第232話 「ラウラの試験①」
ルウ達はロドニア王宮魔法使いラウラ・ハンゼルカを迎えに行く為に正門の護衛用の騎士詰め所まで歩いている。
フランがリーリャに聞くとラウラはまだ26歳の若さだという。
自分とそんなに変わらない年齢でもう王宮魔法使いという重責を担っているラウラがどんな女性か、フランは気になった。
「ラウラさんってどんな方?」
フランの更なる問いに対してリーリャは誇らしげに彼女を称える。
「彼女は、ラウラ先生はとても努力家で真面目な人です。こう言っては何ですが魔法の発展途上国であるロドニアではヴァレンタインのように魔法の学校やちゃんとした教科書などはありません。各地に優れた魔法使いが居ると聞けば赴いて教えを乞い、口述で魔法の記録を取って、それを繰り返し訓練する事で今の実力を付けていったのです」
それを聞いてフランは吃驚する。
王都セントヘレナから他の街や村に滅多に出ない彼女からすれば考えられない事だからだ。
「それって何年くらい、続けられたの?」
「ええと10歳の頃からと聞いていますので、ざっと16年ですか……私に王宮で魔法を教えながらもずっと続けられていましたから」
ロドニアの国土は広く町や村はヴァレンタイン以上に点在している。
いかに護衛が付くとはいえ、何という修行だろう。
フランは未だ見ぬラウラに対して同じ魔法使いとしてすっかり尊敬の念を持ってしまった。
「凄いわね」
感心するフランにリーリャは一瞬複雑な表情をした。
フランが「どうしたの」と問い質すとリーリャは一瞬間をおいて辛そうな表情で話し始めた。
「でもやはりヴァレンタイン王国に比べると魔法の質の差はいかんともしがたいとラウラ先生は嘆いていました。そしてつい……」
「つい? ……何?」
リーリャが口篭ったのでフランはつい問い質してしまう。
「はい、内緒にして頂きたいのですが……私もヴァレンタインに生まれたかったと悔しそうに言っていました」
それを聞いてフランは益々、ラウラが好ましく思えて来た。
魔法に対する好奇心と探究心、そして学ぶ為にはどんな労をも惜しまない不屈の魂――彼女と会っていろいろ話をしたら直ぐ打ち解けられそうな気がしたのである。
やがて一行は魔法女子学園正門の横にある王都騎士隊詰め所に入った。
ルウにしてみればジョゼフィーヌの一件以来なので久し振りである。
控え室は現在全員女性が詰めているのでいつも詰めているヴァレンタイン王都騎士隊の男性騎士達は気を遣って外で勤務していた。
リーリャはドアをノックしてラウラを迎えに来た事を告げる。
「皆さん、お疲れ様。ラウラだけ来て貰えるかしら。申し訳ありませんが、他の方は後、1時間程待っていてください」
ドアがゆっくりと開き、ラウラが出て来た。
彼女はルウだけではなくフランも居る事を認めると深く一礼をしたのである。
「初めまして! ロドニア王宮魔法使い、ラウラ・ハンゼルカです。お話の場を設けて頂き感謝致します。その上お迎えにいらして頂くなど恐縮至極です」
「こちらこそ! ヴァレンタイン魔法女子学園校長代理フランシスカ・ドゥメールです。宜しくお願い致します」
フランが勢い込んで先に挨拶をしたので、ルウは軽く会釈をするとラウラに対していつもの通り穏やかな表情を向けた。
「俺は魔法女子学園教師、ルウ・ブランデルだ。宜しくな」
ラウラはロドニアでは騎士爵家の生まれであり、れっきとした貴族である。
その上、王宮魔法使いと言う地位は男爵扱いという事になっている。
しかし伯爵令嬢と聞いているフランがルウを咎めないのと、リーリャがルウの服の端を掴んでいたのを見て、良く言えば屈託の無い、悪く言えばぞんざいともいえる彼の口の利き方も何となく納得してしまったのだ。
そこにそんなラウラの気持ちを読んだかのようにルウからの謝罪が入る。
「悪いな、本来ならもっと丁寧な話し方をした方が良いかもしれないが、今日は貴女に対して本音で話す事を考えると、このような言い方をさせて貰った」
「はい、別に気にしておりません。こちらこそ今日はざっくばらんにお話させて頂ければ助かりますわ」
ラウラが気にしていないと告げるとフランが早速移動しようと促した。
リーリャがホテルへ戻る事も考えると余りゆっくりしている時間は無いのだ。
ラウラは笑顔で頷くと丁寧に案内を頼んだのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔法女子学園校長室、午後4時30分……
「さあ、どうぞ」
フランが自ら紅茶とお茶菓子を出してくれたのを見てラウラは驚いた。
ロドニアでは考えられない事なのである。
そんな表情を見てフランはにっこり笑う。
「ふふふ、こういった事はわざわざ部下の先生や事務員に頼んだりしないの。全部自分でやるのです」
「成る程……」
今日、接見を求めてきたのはラウラの方からである。
フランはまず彼女に理由を聞く事にした。
「はい、私はリーリャ王女の師として彼女を6歳から10年指導して参りました。聞けばそちらのルウ様の実力はリーリャ様から見てとても素晴らしいものだとか……ぜひご披露頂きたい」
ラウラは余り回りくどい言い方が嫌いであり、苦手である。
その為、ルウに対して単刀直入に用件を伝えたのだ。
「ははっ、ラウラは自分の使命を果す為に納得してリーリャを託したいのだろう」
ルウにそう言われてラウラは怪訝な表情になる。
「くどくど説明してもお前は納得しないだろう。そしてここでは思うように魔法を使えない」
ここでは!?
ラウラは自分の言葉をルウが汲んでくれたと理解した。
この魔法女子学園には広大な闘技場があった筈だ。
ルウはそこでちょっとした魔法の披露でもしてくれるのだろう。
ラウラはてっきりそう思い込んでいたのだ。
しかしラウラの予想は見事に裏切られたのである。
「善は急げだ、直ぐに移動しよう。皆、その場を動くなよ」
う、動くな!?
動くなって、何!?
ラウラは自分の予想が外れて焦ってしまう。
その様子を見たリーリャは普段冷静なラウラにはしては珍しい事だと思った。
やがてルウは目を閉じると、ラウラの知らない男の名を鋭く呼んだ。
「バルバトス!」
その瞬間、部屋の空気がルウに対してまるで返事をするようにぴしりと鳴る。
え!?
な、何!?
ラウラはこのような体験は生まれて初めてであった。
空気の振動は益々大きくなり、部屋全体が揺れるような錯覚さえ覚えるくらいになる。
その中でルウの言霊を発する声が朗々と響き始めた。
「我は『高貴なる4界王』の偉大な力を欲する者なり! ――風の王オリエンス、水の王アリトン、火の王パイモン、そして土の王アマイモン。さあ我にこの世の真理を説き、仮初の世界を与えるが良い」
びしっ!びしっ!
部屋の空気は更に振動し、長椅子に座っていられないほど酷くなる。
「きゃあっ!」
可愛い叫び声はリーリャのものであろう。
「リーリャ様ぁ! ル、ルウ! き、貴様ぁ!」
叫び声を聞き、リーリャの名を呼び、彼女の身を案じて声を荒げるラウラ。
その瞬間目の前が真っ暗になり、ラウラの気は一瞬遠くなる。
「落ち着くんだ、ラウラ。リーリャは無事だ。当然、お前もフランもな」
再び目を開けたラウラが見たものは真っ白な何も無い世界……ルウが『高貴なる4界王』に命じて作り出した異界だったのだ。
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