の今回の事件とその顛末を詳しく教えて頂けますか?」
フランがそう切り出すと他の妻達も身を乗り出した。
今回の経過と結果について、フランは王国から学園宛の大まかな報告に加えてルウからはざっくりとした概要を聞いている。
リーリャと直接話をしてルウと共に全ての事情を知っているのはモーラル唯1人である。
しかしこのような時、モーラルは他の妻達からどんなにせがまれようと一切事情を語らない。
一家の長であるルウの許し無しで自分からは話さないと心に決めているのである。
妻達の主な好奇心は『王女リーリャ』に向けてのものだ。
彼女達は未だリーリャがルウの将来妻になることを知らなかった。
だが決まった以上、他の妻達にとってはリーリャが家族になる事になる。
今後リーリャと巧くやって行くには彼女が妻になった経緯を聞いた上で、襲った『敵』を認識する必要があった。
その為には改めて皆でルウから話を聞き、情報を共有した方が良いとフランは考えたのである。
当然ルウもフランの考える事は分かっていた。
一瞬間を置いてから直ぐに話を始めたのである。
「了解だ。まずは情報を整理しよう。皆も断片的に聞いているかもしれないが改めて聞いて欲しい。今回はロドニア王国を転覆させようとした者が居て王女はそれに巻き込まれそうになった」
妻達は『ロドニア王国の転覆』というとてつもない事件を聞いて息を呑んでいる。
「画策した敵はアッピニアンという称号の者と彼等に使役される悪魔達だ」
『アッピニアン』……先日ルウから楓村を襲った異形の怪物達の一件を聞いた時に出た敵の名前とまたもや悪魔が絡んでいる事を聞いて最初は驚くだけだった彼女達の顔付きも厳しくなって行く。
「アッピニアンとは悪魔を使役出来るという伝説の魔導書『アッピンの赤い本』の蒐集に対して命をも懸ける者達の総称及び称号らしい。楓村の事件はイクリップスというアッピニアンだった。今回はロドニアの御用商人ザハール・ヴァロフに擬態した闇の魔法使いグリゴーリィ・アッシュという者が悪魔を使ってロドニアを乗っ取ろうとしたのさ」
ここまでは良いかとルウは妻達に念を押した。
彼女達は全員が頷き、真剣に聞き入っている。
「グリゴーリィ・アッシュは魔導書『アッピンの赤い本』の紙片を2つ持っていた。紙片にはそれぞれ悪魔の真名が記載されている。悪魔でも人間でも真名を知られたら人格を乗っ取られるか、完全に術者の支配下に置かれてしまう。悪魔達はアッシュの手先となってリーリャの父ボリスを野望に狂わせていた。リーリャの留学とは表向きで、実はボリスの版図拡大の人身御供としてヴァレンタインに送り込まれたのさ」
しかし……とルウはリーリャの事を説明した。
「幸いな事にリーリャ自身に悪魔の手は及んでいなかった。俺は彼女に手を出して来たアッシュを倒し、使役されていた悪魔達を解放し改めて従えた。ロドニアの方も王ボリスが悪魔の呪縛から解けたので何とか混乱も収まったのだ」
ルウの説明が一区切りつくとモーラルが目で訴えて来たのでルウは発言を許した。
「旦那様がアッシュ、そして悪魔と戦っていらっしゃる時に私がリーリャ王女をお守りしました。旦那様は擬態をお使いになって一見、悪魔の風貌をされましたが、リーリャ王女は学園で会った時に旦那様と見抜かれたのです」
元々と……モーラルは説明を続けた。
「リーリャ王女は自分と国を助けてくれた『悪魔』に自らを犠牲として身も心も奉げるつもりでした。だけどそれが旦那様だと分かった時に彼女の安堵、喜びは頂点に達して、それが一気に愛情に変わってしまったのです……それはかつてそのような経験をした私達も良く分かるでしょう」
モーラルの話を聞いたフランが大きく頷いた。
「私は大体は聞いていましたけどリーリャ王女……いえ、もうリーリャと呼びましょう。リーリャの愛はもう旦那様無しの人生など考えられない程、真摯なのです。そして旦那様はそんなリーリャの愛を快く受け入れました。いずれ彼女も私達と共に妻として歩んで行く事になるでしょう」
