第227話 「お忍びデート②」
ルウとリーリャはいろいろな露店を冷やかしたり、美味しそうなものは購入して食べてみたり、中央広場の昼食を思う存分楽しんだ。
出で立ちは街娘でも、可憐で天真爛漫なリーリャが笑うと誰もが惹きつけられ、つられて幸せそうな笑顔になるのはさすがに王家の血筋と天賦の才であった。
そんなリーリャが甘えるルウは街中の男達の嫉妬の視線をたっぷりと受けたのである。
「うう~、ルウ先生。もうお腹一杯です」
リーリャは満腹になるまでこんなに食べたのは生まれて初めてである。
「ははっ、じゃあ腹ごなしに歩こうか」
ルウが手を差し出すとリーリャは満腹で苦しそうな表情をしながらも精一杯の笑顔を向けて来た。
「これからキングスレー商会という店に買い物に行く。そこでペンタグラムが買える筈さ」
「わぁお! 嬉しいです。あ、ああっ!」
「どうした?」
「ルウ先生、私……『お金』を全く持っていません」
先程の経験で買い物には対価が必要なのをしっかりと認識したリーリャ。
彼女は同時に自分が無一文なのに気付いて悲しげに顔を伏せたのである。
「まあ、任せろ。今回は特別にプレゼントしてやろう、俺と『デイト』してくれたお礼にな」
「そんな! デイトだなんて……私から無理してお願いしたのに……でも、嬉しいです」
大通りから逸れて横道に入った時である。
そんな2人の行く手を遮る数人の影……
「おいおい見せつけてくれるじゃねぇかよ」
見ると冒険者といった風体の若い男達が道を塞いでおり、ねめつくような視線を投げ掛けていた。
男の中にはあからさまにリーリャを好色な表情で見詰める者も居る。
そんな男達に怯えたリーリャは思わずルウの影に隠れた。
「……お前等……邪魔だ。さっさと道をあけろ」
ルウは表情を変えずに口角を僅かに上げた。
「邪魔だと? 何を言っているんだ。こっちは3人だぞ、その女を置いてさっさと行け。そうすれば命だけは助けてやらぁ!」
やはり男達の目当てはリーリャのようである。
広場で楽しく過ごす2人を見つけて先回りしたのであろう。
「この王都にはこんな害虫共も居る。良い勉強になるだろう?」
ルウの穏やかな表情は変わらない。
そんなルウの顔を見てリーリャの怯えは収まって行く。
「悪い人達なの……ですね、この人達」
「ああ、悪い人達だ。このような行為をする奴等はな。対処方法としてはまず説得をする、それでも無理な場合は自分の身を守る為に容赦なく排除するんだ」
それを聞いたリーリャが目を丸くする。
「容赦なくですか?」
「ああ、そうだ。特にお前のような大事な子を連れている場合は尚更だ。しっかり守らないといけないんだ」
リーリャはそれを聞いて花が咲くように微笑んだ。
「嬉しいです、私! 大事な子……なんですね」
ルウに甘えてしがみつくリーリャを見て男達の嫉妬と怒りは更に大きくなる。
「お前等……さっきからふざけやがって!」
男達は腰に差していたショートソードを抜いた。
鋼鉄製の刀身が陽を反射してぎらりと光る。
それを見たリーリャが小さな悲鳴をあげた。
その瞬間である。
ルウが稲妻のように動くと3人の冒険者達はあっという間に抜いた刃物を放り出し、苦しそうに腹を押さえながら呻き地に伏していたのだ。
「え、何?」
3人を倒したルウは彼等の傍らに立ち、平然として軽く両手を叩いていた。
「先生! 一体?」
思わず駆け寄ったリーリャに対して穏やかに微笑むルウ。
「良いかい、こうやって排除する。本当は刃物を抜くというのは殺されても仕方がない事になるのだがな」
「わ、分かりました。勉強になります」
呻いていた冒険者の1人が憎悪の表情で吐き捨てるように言う。
「て、てめえ……覚えていろよ」
それを聞いたルウはまたもやリーリャに解説する。
「聞いたか、この台詞は悪党の常套句だ。殆ど大した事は無いが、たまに狂犬のように逆恨みして襲って来る場合もあるから要注意だ」
ルウはリーリャの手を握って自分に抱き寄せながら話を続けた。
「だから……こいつを使う。睡眠、そして忘却!」
ルウが指を鳴らすと悪態をついている冒険者達はあっという間に眠りこけた。
そんなルウをリーリャは呆然と見詰めている。
「大切な人を守る時はつい戦うのに気を取られがちだが、まず守るというのを出来るだけ優先するんだ」
「は、はい……それより今のって!? 1度に2つの魔法を……む、無詠唱で」
「ああ、こういう輩はまた同じ事を繰り返す。リーリャには聞かせたくないから言霊を言わなかったがもう1つ魔法を掛けておいた」
「魔法3つの同時発動……ですか!? そしてあの凄い体術……先生って一体何者ですか?」
驚くリーリャに対してルウの表情は変わらない。
「ははっ、今はお前を守る1人の男というだけさ」
リーリャが握った手にはルウの温もりが伝わって来る。
凄い人だ、この人……
そして私の事を『大切な人』って言ってくれた。
改めてルウの事を考えるとリーリャは嬉しさが込み上げて来る。
そしてふと甦ったのは子供の頃に読んだいろいろな絵本の記憶……
自分のような苦境に陥った王女を助ける為に白馬の王子が活躍する話もあり、多くの女の子がそうであるようにリーリャも『白馬の王子様』に憧れた。
白馬には乗っていないけれど……
今、それは現実に起こっているのね。
リーリャは幸せを感じながらルウの手を強く握り返したのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!




