第218話 「弟子入り志願」
ルウはキャンパスの噴水の前にある大魔導時計を見た。
針は午後2時45分を少し越えている。
「おっと、そろそろ時間だな。お前を理事長室に帰さないといかん」
ルウは傍らのリーリャに言う。
「いや!」
こんな楽しい時間にも終わりが来るのだと思い、リーリャの口からは自然に拒絶の言葉が出た。
しかしルウはリーリャに対して言い聞かせる。
「ははっ、俺は部活の副顧問もしているんだ。最近は顧問や部長に任せ切りだったから、今日は顔を見せないといけないんだ」
部活?
聞き慣れない言葉にリーリャの好奇心が刺激されたようだ。
「部活!? 部活って何ですか? 先生」
「部活は課外活動とも言う。俺が副顧問として担当している魔法武道部は正規の教育課程以外の魔法と武道を教える魔法女子学園公認の体育会系のクラブなのさ」
「わぁお! 面白そう! 見たいです、私」
魔法の勉強以外にもこの学園にはいろいろと楽しそうな事があるのだとリーリャは目をうるうるさせている。
それを見たルウは微笑みながらリーリャにブレーキを掛ける。
「好奇心と向上心があるのは魔法使いとして上出来だが、スケジュールは守らないといけない。とりあえず理事長に今日の事を報告してからだな」
「ぶう~」
可愛らしく頬を膨らませるリーリャを苦笑しながら見るルウ。
自然と歩みが遅くなった彼女をルウは急かしながら歩くのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔法女子学園理事長室、午後3時……
ルウは本日の事をアデライドにひと通り簡潔に報告する。
「ルウ先生、ご苦労様。リーリャは予想以上に早く学園にとけこめそうね」
満足そうに頷くアデライドだが、ルウに甘えるリーリャを見てアデライドは苦笑した。
「すっかり懐かれてしまったわね、ルウ先生」
その時ドアがノックされる。
「ブランカ・ジェデクでございます。王女様はいらっしゃいますでしょうか?」
ロドニアから派遣された侍女頭のブランカが目覚めて救護室から戻って来たらしい。
ドアが開き、部屋の中央にルウが居るのを認めるとブランカは微笑んで頭を下げた。
救護室担当のギャブリエリィから、ルウが救護室まで自分を運んでくれたのだと聞かされた為であろう。
しかしルウの横に視線を移すとブランカの身体は固まった。
何とリーリャがルウの傍に、ぴたっと寄り添っているのだ。
「おおお、王女様」
驚きの余り目をみはるブランカにリーリャは何事も無いように微笑む。
「ブランカ、お疲れ様。身体の具合は大丈夫ですか? ふふふ、ルウ先生って、とっても親切なのよ」
「わ、私は大丈夫です。そ、それより王女様、殿方に……近過ぎますよ」
「殿方って? ルウ先生が? 違うの、ルウ先生は悪魔様なのよ」
胸を張って言い放つリーリャを見てブランカはおろおろしている。
リーリャの言葉を聞いたアデライドは彼女を諭す。
「リーリャ、その言い方は良くないわ。悪魔崇拝はこの国では厳罰なの。それにルウ先生は悪魔ではなく素晴らしい魔法使いよ、謝罪しなさい」
「ひ、ひっ」
アデライドの厳しい言葉を聞いたブランカは小さな悲鳴をあげた。
一国の王女に対して毅然とした態度を取る魔法女子学園の方針に初めて肌で触れたのである。
しかしリーリャはアデライドに叱責されても平然としている。
「悪魔様という表現が妥当ではなかったようですね。それは謝罪します」
そう言うとリーリャはぺこりとルウに頭を下げた。
そして改めてアデライドに向き直る。
「しかし私はある人に救われました。そしてその方と瓜二つのルウ先生の事がとても気になっているのです」
リーリャの言葉を聞いたアデライドは改めて彼女を見直した。
自分の非は素直に認めながらも、相手に伝えたい事ははっきり言う。
さすがは気高く聡明なロドニアの王女である。
