第22話 「説諭」
結局、名匠と謳われるオルヴォ・ギルデンが製作する真竜王革鎧の料金は……
ルウとフランの物をセットで、金貨800枚という格安料金にして貰った。
マルコに聞けば、通常なら倍の料金は軽くかかるという……
素材の持ち込みという条件は勿論だが、商会御用達ドゥメール伯爵家令嬢フランの口添えが大きかった。
ルウが大量に衣服を購入した事で、商会も譲歩してくれたともいえる。
フランの指示とはいえ……
何せ法衣の新品を2着、中古を2着、平民向けの普段着のブリオーも新品3着、中古4着などを一気に購入したのである。
服だけでは留まらず、フェルト帽、革ベルト、尖頭靴なども購入し、代金が合わせて金貨300枚、都合1,100枚にもなる多額の支払いとなってしまった。
この王都で、魔法女子学園の臨時教師として生活して行くには、それだけの身だしなみも必要だったのである。
新品は当然、オーダーメイドであり、革鎧が特製の為4週間、ローブが12日間、ブリオーが5日間を仕立てに要するという。
納品に関しては革鎧以外は仕上がり次第、ドゥメール伯爵邸に届けて貰う事になった。
ちなみに革鎧だけはオルヴォが製作するが、法衣とブリオーはエルダが仕立て担当である。
こうして、ルウがアデライドから貰った金貨の残りは1,700枚となる。
後は手頃な剣が欲しいと言ったルウであったが……
ここでもフランが、革鎧を贈って貰った御礼として、ぜひ自分に買わせて欲しいと申し出た。
大義名分としては、主人である自分を守る為の必要経費という名目だ。
ルウは剣を買う前に、今着ている服を着替えたいらしい。
その場で服を脱ごうとしたのを、苦笑したフランが止めた。
貴族風の服が堅苦しく感じるらしく、本当に嫌いなようである。
着替える為の別室をマルコに用意して貰ったルウは……
中古ながら、鮮やかな緑色のブリオーを着て戻ると、フランは「ほう」と息を吐いた。
初めて着るブリオーを、ルウは「粋」にという形容がぴったりな感じで着こなしていたからである。
「フランシスカ様の弟君には申し訳ないけど、自分にはこちらの方が合っています」
澄ました顔でいうルウであったが……
前に着ていた服は、フランの指示で収納の腕輪に仕舞われた。
他人が着た服は、どうせ彼女の弟は着ない。
このままいけば捨てるしかないからだ。
「勿体無いわ」という事で……
フランは結構、しまり屋なのである。
そうこうしているうちに、オルヴォが剣を運んで来た。
彼の自作の剣をふた振りと、冒険者持込の中古の剣をふた振りの計4つである。
先にルウの希望を聞いてクレイモアなどの大型の剣は候補からオミットされた為、持ち込まれたのは小型~中型の剣のみである。
「さあ、ルウ! とりあえず、この中から選んでみてくれ」
ルウは移動展示台の上に運ばれた4振りの剣を慎重に見定めて行く。
まずはスクラマサクス……
元々サクスというのは、大き目の戦闘用ナイフとして知られている。
通常は刀身30cm程の物の事だが、70cm以上の刀身を持つ物がスクラマサクスと言われる刀剣だ。
鋭い片刃に真っ直ぐな峰、とても鋭利な刃先が特徴である。
次はダマスカスソードである。
これは木目状の模様を持つ強靭な鋼、ダマスカス鋼を材料として製作されているものだ。
この剣は素材の名前で呼ばれる事が殆ど。
今回の剣は、オルヴォのオリジナルデザインで刀身も含めた形状は前出のスクラマサクスに近いものである。
そしてバゼラード……
両刃の剣だが、どちらかというと短剣に分類される物。
但し、特注のものらしく少し刀身を長めにして剣として製作されていた。
斬撃、突撃いずれの攻撃にも使い勝手が良いという。
冒険者が迷宮から発見した物を、オルヴォがメンテナンスしている。
最後にベイダナ。
これは元々農民の間で、通常は鉈のように使われてきた物。
より武器に転用可能な物として使える様に、汎用品をオルヴォがメンテナンスした。
片刃の剣で、誰にでも扱いやすいのが特徴である。
