第223話 「情熱的なアプローチ」
魔法女子学園理事長室、火曜日午前8時40分……
この日、職員会議が終わってルウは理事長のアデライドに呼び出されていた。
傍らにはフランが微笑んで立っていた。
「ではルウ先生、貴方に攻撃魔法兼召喚魔法上級指導官としてこの魔法女子学園の研究棟の2階の研究室を与えます。言っておきますが、これは特例です、普通は臨時の教員に個室など与えないのですが、貴方の場合は実力が抜きん出ていますし、今回の件と同様に何かと人目につかないで行動する必要も出るでしょうから」
アデライドはルウがこれからも人目につかないようにして動く必要が出てくる事をしっかりと理解しているのである。
「ありがとうございます、アデライド母さん。いえ理事長、いろいろとご配慮して頂き、助かります」
ルウが頭を下げるとアデライドはにっこりと笑って首を横に振った。
「ううん、お礼を言うのはむしろこちらの方よ。フランから報告は受けているけれど今回のリーリャ王女絡みのトラブルは貴方のお陰で大方、片付いたようね。私は今回の件でとても感謝しているの。貴方はこの魔法女子学園だけでなくヴァレンタイン王国、いえロドニア王国含めた全ての恩人でもあるのだから」
アデライドは感謝の意を込めてルウを見詰めた。
しかしルウの穏やかな表情は変わらない。
「運や巡り合せがたまたま巧く行った事もあります。俺はやれる事をやっただけです」
ルウは不思議な程に自分の功績を誇らない。
そんな所もアデライドには好ましかった。
「ふふふ、相変わらず奥ゆかしいわね。フランは勿論、貴方の妻である他の娘達も相変わらず幸せそうだし、今後とも何かあったら頼むわね。早速今日もリーリャのお世話をして貰う事になるのよね」
昨日に引き続いて今日と明日、アデライドはリーリャのケアをルウに頼もうと考えていた。
このまま本人がやる気になってくれて、魔法女子学園に自然に溶け込んでくれる事が望ましいからだ。
「ははっ、そんな事はお安い御用ですよ。その事ですが、実は今日は買い物で街中に出ます、一応警護の者はつけずに俺と2人での『お忍び』になると思います」
「ふふふ、お忍びで買い物ねぇ……どうせ、リーリャが無理矢理貴方にせがんだのでしょう。あの子はいきなり手に入れた自由に戸惑いつつも、次から次に起こる面白い事に浮き浮きわくわくして仕方がないのね。それで買い物って?」
「……フラン達には昨夜伝えましたが、街中で召喚の試験に必要なペンタグラムなどの買い物ですね。行き先はキングスレー商会辺りを考えています」
それを聞いたアデライドは「やっぱりね」と苦笑した。
「ふふふ、ペンタグラムなんて、いざとなればこの学園の購買でも買えるのに、あの子ったら貴方と出かけたくてたまらないのよ、まるで貴方と知り合った頃のフランみたいね」
それを聞いて今迄黙っていたフランが小さく「もう」と言って恥ずかしそうに俯いた。
アデライドは悪戯っぽく笑うとルウに指示を出した。
「フランの昔の服があるからモーラルちゃんにでも渡すように使いの者を出してジーモンに伝えておくわ。お昼までには届くようにしておくから。それで貴方とリーリャが研究室から屋敷に移動して彼女に着替えて貰えばいいわよね」
ルウはそれを聞いて「ありがとうございます」と言い再び頭を下げたのである。
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やがて理事長室にリーリャがやって来た。
ドアがノックされ入室を許可されると背筋をぴんと伸ばし、ゆっくりと歩いて来る。
しかしルウを認めると、急に走り出して人目も憚らず抱きついたのである。
「リーリャ、淑女は人前でそんなはしたない事をしないものよ」
アデライドに叱られたリーリャは素早くルウから離れるとぺこりと頭を下げた。
だが彼女の熱い視線はルウからは離れない。
