第225話 「初めての妹」
「リーリャ様……いえ、リーリャ、久し振りですね」
美しいシルバープラチナの髪を靡かせて、颯爽と部屋の中に現れたモーラル。
ルウから彼女が妻だと聞かされていてもリーリャはその貫禄に圧倒される。
「え、モーラル……さん! 貴女はやはりルウ先生の奥様……なのですか?」
恐る恐る聞くリーリャに対してモーラルは自信たっぷりに言い放つ。
「そうよ、旦那様は私みたいな者でも愛して下さる最高の方……リーリャ、貴女は王族たる今の身分も全て捨ててそんな旦那様を愛する勇気がお有りかしら?」
モーラルの挑発的な問い掛けにリーリャも負けじと言い返す。
「は、はいっ! ルウ先生は私に約束して下さいました。私がその約束を果せば迎えにいらして頂けると!」
しかしモーラルがリーリャから欲しかった答えはその言葉だけではなかったようだ。
「へぇ、そうなの。でも私が言う意味はそれだけじゃない。旦那様には私以外にも素晴らしい妻が5人もいらっしゃるの。貴女は1番の新参者……皆に傅かれる今迄の身分からその逆になる。そんな覚悟もあるかって事……それに貴女は家事なんかやった事もないでしょう?」
「家事は……が、頑張って今から覚えます! 問題ありません! 私は1番最後に妻になるのですから当然です。それに皆さんと一緒にこの屋敷で暮らす事もしっかりと考えていますから」
必死に食い下がるリーリャをモーラルは微笑んで見詰めている。
そして持っていた服を傍らに置き、ゆっくりと近付くとリーリャをそっと抱き締めたのである。
だがモーラルの身体は殆ど温かみを感じず、ぞっとするほど冷たかった。
これは……人間の体温ではない!
思わず吃驚するリーリャ。
モーラルの身体を抱き締めた手が強張り、震えが走る。
「ふふふ……さすがに驚いたみたいね。私は人間じゃない、実は人々に怖れられ忌み嫌われる夢魔なの……でも旦那様は私を人間の妻と区別しないし、平等に愛してくれる。他の妻達もそう、私を同じ妻として支え、愛してくれるの」
モーラルは嬉しそうな表情をすると今度は真剣な表情で問い掛ける。
「ふふふ、果たして貴女は人外である私を受け入れられる?」
じっとモーラルを見詰めるリーリャも真剣な眼差しだ。
しかしリーリャが笑顔で答えるのに時間は殆ど掛からなかった。
「ええ、喜んで! モーラル様は私とロドニアを救ってくれましたから。貴女が何者だとしても私には関係ありません」
きっぱりと言い切るリーリャには全く迷いが感じられなかった。
モーラルはこの可憐な北の王女を急速に好きになって行く自分を感じている。
「ふふふ……貴女は本当に良い娘ね、リーリャ」
モーラルは思わず花が咲いたように微笑むと、持ってきた服を見せる。
「そ、それは?」
いきなり服を見せられたリーリャであったが、いつも着ている服と全く違うので実感が湧かなかった。
「ふふふ、綺麗な紺色でしょう? 貴女に似合うと思って買って来たのよ。さあこれを着て王族ではなく『可愛い街娘』になって旦那様とデイトしていらっしゃい」
そう言われたリーリャにもピンと来た。
今のままでは自分は余りにも目立ち過ぎるのだと……
そしてルウの命とはいえ、モーラルが自分の為に買って来てくれた事を考えると胸が熱くなった。
「は、はいっ! ありがとうございます。でもこれって、私の為にわざわざモーラル様が?」
思わず言葉が上ずり、丁寧に頭を下げるリーリャはとても愛らしい。
モーラルは微笑を絶やさずにリーリャに自分の呼び方を訂正するように促した。
「もう! 呼び方が硬い硬い。 私の事は良ければ、モーラルって呼んで」
しかしいきなり呼び捨てでOKと言われたリーリャは困惑している。
「ええっ!? そんな……呼び捨てなんて……じゃあモーラル姉でいいでしょうか?」
「ふふふ、ありがとう。私も姉さんか……嬉しいわ、これから宜しくね」
姉……そう呼ばれたモーラルは珍しく胸がときめいていた。
ルウに褒められたり抱き締められるのとは、また違う気持ちの高鳴りである。
こんな自分にも妹分が出来たのだ……
モーラルは浮き浮きしながらブリオーに着替えるリーリャを優しく見守っていたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ルウが自分の部屋を出て30分後―――
「お待たせしました、ルウ先生!」
ルウの部屋のドアが勢い良く開けられ、中からリーリャが飛び出して来た。
リーリャの顔にはモーラルにより薄化粧がし直されていて彼女の自然な美しさが更に際立つ。
「モーラル姉にお化粧もして頂いたの……化粧はいつも侍女頭のブランカにして貰うのだけれども……似合いますか?」
心配そうに聞くリーリャにルウは「可愛いぞ」と答えてやった。
「ああ、それに俺はそれくらいの化粧が好きだ。リーリャの自然な美しさがよく映えている」
ルウが素直に心の内を伝えるとリーリャはの顔は嬉しさで輝き、喜びを抑え切れないらしく大きく飛び跳ねている。
そこにリーリャの支度を手伝ったモーラルが部屋から出て来て、リーリャに「よかったね」と声を掛けたのだ。
「ありがとう! 全てお姉様のお陰よ、凄く褒められてしまったわ」
思わずモーラルに抱きつくリーリャにルウも目を細める。
そんなルウにモーラルも満面の笑みを見せた。
彼女も妹分のリーリャが可愛くて仕方がないのであろう。
「ふふふ、旦那様。私はリーリャをとても気に入りました。ぜひ彼女を大事に、そして一杯可愛がってあげてください。お願いします」
リーリャの為にルウに頭を下げるモーラル。
「お、お姉様!」
自分の為にモーラルが頭を下げている。
まだ妻ではない自分の為に……
吃驚したリーリャの目には感極まって涙が一杯に溜まっていた。
いわゆる嬉し泣きである。
「ほらぁ、リーリャったら。折角お化粧したのに……またやり直しよ」
そんなモーラルの目にも涙が光っている。
幸薄かった幼い頃のモーラルの人生はもう遠い幻のようだ。
ルウを始め、皆から支えられ愛し愛される幸福をモーラルはしっかりと実感していたのであった。
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