ルウは4つを眺めると、即座にダマスカスソードを手に取った。
危険がないよう、周りの人間を下がらせて、何度か素振りをする。
フランは、ルウが剣を使うのを初めて見るが、全く違和感がない。
流れるような体捌きで剣を振るルウの姿はまるで剣舞をしている踊り子のようであった。
「うん! これだな、オルヴォ」
「今回持って来た物は比較的地味目だが……それが1番いかれた剣かな。お前とも相性が良さそうだし」
ふたりの会話を聞いていたフランだが……
マルコに対し、剣の値段がいくらするのか聞いているようだ。
マルコがフランにそっと囁くと、「金額は問題ない」というように、フランは黙って頷いた。
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一方、こちらはキングスレー商会の別応接室……
「このままじゃやばいよね……」
「確かにやばいよ」
ふたりの少女が顔を見合わせている。
しかし、このまま逃げ去るわけには行かない。
何せ相手は、気難しい事で有名。
自分達が通う、魔法女子学園の校長代理なのだから。
と、その時。
「とんとん」とノックされる扉。
ふたりは「びくっ」と身体を震わせた。
「失礼します」
凜として部屋に響く声は、母アデライド譲りの張りのある声。
「あら、誰かと思えばミシェルにオルガじゃない、ごきげんよう」
「ご、ごきげんよう校長先生」
「ご、ごきげんよう、先生……」
「ふたりとも、お待たせして悪かったわね」
微笑むフランを見て、ふたりは更に吃驚する。
彼女達が知るフランシスカ・ドゥメール校長代理に、こんな気の利いた台詞は出て来るわけがない。
実際、フランは授業の時も含めて、いつも無愛想であった。
感情を僅かに見せるのは、物事を碌に議論もせず、力や年齢、性別などで覆そうとする邪な人間と口論する時のみ。
……なので、生徒達の間で付けられた渾名が【鉄仮面】なのだ。
それが今、鉄仮面どころか……
聖母のように優しく微笑むフランに、少女達は戸惑っていたのである。
「貴女達、私の従者であり、この度新たに学園に赴任する先生をご紹介します。ルウ・ブランデル先生よ」
「俺はルウ、ルウ・ブランデルだ。宜しくな」
「はっ、はい! 私はミシェル・エストレ。学園の2年です」
「わ、私は同じくオルガ・フラヴィニーで……です。あ、あの私達……これからどうなるんですか?」
ミシェルとオルガがルウ達を尾行したのは、罪でも何でもない。
しかし、一般的には罪でなくても、魔法女子学園にては倫理的に由々しき問題であった。
他人のプライベートな生活に覗き込もうとして後をつける。
どんな買い物をするか調べる。
女性の模範となる淑女を育てんとする魔法女子学園の方針として……
これらの行動は淑女にあるまじき行為であり、発覚すれば当然、校則違反となる。
少女達には最低でも厳重注意か、下手をすれば停学処分が下る事が間違いなかったから。
「私達が、つい気になったんでしょう? ……まあ、生徒に興味を持たれないよりは良いとして……再び同じ事をしたら、次は許さないわよ、どう?」
次は許さない?
次は?
もしかしてお咎めなし?
え?
そんな馬鹿な!?
少女達は顔を見合わせた。
咄嗟に考えを巡らせたに違いない。
オルガが、恐る恐る尋ねて来る。
「せ、先生……次はって、本当に……本当ですか?」
「ふふふ、疑っているのね。本当よ、それとも……そんなに停学になりたいの?」
「いいえっ! 停学は嫌です。でも……」
オルガは、やはりフランの真意を掴みかねているようだ。
処罰にならない理由を知りたいのは、完全にオルガのこだわりである。
「そこから先は自分で考えなさい。でも今回の事はしっかり反省して」
好奇心は猫を殺す……
本人には遊びのつもりでも、見境のない好奇心は身を滅ぼす可能性もある。
フランは改めて、ふたりをしっかり諭したのであった。
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