「今まで私はロドニア王宮魔法使いのラウラ1人に師事して来ました。彼女はロドニアでは素晴らしい魔法使いですし、今でも尊敬しています」
リーリャはそう言うとルウをじっと見詰めた。
「私は自分では1人の師匠について学ぶのが性に合っている気がします。ただこの学園ではいろいろな先生に学べる事を知りました。それはとても素敵な事です。だけど、私……決めました」
「王女様、な、何をでございますか?」
またとんでもない事を言い出すのかとブランカは戦々恐々だ。
「ルウ先生を師として学ぶ事です。魔法だけでなくいろいろ教われる事がたくさんありそうで私、わくわくしているのです――ねぇ先生、私を弟子として学ばせて頂く事を許可してください」
「あ、あ、王女様……貴女という方は」
ブランカは驚きの余り言葉も出ない。
リーリャから出たのはルウへの弟子入り宣言であった。
だがルウは穏やかな表情でこの可憐な王女の願いを何と却下したのだ。
「リーリャ、お前は素晴らしい素質を持った魔法使いだ。俺から学びたいという気持ちは嬉しいし、許すも許さないもない。お前は俺の大事な生徒だからな。但し他の生徒と同じ扱いになる」
しかし弟子入りを断られたリーリャは格別堪えた様子も無い。
どうやらルウの返事は想定内だったようである。
「ありがとうございます。今はそのお言葉だけで充分です。私、頑張ります」
リーリャは微笑んでルウに頭を深く下げたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
リーリャのたっての要望でルウが副顧問を務める魔法武道部の指導を30分だけ見学する次第となる。
帰りの宿所への護衛の時間の問題があるので正門の詰め所で待機していたロドニア騎士団副団長マリアナ・ドレジェルへ使いを出した所、彼女から部下の騎士団員達と共に魔法武道部の様子をぜひ見たいと申し出があった。
ルウがアデライドに許可を求めた所、彼女は「問題無い」と言って快諾する。
時間は午後3時をとっくに過ぎている。
魔法武道部の訓練はもう始まっている筈だ。
いきなりリーリャが練習中の部員の所に顔を出すのも何なのでルウは15分後に来るように言い残し、ロッカーで手早く着替えると先に魔法武道部の練習場である屋内闘技場に向かったのである。
「ルウ先生、ごきげんよう!」「もっと訓練に来て下さい!」
「寂しいですよ!」
部員の生徒達がルウの姿を認めるなり、口々に甘えた声を出した。
その時ひと際大きい声が屋内闘技場に響く。
「ルウ先生、今日もお忙しいのにありがとうございます。よくいらっしゃいました」
声の主は今迄生徒達を取り纏めて指導を始めていた部長のジゼル・カルパンティエだ。
最近のジゼルは艶が出て来て見事な女っぷりだという評判である。
ルウとジゼルが結婚した事を知っているのは周囲の一部の人間に限られていたが、ジゼルがルウの事を一途に好きなのは部員の皆にはもう一目瞭然だ。
ただ厳しいだけの以前の彼女よりとても優しくなったとはいえ、普段は凛としたジゼルがルウの前では恋する乙女になってしまうからである。
「皆、良いか? これからリーリャ王女とロドニアの騎士が魔法武道部の訓練を見学に来る。でもいつもの訓練で構わないぞ。特別な事は必要ないから。あと王女の呼び方もリーリャと呼んで欲しい。これは学園の決めた事だからな」
ルウがそう言うと部長のジゼルが率先して「はい」と言い頷いた。
それを見たシモーヌを始めとした部員達も返事をして力強く頷いたのである。
―――やがてリーリャとマリアナ達女性騎士、そしてブランカが屋内闘技場に顔を出した。
自分と同じくらいの年頃の生徒達が大きな声で剣を振るい、訓練をしている姿をリーリャは新鮮な気持ちで見詰めていたのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!