フランを見て頷いたルウが最後は妻達に頭を下げる。
「リーリャを受け入れる事を俺は決めた。どうか皆も仲良くしてやってくれないか?」
それを聞いた妻達はかつての自分の境遇に重ねて納得すると同時に一様に歓迎の気持ちを示した。
「私は大歓迎だ。しかし彼女は王族だ、そこは大丈夫なのかな?」
ジゼルが身分の事を心配するとルウは最もだと笑顔で頷く。
「彼女が俺の妻となるのにはこれからいろいろと問題が出て来ると思う。しかし俺は彼女にまず1人前の魔法使いとなってロドニアに貢献して来るようにと条件をつけた。彼女は俺の為にも絶対にやり遂げると約束したよ」
ルウの言葉を聞いたナディアも憂いのある表情をしながら強い決意を述べた。
「悪魔に囚われそうになったとしたら……どんなに怖かったろうか、ボクには良く分かる。リーリャが旦那様の妻になるなら彼女はボクの家族さ。これから全力で彼女を守るよ」
それを聞いたオレリーやジョゼフィーヌも大歓迎といった面持ちだ。
「世間一般の普通の妻だったら……他に妻が居れば嫉妬という物があるのでしょうけど、私はそんな気持ちが全然起きないの。私もナディア姉が言った通り、彼女を慈しんで守ってあげたいなって思ったわ」
「オレリーの言う通りですわ。それにこうなった以上より一層、級友としても助けてあげられますね」
「……旦那様、モーラルは先に申し上げました通り、彼女は既に可愛い妹です。逆にここで見捨てたら、旦那様に意見させて頂きます」
妻達全員の言葉を聞いたルウは改めて感謝し、ありがとうと短く礼を言ったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
リーリャの話が終わると妻達はそれぞれ愛用の革鎧に着替えて訓練に入る。
まずは魔導拳を覚えたいという妻達の要望を尊重したルウ。
いつもの通り身体強化の魔法からだ。
『我は知る、力の御使いよ! 汝の力を盾に変え肉体に纏い、我は勝利と栄光の王国へ赴く! 我は知る、かつて人で在りし偉大なる御使いよ! この力の契約を執り行い給え! ビナー・ゲプラー・サーマエール、ビナー・ゲプラー・ネツアク・ザイン・ホド・マルクト・メータトロン!』
異界で訓練した身体強化の魔法をフラン達はあれからこまめに時間を作っては練習していたらしい。
その証拠に長い詠唱も各自が容易に行っている。
全員の魔力が満ちた所で魔力を魔力波に変換する言霊が発せられる。
「強化!」
ルウを始めとして妻達の身体に眩い白光が纏い、力が漲るのが明らかに見て取れた。
「ははっ、暫くすれば発動までの魔法式も短く出来る。それにこの前より身体が軽くなり、膂力が増している筈だ。皆が発する『魔闘気』の効果が格段に上がっているせいだ」
「旦那様、魔闘気……とは?」
フランが不思議そうに聞く。
「魔力を練り上げた魔力波を戦闘用や防御用に転換し、身体に纏うのが魔闘気だ。もっと上達すれば武器や防具にも一時的に纏わせる事が出来る。効果が短い付呪の魔法と言った所だな」
この魔闘気を見極めるのが魔導拳の奥義のひとつ『魔力波読み』だとルウは言う。
「じゃあ、魔力波読みの為の魔法、『勝者』を発動しよう、皆言霊は覚えているな?」
ルウは軽く息を吸い込むと一気に吐き出すようにして勝者の魔法を詠唱する。
「神より与えられた人の秘する偉大なる目よ、我の命により目覚めよ。敵を知り己を知れば、我危うべからず―――勝者!」
フラン達も続いてルウと同じ様に勝者の魔法を詠唱し、発動に挑戦する。
「ああ、見える! 旦那様や自分の魔力波が見えるぞ!」
その瞬間、大きく素っ頓狂な声を上げたのはジゼルであった。
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