そんなリーリャを見たアデライドは気付かない振りをして今日もルウが指導をする事を告げる。
「リーリャ、今日も貴女の指導はルウ先生にお願いします。時と場所、そして自分の立場を考えて淑女としての自覚を持ってしっかりと行動して下さい」
「はいっ!」
元気良く返事をするリーリャは目をきらきらさせている。
「ルウ先生、お願いね」
「じゃあ、ルウ先生。宜しくお願いします」
にこにこ笑うアデライドと微妙な表情のフランに見送られてルウとリーリャは理事長室を後にしたのであった。
――理事長室を出た2人は試験勉強の為にまた図書室に向う。
ルウは途中で事務局に寄り、職員から自分の研究室の鍵を受け取った。
学園の鍵は身分証兼通行証であるミスリル製の職員証に魔力で記入する事になっており、研究室も例に洩れない。
また研究室はその性格上、緊急の際に学園で鍵を解除する以外は本人以外勝手には入れないようになっている。
目敏いリーリャは職員が鍵を登録したというのを聞き及んでおり、与えられた鍵がどこの物か知りたがった。
「先生……何ですか、新たに受け取った鍵って?」
リーリャが好奇心一杯という表情で聞いて来たのでルウは快く教えてやった。
「ああ、俺は今度学園の中に研究室って部屋を貰ったんだ」
「研究室?」
リーリャは首を傾げた。
あまりピンと来ていないようなのでルウは簡単に説明する。
「ははっ、文字通り魔法の研究をする為の教師用の個人部屋さ。後で見に行ってみようと思う」
ルウがそう言うとリーリャも未だ見ぬ研究室に興味津々のようだ。
サラサラの金髪が揺れて彼女はルウの瞳を覗き込み、可愛い笑顔を見せる。
「先生、私にもその部屋を見せて頂けますか?」
「ああ、構わないさ。 多分調度品だけで何もないだろうけど……そうだな、俺も気になるからそちらを先に見ておこうか」
「はいっ!」
2人は研究棟の階段を上がって2階の研究室のフロアに足を踏み入れたのである。
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2階の研究室のフロアは真っ直ぐに伸びる廊下に同じ規格のドアがずらりと並んでおり、時間も早いせいか、人の気配は全く無くしんと静まりかえっている。
「し、静か過ぎて、私……少し怖いです」
リーリャがおずおずと手を伸ばして来たのでルウは手を差し出して彼女の手を確りと握ってやった。
手を引かれて歩くリーリャは満面の笑みだ。
「先生の手……温かい」
2人が廊下を暫く歩くと先程、事務局でルウが教えられた番号の金属性プレートが付いた部屋の前に着いた。
開錠する為にルウが職員証をドアに差し出すと、がちゃりと金属音がして鍵が外れる音がする。
そんな他愛のない事でも今迄全くそんな経験の無いリーリャにとっては充分驚く理由となった。
「凄い、凄~い!」
リーリャは嬉しそうに小さく叫ぶと美しい碧眼の瞳をまん丸にしてルウをじっと見詰め、彼の手を確り握り直すのである。
ルウが研究室のドアを開き、2人が部屋の中に入ると掃除は既に済んでいたが、調度品は簡素な机と椅子がいくつかあるだけで書架にも何も無く殺風景な雰囲気であった。
リーリャは物珍しそうに部屋の中を歩いていたが、いきなりぽんと手を叩くとルウの方に向き直り、突然両手を合わせて来た。
「先生、今日はここでお勉強しても良いですか……先生と2人きりで勉強したいんです」
ルウが返事をせずに黙っていると、縋るような目で見詰めて来て再度懇願する。
「お願いします、先生。ねぇ、良いですよね? ここ、とても静かですし……」
ルウが根負けして苦笑し頷くとリーリャは飛び上がって喜び、理事長室でしたように彼の胸に飛び込んだのであった。
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