第215話 「憧憬」
ルウが別棟の救護室から本校舎に戻ると学生食堂に降りる地下への階段は生徒達で大混雑に陥っていた。
「ちょっと通してくれないか?」
ルウが生徒達に声を掛けて通ろうとするとルウの傍に居た生徒は不満の声を上げる。
「ちょっとぉ! 横入りしないで……ってルウ先生か」
「どうした、何の騒ぎだ?」
「ええ、ロドニアの王女様が学食に来ているって聞いて皆、見に来たのよ」
ついさっき理事長室から降りたばっかりなのに生徒達は早耳だ。
ルウは肩を竦めると再度、頼んで学生食堂の中に通して貰う。
食堂は外も中もリーリャをひと目見ようとする生徒達で一杯であった。
ルウを認めたフランが手招きをした。
「ああ、ルウ先生。待っていたわ。私が彼女の食べたい物を今聞いたから私の分と合わせて2人分オーダーしてくるわ」
「俺が行こうか?」
「いいえ、私が行って2人分受け取って来るから、それまで彼女の相手をしてあげていて。私が戻ったら貴方の分を取りに行って欲しいの」
ルウは頷くとちょこんと大人しく座っているリーリャの傍らに座る。
フランはルウに片目を瞑って笑顔を見せると料理の配膳カウンターに向って歩いて行った。
リーリャはその後姿を見ていたが、話す声が聞こえない距離までフランが離れると、ルウに対してこっそりと囁いて来た。
「あ、あの……貴方はやっぱり悪魔様なんでしょう?」
「何の……事かな? 俺は知らん」
ルウが悪戯っぽく笑って首を横に振るとリーリャはむきになって食い下がる。
「その黒い髪に、黒い瞳……間違いないわ」
ルウはその言葉を聞いて苦笑する。
「ははっ、リーリャ。俺みたいな黒髪に黒い瞳がもし悪魔なら、この国からずっと東方にあるヤマト皇国の民は皆、悪魔になってしまう。お前の単なる勘違いさ」
ルウがそう言ってもリーリャは納得しないようだ。
「そう……でもその笑い方……そっくりだわ。分りました、先生が認めなくても私がそう思う分には良いですよね」
リーリャは何度も頷いて勝手に納得している。
そんなルウとリーリャのやりとりはその一挙一動をその場の生徒全員がじっと見詰めていた。
そしてやがて生徒の中から数人の生徒が前に進み出たのである。
「だん……いいえ、ルウ先生。私は2年C組の生徒としてリーリャ王女様のお相手を致します」
「そうです、だん……いえ、ルウ先生。ジョゼもオレリーと一緒にお手伝いしますわ」
進み出たのは2年C組でリーリャの同級生となるオレリー、ジョゼフィーヌの2人であった。
その途端「ずるい」「不公平だわ」という他の組の生徒からの不満が続出する。
皆、この可憐な北の国の王女と話がしたいのである。
その時である。
ぱんぱんぱん!
手を叩く音が学生食堂中に鋭く響き渡った。
生徒達が一斉に音のした方を見ると手を叩いたのは教頭のケルトゥリ・エイルトヴァーラである。
リーリャは先程、歓迎式典の司会をしていたこの美貌のアールヴの姿に見惚れてしまい、ほうと溜息を吐いた。
「皆さん、静かになさい! 仮に自分が食事をしている時にこんなに騒がれたらどのように思いますか? 皆さんの行動は淑女として不適格と言わざるを得ません。これ以上騒ぐなら、『厳重注意』の処分とします。それも守れないようであれば『停学』処分としますよ」
凜とした声で注意をするケルトゥリ。
厳しい声とその処分に対して食堂内外に居る生徒達は静まり返った。
「結構! 以降、リーリャ様とは専門科目や学園内の催しでお話する事も出てくるでしょう。その時こそ貴女方がこの学園の先輩としていろいろ話をして差し上げる時です。宜しくお願いしますよ」
「…………」
ケルトゥリの迫力に飲まれたかのように生徒達はなおも固まってしまっている。
その様子を見た彼女は初めて微笑み、生徒達からの返事を促した。
「皆さん、ご返事は?」
「はい!」「はい!」「はい」
ケルトゥリの打って変わった優しい声に釣られて生徒達は大きな声で返事をすると、既に食事を済ませた者達はリーリャを見物するのをやめて各自の教室に戻り始めたのである。
「宜しい!」
ケルトゥリは大きな声で言い放つと今度はリーリャに向き直る。
「あ、あの……ありがとうございました!」
リーリャは慌てて立ち上がるとケルトゥリに対して礼を言った。
それを見たケルトゥリも満足そうに頷く。
「いいえ、困っている生徒を助けるのが教師の本分。リーリャ王女、いいえ……リーリャ。私も先程理事長から聞いたわ。貴女を特別扱いしないようにとね」
「ケルトゥリ教頭……ありがとう!」
ルウがケルトゥリに礼を言う。
「ふふふ、ルウ先生。私は当たり前の事をしたまでよ。それより生徒の貴女達は私の話が聞こえていなかったの?」
ケルトゥリが言葉を発した先には先程手伝いを申し出たオレリー、ジョゼフィーヌの2人が居た。
その中からオレリーが進み出る。
「教頭先生、私達は2年C組の同級生としてぜひ彼女のフォローをしたいのですが、駄目でしょうか?」
「ふ~ん。貴女達もしっかりと自己主張をするわね。でも……」
自分に対してはっきり申し入れをするオレリー達に対してケルトゥリは悪戯っぽく微笑んだ。
「仲間に対する思いやりとその意気込み、そして実行する勇気を評価します。級友としてフランシスカ校長とルウ先生の指示に従ってリーリャをサポートしてあげて下さい」
ケルトゥリはそう言うと笑顔で手を振って食堂から出て行く。
その時、丁度フランがトレイに2人分の食事を載せて戻って来た。
「ふふふ、見ていたわよ。さすがケルトゥリ教頭ね。さあ時間が余り無いわ。ルウ先生も含めて未だ食事をしていない人は配膳カウンターで食事を貰って来てね」
フランがそう言うとオレリーとジョゼフィーヌは未だ食事を済ませていなかったらしい。
「だん……いいえ、ルウ先生。私達と一緒に行きませんか?」
オレリーがルウを誘うとジョゼフィーヌも座っていた椅子から立ち上がった。
そして3人で仲良く配膳カウンターに向う。
「羨ましい……」
思わず呟いたリーリャは3人の後姿を潤んだ碧眼の瞳で追っていたのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!




