第231話 「学ぶ為に」
リーリャの余りにも大胆な宣言にアデライドとフランは言葉を失っていたが、当のリーリャそしてルウが穏やかな表情でいるのを見て呆れてしまった。
「ルウ、貴方……この子を本気でお嫁に貰う気なの?」
「ああ、本気だ。俺を頼っているし、今更突き放すなんて出来ないな」
職務を離れて『母』として心配するアデライドだがルウの穏やかな表情は全く変わらない。
「まあ、貴方の事だから何か考えがあるんでしょうけど……」
口篭るアデライド。
そんな自分の母を見て傍らに居たフランも苦笑すると「分かったわ」と了解したのである。
「私は妻として旦那様、貴方を支えるだけ。貴方が苦境から救った女性が妻になる事は既に了解済だから……だけどリーリャもそうなるとはね」
フランはそう言うとリーリャに向き直る。
「リーリャ、貴女はロドニア王家の息女なのよ。私達もヴァレンタイン王国の貴族の娘だけど重みは全く違う。そんな貴女が異国の平民であるルウと結婚するのは大変な事なの」
フランは息をふうと吐くと話を続けた。
「その覚悟はあるのね」
リーリャは黙って大きく頷くと強い意思の篭った燃えるような眼差しをフランにぶつけて来たのである。
「ふふふ、貴女の旦那様への想いも私達同様、本気も本気のようね。お母様、私以下妻達はリーリャを全力で応援しますわ」
アデライドはフランの言葉を聞いて覚悟を決めたようだ。
「フラン、貴女はそう簡単に言うけれど、元々、貴族の令嬢をルウが娶るだけでも常識外なのよ。それがここまで通ってしまうのだから、異例と言うか……まあ、でも今回も何とかするしかないか」
約束を果して何とかルウの妻にと、拳を固めて気合を入れるリーリャを横目に見てアデライドとフランは気持ちを新たにする。
―――そんなルウとリーリャの結婚話が終わった後で、直近に迫った現実的な事に話は戻る。
リーリャの2年C組編入に伴う試験は明後日に迫り、彼女が今迄に召喚魔法の経験が無い事が明らかになった今、アデライドとフランの判断で明日もルウがつきっきりで指導する事になった。
それを聞いたリーリャがとても喜んだ事は言うまでもない。
またルウと2人きりで一緒に居られるからである。
だが明後日の試験の際には2年C組の生徒全員が立会いの下で試験を行う事も決まった。
リーリャの場合、防御魔法は風壁を発動済だそうだが、召喚魔法で失敗した場合のメンタルが心配との話がアデライドから出る。
アデライドの懸念というのはリーリャ本人は勿論、彼女が恥をかかされていると周囲から受け止められてしまう事も含めての心配だ。
彼女を学園として一生徒として扱うのは基本ではあるが、仮にもロドニアの王女が、全く未経験の魔法の発動を衆人環視の元で強要され、級友達から例え冗談でも馬鹿にされた場合の意味である。
それを聞いたルウは手を横に振った。
ちなみに先程の母への言葉遣いと上司としてへの言葉遣いは彼もがらりと変えている。
「なあに理事長、明後日の召喚の試験で成功しなくても仕方が無いと思います。リーリャは失敗しても挫ける様な、そんなに弱い娘ではないですから」
優しいが気丈なリーリャの性格を認識して、ルウが擁護するがアデライドの言う意味は少々違っていた。
「ふふふ。ルウ先生、違うのよ。本人だけではなく彼女に恥をかかせたと受け止められる事が問題なの。周囲でそんな些細な事を煩く言う人も出てそれがおかしくロドニア本国に知れたら問題にもなるわ」
しかしルウはそんなアデライドの心配をあっさり退けた。
「ははっ、それなら尚更です。そんな雑音は俺が遮断するようにします。魔法使いとして向上して行く為に皆、失敗を繰り返して試行錯誤しているのです。リーリャは今、王宮の管理された庭園で綺麗に咲く箱入りの花から、野で咲く逞しく美しい野生の花へと変わろうとしているんだ」
