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第224話 「魔眼持ちの王女」

 ルウは胸に飛び込んで来たリーリャをしっかりと受け止めながら苦笑する。


「おいおい、リーリャ。ヴァレンタインに来てから弾け過ぎじゃないか?」


「だって……あれっきり会えないと思っていた悪魔様にまた会えて、とても嬉しいんですもの。ふふふ、悪魔様ったら今更隠しても無駄ですよ。風貌は全く違っていても悪魔様とルウ先生は魔力波オーラが全く一緒ですから」


 リーリャにそう言われて止めを刺されたルウは罰が悪そうに頭を掻いた。

 彼女の言う通り黒髪の悪魔の顔はルウの素顔とは全く異なっている。

 魔法により風貌を変えていたルウではあったが、リーリャは会った時からそれを見抜いていた。

 ルウは改めてリーリャを見て感心したように呟く。


「分かった、確かに俺はあの時の悪魔さ。しかし悪魔様という呼び方は理事長が言っていたようにこの国で軽々しく発言するのは不味い。今後はルウと呼んでくれ」


「うふふふ、やっと認めていただけたわ。でも先生の仰る通りですね。これからはちゃんとルウ先生と呼びますね」


 リーリャはルウに抱かれながら澄ました顔で彼を見詰めている。

 そんなリーリャの能力ちからをルウはずばりと指摘した。


「それよりリーリャ……お前、魔眼持ちだな」


「魔眼?」


 リーリャは全く『魔眼』を知らないようだ。

 可愛く首を傾げている。


「魔眼というのは隠された事象を見抜く能力の事だ。様々な魔眼があるが、お前の能力は魔力波オーラで人を見分ける事が出来るもののようだな」


 ルウの言葉を聞いたリーリャは少し不満顔だ。


「今回は私が意識しなくても自然に分かってしまったんです。でも普段はこんなにはっきりとは分かりません。先生が言うほどそんなに便利じゃないのですよ」


 そう言うとリーリャは溜息を洩らしてルウの胸に顔を埋めた。

 2人きりだという事もあって彼女はとても大胆になっている。

 そんなリーリャが可愛く思い、ルウはさらさらの金髪を梳きながら優しく教えてやった。


「ははっ、未だお前の魔眼は完全に覚醒していないのだろう。適切な訓練をすれば素晴らしい能力を得られるぞ」


「その訓練も先生にして頂けるのですよね、嬉しいです」


「ああ、当然だ。お前は俺の可愛い『生徒』だからな」


 ルウの『生徒』という言葉を聞いたリーリャの身体がぴくりと動いた。

 そして恨めしげにルウを見詰めると「意地悪……」と呟いたのである。

 ルウはそんなリーリャの視線を受け止めると曖昧に笑う。


「意地悪も何も俺にはもう妻がいる。あの異界で会った筈だ」


「ええ、モーラルさんでしょう。大丈夫です、私は彼女の存在を分かっていてお慕いしておりますから」


 それを聞いたルウは悪戯っぽく笑う。


「ははっ、モーラルだけじゃない。俺には彼女以外に何人も妻が居る。お前が慕うような男じゃないぞ」


 それを聞いたリーリャは「やっぱり……」と呟いたのである。


「やっぱりとは?」


 ルウが不思議そうに聞くとリーリャは1人で頷いている。

 そしてきっぱりと言い切ったのだ。


「昨日、食堂で一緒にお食事した方々が皆さん、とても仲が良いので気になったのです……彼女達が先生の奥様方でしょう? フランシスカ先生に、2年C組の同級生であるオレリーさんとジョゼフィーヌさん、後は……魔法武道部の素敵な部長さんも奥様……ですよね」


 リーリャが妻達をずばりと言い当てるとルウは肩を竦めて面白そうに笑う。


「さすが魔眼の持ち主だ、何故分かった?」


「ふふふ、雰囲気もそうですが、決定的だったのがルウ先生に向けられる魔力波の波状が皆、同じでしたから……それもあんなに強く放たれていたので、皆さんがルウ先生に強い想いを持っているって直ぐ分かったんです。……そして私も……」


