第217話 「向上心」
やがて女性司書は数冊の魔導書を持って来た。
ルウがお願いした通りの召喚、攻撃、防御のそれぞれの基礎の魔導書である。
「ありがとう」「ありがとうございます!」
「何かあったらいつでも言ってね」
2人が魔導書を持って来てくれた礼を言うと司書は2人に笑顔を振りまき、ゆっくりと去って行った。
ルウはその後姿を見送るとリーリャに対して向き直る。
「さてと……リーリャはどこまで魔法が使えるのか、俺はロドニアからの資料にはひと通り目を通したが、改めて本人の口から聞きたい。しかし漠然と聞いても大変だろうから、具体的に質問して行くぞ」
「は、はい」
ここでロドニアからの資料というのはロドニア王宮魔法使いラウラ・ハンゼルカが作成したリーリャの魔法使いとしての資質を記した報告書だ。
魔法女子学園に留学の話が来た時にロドニア側から提出されたものである。
「まず生活魔法は習得済み……これは間違いないな」
「はい」
生活魔法を習得するのは1年生の実務の中では必須である。
竈の種火を起したり、飲み水を湧き出させるなど、たいした魔法ではないが術者の才能の確認と全ての魔法の基礎となると魔法女子学園では位置づけていた。
「よっし。じゃあ次に行こう。魔法を最大限有効に行使するためには精神の安定と集中を図る事が大事であり、これもまた必須なんだ。その手法として個々に合った呼吸法をお前がしっかりと習得しているかを確認する必要がある」
「呼吸法……ですか?」
リーリャは不思議そうに聞く。
師匠であるラウラ・ハンゼルカは魔法の効率的な発動と行使した後の効果に拘っており、呼吸法など二の次であったからだ。
リーリャがそう言うとルウは穏やかな表情で呼吸法は大事だと顔を横に振った。
「ああ、そうさ。呼吸法にもたくさんある。例えば腹式呼吸、胸式呼吸、片鼻呼吸、密息、いろいろだ」
「ええっ、……そ、そんなにたくさんあるのですか!? 私はいつも同じやり方で行っております」
ずっとラウラについて魔法の修行をしたリーリャにはルウの言う事が全て新鮮である。
「じゃあ呼吸法は後でやるとしてお前の魔法適性を聞きたい。風属性で良いんだよな?」
ここでリーリャは躊躇いを見せる。
当初父からは余り自分の手の内を見せるなと厳命されていたからだ。
しかしよくよく考えると、この学園で1人前の魔法使いになって帰国する事がロドニアの国益になると考える。
その為には正直に申告しようとリーリャは決めたのだ。
「あの私……風、水、土の属性を持つ複数属性魔法使用者なのです。先生には正直に話しますが……虚偽の申告をして……その、不味かったでしょうか?」
おずおずと話すリーリャにルウは笑顔で答える。
「素晴らしいじゃないか。頑張れよ、こちらも教えがいがあるというものさ」
書類の虚偽申請は本来なら許されない事であろうが、ルウはリーリャが正直に話してくれたので大事にしないと約束する。
そんなルウの笑顔を見たリーリャの表情は花が咲いたように明るくなった。
「ここまでは良いな。ここからが本題だ、試験は攻撃魔法、防御魔法のいずれかを完全に発動、行使する事。もうひとつが召喚の魔法を成功させる事」
ここでルウは試験に関してずばりと話した。
「どうだ、ロドニアに居た時に、師匠についてこの2つの魔法をしっかりと発動させ、成功させた事はあるか?」
「はい、ルウ先生。風の防御魔法は既に成功させております。いわゆる風壁です。残念ながら召喚魔法は全く未経験です」
ルウの問いに対して暫く考えたリーリャははっきりと答えた。
召喚魔法は全くの未経験――という事はあの魔道具も手元に無いのであろうとルウは考える。
「そうか、では召喚魔法に必要なペンタグラムも所持していないな」
「ペンタグラム?」
案の定、リーリャにはピンと来ていないらしい。
そこでルウは彼女に説明をする事にした。
「ああ、五芒星を模った魔道具さ。護符の役目もするもので召喚魔法の際には欠かせない」
「それは……どうすれば手に入るのですか?」
自分に必要なものであると悟ったらしいリーリャは入手方法が気になるようだ。
「そうだなぁ……学園の購買でも手に入るし、街でも売っている」
それを聞いたリーリャは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「街の中! ……私は、リーリャはぜひ行ってみとうございます」
「ははっ、こりゃ不味ったかな」
ルウはしまったという表情で頭を掻いた。
しかしリーリャはルウの言質を取ろうと、ここぞとばかりに攻め立てる。
「いいえ。約束です、先生。私を街に連れて行って下さい」
「おいおい、何でこのような約束をする事になるんだ?」
「先生、私のお願い……聞いて頂けないんですか?」
縋るようなリーリャの目……
このような女の子の頼みに男性は皆、弱いものだ。
「ははっ、分かったよ。じゃあ今度ペンタグラムを買いに行こうか」
「はいっ!」
思わず大きな声で返事をしたリーリャは勉強している生徒達の視線を一斉に浴びてしまう。
「あ、ああ……御免なさい」
ばつが悪そうに俯くリーリャであったがその表情はとても嬉しそうであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔法女子学園構内、午後2時30分過ぎ……
図書室において魔導書や教科書を使ってリーリャに授業の流れを話したルウ。
2人はその後、図書室を出てキャンパスを歩いていた。
キャンパスもこの時間は授業中である事から人影は少ない。
ルウは歩きながら、この時期は専門科目の選択時期である事も説明する。
それを聞いたリーリャは目を輝かせた。
「どんな専門科目があるのでしょう?」
身を乗り出すリーリャ。
ルウは微笑ましいと思いながら説明する。
「戦闘術、防御術、魔道具研究、上級召喚術、錬金術、占術って所だな」
「ええっ、そんなにあるのですか!? す、凄いですわ」
リーリャは生まれ持った才もあって魔法への学びに対する向上心は高い。
彼女が2年C組に入れば良い刺激になる事は間違いが無かった。
それを想像するとルウは楽しくなる。
「ああ、科目の中でも更に専門が分かれているぞ。例えば魔道具は製作と鑑定、錬金術は医術、薬草学を始めとしてもっと細かい。生徒個々の適性に対応する為にいろいろと分かれているのさ」
「そ、それってどうしたら……受講出来るのでしょう?」
「今、丁度体験授業の期間中だ。いくつか試しに受講して自分に合ったものを探す事が出来る。但し受講出来るのは1度には3科目迄だな」
「3つ!? 何という少なさでしょう!」
地団太を踏み、悔しがるリーリャ。
その姿はもう北の大国の王女ではなく、探究心に燃える1人の魔法使いの姿であったのだ。
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