ルウの言葉が心に響いたのであろう。
リーリャはきっぱりとこう言い放ったのである。
「大丈夫、魔法の師であるラウラと幼い頃から修行をしていてそんな失敗は慣れていますから。難問や大変な課題よ、どんと来なさいって感じです。それに父からの手紙にもありました、お前は失敗をどんどんして、のびのびと学びなさいと。そうやって魔法使いとしてだけではなく人間としても大きくなれって」
それを聞いたアデライドは驚いた。
リーリャの手紙の話が真実ならばロドニアとの関わり方もまた前向きに考えて行かねばならない。
宰相のフィリップにもぜひ報告すべき話である。
アデライドはリーリャに言う。
「分かりました。それならばこれ以上私の心配は無用です。先程ルウ先生が仰った通りに頑張って下さい」
「はいっ!」
大きな声で返事をするリーリャ。
「それからもうひとつ……リーリャの師であるロドニアの魔法使いラウラ・ハンゼルカさんがルウ先生とリーリャの3人で話したいと学園にいらしているのだけれども」
アデライドが言うとルウがすかさず話しの場にフランも入れるようにと提案した。
「リーリャの様子は勿論、自分とこちらの実力差も測りたいのだろう。フランにもぜひ同席して貰った方が良い」
ルウの提案にフランは軽く頷いた。
自分は同席する事に問題無いという意味である。
ルウはきっと校長代理であり妻でもある自分の立場を尊重してくれているのであろう。
フランの顔にはそんなルウの優しさに対して自然に笑顔が浮かぶ。
「じゃあ良いわね。ラウラさんは今、正門でお待ちだから」
アデライドはラウラが正門の騎士詰め所で待機していると告げた。
リーリャの師である女性魔法使いとはいえ、学園の許可した関係者以外は容易く魔法女子学園の中には入れないという規則がある。
その為にラウラは護衛の騎士の監視の下で正門の詰め所で待っているというのだ。
そんなラウラの気持ちも汲んでのルウの言葉であった。
「ははっ、じゃあ早速皆で迎えに行こう。部屋は校長室で良いかな?」
ルウの言葉にフランとリーリャはすかさず大きく頷いたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔法女子学園正門横王都騎士隊詰め所控え室……
授業終了後、いつもリーリャを迎えに来るのはロドニア騎士団副団長マリアナ・ドレジェルと女性騎士2名、侍女頭ブランカ・ジェデクと侍女2名の計6名である。
6名はいつもこの部屋に授業終了後のリーリャが戻って来るのを待っているのだ。
今日はここにロドニア王宮魔法使いのラウラが加わっていた。
リーリャが凄い魔法使いだと言い、マリアナが会ったルウ・ブランデルという男に自分も1度会ってみたいと面会を申し込んだのである。
一時よりも友好ムードは高まったとはいえ、防衛上の問題もあり相変わらずロドニア王国の人間にはヴァレンタイン王国より外出時間や場所の制限がかけられていた。
その部屋で待ちながらラウラとマリアナは先程から話し込んでいる。
「それでマリアナ、もう1度聞くがルウという男は黒髪、黒い瞳を持つ異相の男だそうだな」
「ああ、そうだ。ラウラ、お前も見たであろう、我が国の精鋭の騎士達をあっさり退けたあの従士2人の強さを……彼が主人としてその2人を従えているという事は結構な強さである事は間違いあるまい。それでつい興味が湧いて直接手合わせを申し込んだのだが断られてな」
マリアナの話を聞いたラウラは彼女らしいと思う。
相手の実力を測るのに自分の力というのは分かり易い物差しになるからだ。
だが……自分自身も全く同じ事を考えていると思い直してラウラは苦笑したのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!




