第234話 「ラウラの試験③」
「召喚魔法とは一体何だ? 大抵の術者はあまり理解していない。まずはそれから説明しよう。フランもリーリャもよかったら聞いてくれ」
ルウはラウラの顔を見据えると彼女に授業を行うような言い方で話を始めた。
「世の殆どの召喚魔法の術者達は大体『使い魔』レベルを使役するに止まっている。上級の魔族を呼ぶにはかなりの実力が必要だ。油断したり、一歩間違えば呼んだ魔族に害される危険があるからだ。結局使い魔くらいでは雑務程度を担う単なる下僕の域を超えない。召喚魔法の真髄は召喚した人智を超える存在より様々な知識を得る事にあるんだ」
「様々な知識……ですか?」
「ああ、俺達、人間の寿命はせいぜい80年から100年……この僅かな一生に学べる事は限られているし、余りにも少ない。何故ならば俺達魔法使いは好奇心と探究心の塊だからだ。未知の魔法や不可思議な魔道具、難病も完治させる究極の魔法薬は学びたいと思って当然だ」
ルウの言葉に3人が大きく頷く。
3人共魔法の知識の修得に対して貪欲だ。
余りにもやりたい事が多いので「時間がない」というのはよく言う口癖である。
ここにアデライドが居たらすぐさま魔法談義が始まるであろう。
そんな3人の様子を見たルウは納得して話を続けた。
「魔法だけではなく美しい調べの音楽、人の心を打つ詩など数限り無い素晴らしい知識を彼等は所持している。それを教授して貰う、そう考えただけでわくわくするとは思わないか」
そういうとルウは満面の笑みを浮かべた。
「でも旦那様、残忍で狡猾な悪魔はその代償として人間を陥れて魂を奪おうとしますよね」
フランが心配げに言うとルウは大きく頷いた。
「ははっ、フランの言っているのも事実だ。だから術者の実力次第なのさ。確かに召喚した後、偽りばかりを言うような存在も居るから一概には全ての魔族が素晴らしいとは言えないがな」
話を聞いていたラウラが恐る恐るルウに話し掛ける。
「ルウ様、で、では貴方の底知れない魔法の知識と技術はそのような人智を超えた存在達から得たもの……ですか?」
余りにも桁違いなルウの力にラウラはついそう思い込みそうになった。
「いや、俺の魔法の知識は殆どが師である爺ちゃんからさ。だが爺ちゃんが知らない事も未だ沢山あるのに違いないのさ。爺ちゃんの知識はたった7,000年で培った物に過ぎないから」
「ななな、たった? な、7,000年って!? 一体ルウ様の師とはどなたですか?」
思わず聞き直すラウラにルウはにっこりと笑った。
「ああ、俺が尊敬していたアールヴのソウェルさ。だが爺ちゃんを超える知識を持つ者も魔族には大勢居ると思うぞ」
確かに悠久の時を生きる悪魔などの魔族にとっては7,000年の時も一瞬に過ぎないだろう。
しかし人間から見たらそれだって遥かに長い年月なのは確かである。
そこまで考えてラウラは以前ロドニアでの魔法修得の旅をしていた時に会ったアールヴが言っていた事を思い出したのだ。
「あるアールヴに聞いた事がある。次代のソウェルが人間になるかもしれないって……確か……確かその名前はルウという……それが貴方の事?」
ラウラの言葉を聞いたルウはゆっくりと首を横に振った。
「残念ながら俺はソウェルではない。それより今は召喚魔法に注力しよう。まずは魔法女子学園で教えている魔法式で呼び出すやり方だ。こちらは初心者でも魔法を発動し易いが召喚される相手が不確定で基本的にはあまり上級の魔族を呼び出す事は出来ない、何故だか分かるか、フラン」
「ふふふ、ウチで教える魔法式の力の根源が神の使徒である大天使だからよ。彼等は基本的に悪魔などの魔族とは敵対しているから」
「ははっ、正解だ。さっきも言ったように実力以上の魔族を呼び出すのは危険が伴う、リーリャもまずはこの魔法式から覚えるんだ」
「はいっ、旦那様!」
すかさず元気の良い返事をするリーリャ。
未だ『婚約者』に過ぎないリーリャではあるが、気持ちは既にルウの妻になりきっているらしい。
「じゃあ発動しよう」
ルウはそう言い放つと魔法式を詠唱する。
「創世神の御使いであらせられる大天使の加護により、我に忠実なる下僕を賜れたし! 御使いの加護により御国に力と栄光あれ! マルクト・ゲブラー・ホド! 永遠に滅ぶ事のない……来たれ、我が下僕よ」
ルウから強烈な魔力波が放たれると異界の地が眩く光り始めた。
そして異界の空気が軽く音をたてて振動すると光の中に何者かの影が浮かび上がる。
それは1頭の逞しい鹿毛の馬であった。
まるで嬉しそうに大きく嘶くとあっという間にルウのもとに駆けて来たのである。
「ははっ……何だ、お前? 名は確か……」
ルウがそこまで言い掛けるとまた馬が大きく嘶いた。
輝くような馬体は全身がバネのようである。
特に後肢は異常な程発達しており他の馬とは全く違っていた。
かといって禍々しいという雰囲気は全く無く、額に白星を持ち後足は白が入った神々しく美しい馬である。
「ベイヤールだったな」
ルウの記憶ではこのベイヤールという馬はルイ・サロモンが使役した72柱の悪魔公爵セーレを主とする妖馬である。
確か主と共に参加した大きな戦いの最中、行方不明となったとルシフェルからは聞いていた。
それが今、ルウの召喚の呼びかけに応えて異界から出現したのである。
「ははっ、お前は主であるセーレに会いたいのだろう」
ベイヤールはじっとルウを見詰めている。
そして不思議そうに首を傾げたのだ。
「ははっ、違うのか。そうか……今度は俺に仕えると言うのか?」
するとベイヤールはルウの言葉を肯定するかのようにひと際大きく嘶いたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ベイヤールを異界に帰した後、ルウは3人に向き直った。
「ルウ先生! さすが私の旦那様です! 凄いです!」
リーリャは初めて召喚魔法を目の当たりにして興奮しきっている。
厳密に言えばルウが火蜥蜴を呼び出した事も召喚に属する事なのであるが、通常の召喚魔法の手順と違っていたので余り実感が湧かなかったのだ。
「ふふふ、リーリャ。私の台詞よ、それ」
フランが軽く睨むようにリーリャを見ると彼女は照れたように可愛く舌を出した。
「御免なさい……フランシスカ様、もしかして貴女もモーラル姉と同じ様に呼んで良いでしょうか?」
「ふふふ。全然オッケーよ、リーリャ。学園では駄目だけれどもね」
フランが微笑むとリーリャは心の底から嬉しいという笑顔を見せたのである。
そんな3人を見ながらルウが口を開く。
「ははっ、3人共良いか? 次は最初に言った通り人智を超える存在から知識を得るという事をしてみよう。ちなみに時間が無いから手順はまた今度の機会にして既にこの場に居る者を呼び出すぞ」
え?
この場に居る?
ラウラは不思議そうに辺りを見回した。
しかし自分達4人以外は何者も居ない。
「バルバトス!」
ルウが鋭く叫ぶと異界の空間が不自然な歪み方をして唐突に開く。
そして兜を目深に被った1人の男が現れたのである。
彼の顔にラウラは見覚えがあった。
「バ、バルバ殿!?」
「ふふふ、あの日以来か。暫くぶりだな、ラウラ殿」
ラウラの前に現れた男――それはかつてバルバと名乗ったルウの従士である筈の逞しい戦士であったのだ。
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