 リーリャはそう言いかけてルウの瞳を覗き込んだ。

 その瞬間、彼女の小さな可愛い唇がルウの唇に重なったのである。

 暫しの時が流れ、リーリャはそっと唇を離すとルウを真剣な表情で見据えた。


「私も彼女達に負けないくらい強い魔力波を放ち続けていますわ。私のこの気持ちは決して浮ついた一時的なものではありません。私、もう男性は貴方しか考えられませんから」


 リーリャはその燃えるような情熱的な眼差しでルウを真っ直ぐに射抜いていたのだ。

 リーリャが真剣に自分を愛している事を知ったルウは他の妻達の時と同様に彼女を受け入れる事を決めた。

 しかし今回は相手の身分と立場の問題がある。

 そこでルウはリーリャと約束をしたのだ。


 それは彼女がこの魔法女子学園で学び1人前の魔法使いとなってロドニア王国の為に貢献したら、ルウが必ず迎えに行くという約束である。

 迎えに行くとは……すなわちルウがリーリャの事を妻として、伴侶として申し入れに行くという事だ。


 その時には父である王を説得して王族としての地位を放棄するとリーリャは言う。

 それでも巧く行かない場合は……「私の事を攫って下さい」と物騒な事を言うリーリャであった。


 その約束の為か、学ぶ事により一層前向きなリーリャを見て、ルウは先に教材の買い物を済ませようと決めた。

 授業や試験の準備をするにあたって「ペンタグラム」は勿論、昼食も街中で摂ろうと考えたのである。


「きゃっ!」


 ルウにしがみついて甘えていたリーリャをいきなり抱え上げたルウ。

 いわゆる文字通りの『お姫様抱っこ』である。


「うふふ、嬉しい」


 リーリャが幸せを噛み締めていたのも一瞬である。

 ルウが地の精霊を呼ぶ声が響くと2人の身体はすうっと地の底に落ちて行ったのだ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ルウ・ブランデル邸ルウ私室、火曜日午前11時30分……


「ええっ、ここは!?」


 ルウに抱きかかえられたリーリャが現れたのは彼の屋敷の自室である。

 今迄居た筈の魔法女子学園の研究室から一気に地の精霊ノーミードの転移魔法で飛んだのだ。

 彼女は気が遠くなったかと思った瞬間に周りの景色が一変したので、ぽかんと口を開けて驚きを隠さない。


「ははっ、ここは俺の部屋さ。今、服を持って来るから着替えて街に出よう」


 ルウはリーリャを床に降ろすと部屋に彼女を残し、部屋の外に出た。

 アデライドが手配したフランの服を受け取る為である。

 ドアの前には既に数着の服を抱えたモーラルが控えていた。

 ルウが先に念話でアデライドから服が届けられる事と屋敷に戻る事を伝えておいたからである。


「お帰りなさいませ、旦那様。服はここにお持ちしましたが、アデライド母様ご指示のフラン姉が以前着ていた貴族の服ではやはり目立ちます。ですので私が急いで買って来ました。このブリオーを着て同色のフェルト帽を被れば街で暮らす庶民の娘という感じで問題なく歩けると思います」


 そう言ってモーラルが差し出したのは深い紺色をしたブリオーとフェルト帽だ。

 確かにこれならばリーリャも可愛い街娘という趣になるであろう。


「よし! さすがはモーラルだ。じゃあ頼みついでに俺の部屋に入って彼女の着替えを手伝ってくれるか。ちなみに彼女は魔眼持ちで悪魔の正体を俺と見抜き、そしてフラン達が妻である事も見ただけでぴたりと当てたぞ」


 ルウに褒められ、嬉しそうなモーラル。

 リーリャが魔眼持ちである事を告げられても全く動じず「かしこまりました」と嬉しそうに頷くと彼の部屋をノックし、中に入ったのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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